それでも、目の前に広がるご馳走と、飲みきれないほどのワインが僕達2人をワクワクさせ、たった2人でも充分すぎるほど楽しく幸せな気分になりました。
何より、シェフやマダムの気遣いが心に響き、あと少ししかない、僕のランスブルグでの時間がとても尊く思いました。
「もっといたい。」「また戻ってきたい。」
この1日で僕は強くそう思いました。実際には昨日から気持ちは盛り上がっていましたが。
この時、僕はこの気持ちがレストランのサービスにつながる大切な事だと思いました。
今までももちろん、それぞれのレストランのオーナーやシェフの心遣いや優しさに胸を打たれる事は多々ありましたが、このように意図的に仕掛けられて幸せを感じた事に、彼らのプロ意識を感じました。
レストランに来たお客様が、食事を終え、レストランを出るときに「また来たい。」「また、来よう。」と思う。そんなレストランを僕はいつか目指したいと思いました。それにはレストランで食事している間の2~3時間程度の間に、ちょっとしたワクワク感と小さな驚きや感動の連続を演出する事なのではと思いました。
さて、あれだけ用意された料理が見る見るうちになくなり、ワインも進んで上機嫌になっていました。ジョルジュに今後どうするのか聞いたところ、彼は来年、ドイツに戻り、親のレストランを手伝うと言っていました。そしてそのレストランを継いで、いつか星付きのレストランにするのが夢だそうです。そのために、ランスブルグに修行に来ているらしいのです。僕は、来年、ブルターニュの2つ星「ル・ブルターニュ」に行く事が決まってると話しました。そして、僕も負けじといつか日本に帰ったらシェフになって、何年か後には自分のレストランを持つことが夢だと話しました。2人で自分の夢について言いたい放題言い合って、べろべろに酔っ払って、気が付いたら12時をまわっていました。
「こんなクリスマスもあっていいよな。」
2階の部屋に向かう途中、彼は僕に言いました。
「もちろん、いいよ。楽しかったよ、ジョルジュ」
ヨーロッパではクリスマスの日は家族と過ごします。彼にとって友人と2人で過ごすクリスマスは今までになかったのでしょう。
あと数日…
あと数日ですが、僕はまだまだ目いっぱい学んで、次のステップへ上がります。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
今日は皆さんにお知らせがあります。
「僕の料理人の道」で今、フランスで修行中のことを書いていますが、その後、僕は帰国と同時に現在努めているレストラン「ラフェ・クレール」の料理長になりました。当時27歳の僕は、東京の80席もあるレストランの料理長という大任を任され、経験したこともないウェディングの料理もこなさなければならない事に戸惑いもありましたが、スタッフやお客様に助けられながらあっという間に6年という月日が経過しました。
この度、僕は6年間務めたラフェ・クレールを辞めることになりました。
何度も、僕の料理を楽しみに通ってくれた皆様に本当に感謝しています。そして、ラフェ・クレールでウェディングパーティーを行なってくれた皆様、ありがとうございました。僕はこの6年間で500組以上の素敵なカップルの大切な結婚式の料理を作らせていただきました。僕にとって、とても貴重な経験でした。
そして、僕は独立します!
場所は麻布十番ピーコック前の新築ビル、パティオ麻布十番5Fにて、ソムリエである弟と一緒に、小さいお店ですが、皆様に幸福な時間と身体に優しいフレンチを楽しんでもらおうと、今、計画中です。来年の2月にオープン予定です。
店名は「Aile Blanche」(エルブランシュ)
白い羽という意味ですが、絶えず上を目指して羽ばたいていこうという志です。
ご来店いただいたすべてのお客様に、身体に優しい料理と思いやりのあるサービスを提供し、幸福な時間をゆっくりと楽しんでいただくことが僕たちの夢です。
僕たちが目指すのは“インパクト”ではなく“余韻”です。
そんな、お客様の心に響くレストラン創りを目指します。
これからも応援よろしくお願いいたします。
僕と2人しかいないクリスマスディナーで外へ行くわけでもないのにちょっと変ですが、これも雰囲気作りです。昨晩、飲みながら2人でこうしようと決めたのです。
階段をおり、レストランに入ると、明かりがついていないので暗く、誰もいないので静かでした。電気をつけると、窓際の一番眺めのいい席に2人分のセッティングがされていました。きらきら光る澄んだグラスが並び、手垢一つない磨かれたナイフやフォークが整列していて、中央には引き込まれそうなくらい綺麗な飾り皿が優雅に置いてありました。そしてその飾り皿の中央に一輪のバラがひっそりと置いてあり、一枚のカードが添えてありました。
“Joyeux Noel”(メリークリスマス)
カードには手書きでそう書いてありました。
マダム役のシェフの妹、カティが用意してくれたものでした。
他のテーブルもセッティングはしていないものの、綺麗なテーブルクロスがきちんとしわを伸ばしてかけてあり、椅子もどれ一つ乱れずテーブルに納まっていました。
これが一流といわれるレストランの当たり前の気遣いなのか、シェフやカティ、2人の心意気なのか、とにかく僕は、最高のもてなしを受けようとしている、そんな緊張感すら感じました。そこにはジョルジュ以外、誰もいないのに。
…ただそこには、一流のレストランを作り上げ、一流と呼ばれる人たちのもてなしの思いがはっきりとありました。存在感を感じるくらいに…。
とりあえず調理場に向かい、人が入れるほど大きな、部屋のような冷蔵庫の中から、僕たちの為に用意されたご馳走を出してきて、温め始めました。前菜には牡蠣や帆立や海老などの魚介類の盛り合わせ。そしてオマール海老のボイル、シャポン(去勢鶏)のローストなど、食べきれないほどの量が用意されていました。
ジョルジュは冷やしてあったシャンパンやワインを用意し、グラスやお皿を用意していました。
さて、男2人のクリスマスディナーの始まりです。
まずはシャンパンで乾杯。
「メリークリスマス!」
そして、魚介がたっぷり盛ってあるお皿を目の前に、これから始まる、おそらく人生で最高のクリスマスの夜を迎えている事に僕は深く感動していました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。