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料理人の休日

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~第2章 父の西洋料理書~  <僕の料理人の道>

中学2年のとき両親が念願のマイホームを買ったため引越しと転校をしました。そのとき、押入れの奥から出てきた父親の料理書数冊。父親はもともと寿司職人だったのでその料理書を見て僕は驚きました。

その料理書は荒川西洋料理という西洋料理書だったのです。小さい頃から料理人になりたいと思っていた僕はその本をわけも分からず読みはじめました。フォン・ド・ヴォー?ソース・ベシャメル?当時の僕には聞いたこともない横文字ばかり。今までハンバーグやエビフライなどを出すいわゆる洋食屋さんになりたいと思っていた僕ですがその本を手にした時から本格的な西洋料理を勉強したいと強く思うようになったのです。

「そのためには田舎ではダメだ、都会の調理師学校に行って基礎を学びたい。」

もともと大学には行く気がなかったので進学校ではなく商業高校に進み、人気TV番組“料理天国”で料理を監修していた大阪の調理師学校に行きたいということを親に話しました。父は反対はしませんでした。でもマイホームを買ったばかりでローンを抱えての入学金や学費は大変だったのでしょう。父は仕事に行く前に朝4時からアルバイトをして入学金を貯めていたそうです。父は全くそのことを僕には言わず、何年も後に母から聞かされました。そんな父の苦労も僕は全く知らず希望と夢を背負って田舎を出ました。

当時18歳。

なぜ、和食の板前なのに西洋料理の本を持っていたのか父に尋ねたことがあります。
「若い頃、西洋料理を勉強したくて貯金を全てつぎ込んで買った。」
そう言いました。その時、父の若い頃の夢を少し託されたような気がしました。




つづく
# by le-tomo | 2005-01-04 14:03 | 僕の料理人の道  1~10章

~第1章 父親の背中をみて...~  <僕の料理人の道>

僕の父親は元寿司職人で僕が物心ついた頃にはカウンター12席しかない小さなお店を母親と2人で切り盛りしていました。共働きの両親の都合でお店の近くの幼稚園に通っていた僕は帰りには必ずお店に寄って閉店までそこで過ごしたのです。必然的に玉葱の皮をむいたり皿洗いをしたりと手伝いと遊びが一緒になっていました。とは言っても役に立ったかどうかは怪しいです。途中で飽きて違うことをしだすこともしばしば。その割にはギャラが高くクリームソーダーを飲んだりプラモデルを買ってもらったり、相当高給取りでした。(笑)

あっという間にハンバーグを作ってくれたりオムライスを作ってくれたりする父親をみていつの間にか“かっこいい”と思うように...。

でも、そのときはまだ“仮面ライダー”になりたいと思っていました。




つづく
# by le-tomo | 2004-12-21 02:26 | 僕の料理人の道  1~10章

一番見て欲しいのは両親のはず...

披露宴では両親はいつも末席。一番後ろの端に座っている。なぜ?
二人の結婚を一番祝ってくれているのは両親のはず。二人のこれからの人生を温かく見守ってくれるのは両親のはず。一番前で、一番二人の幸せな姿が見える席に座るべきでは?と僕は思っています。主賓席と呼ばれる、いわば会社の上司が座る席が本来両親が座る席でなないかといつも思います。しきたりだから?みんながそうするから?それが日本の常識?

両親が二人を一番近くで見れる席次を僕は提案します。
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# by le-tomo | 2004-12-20 03:28 | 考えたこと、想うこと

天然あこう鯛の塩パイ包み焼き、温野菜添え

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小麦粉とゲランドの天然海塩を混ぜ合わせた生地で魚を包みオーブンで焼き上げる。ほど良く天然塩で塩味がつき生地で包まれているのでふっくらと仕上がる。つけ合わせはシンプルな温野菜。セミドライトマトをベースにしたソースで。(その日の魚の種類によって現在も提供しています)
# by le-tomo | 2004-12-18 02:36 | 料理Photo

甘鯛と洋ナシのタルタル仕立て、オニオンソース

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越前の漁港から送られてくる甘鯛“ぐじ”をペルーのは百万年前の天日塩でマリネする。旨味が引き出された甘鯛と洋梨の相性は抜群。ヴィネガーを利かせた玉葱のドレッシングソースで提供する。(2002年10~12月)
# by le-tomo | 2004-12-18 02:29 | 料理Photo
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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