「聞いたか?シェフから」
ニヤニヤしながらジョルジュは僕に近づいてきました。
「ああ、明日の夜7時にテーブルを1つ予約してあるって?いったい何のこと?」
僕は今一、何のことか分からずジョルジュに意味を尋ねました。
「今日、シェフとミッシェルがいろいろ仕込んでただろ?あれはシェフが家に持って帰るものだけど俺達の分も一緒に仕込んでくれて、冷蔵庫においてあるんだって。明日、レストランの窓際のテーブルを1つ使っていいから、2人でクリスマスディナーを楽しめって言ってくれたんだよ。しかも、シャンパンとワインも用意してくれてるんだって。ソムリエにどれを飲んでいいか聞いておけって。ほら、聞いてこようぜ。」
僕とジョルジュは階段を降り、再びレストランに行きました。調理場からホールを覗くとお客様は見当たらず、サービスマンは後片付けをしていました。ソムリエを見つけ、早速、明日の僕達のワインの在りかを聞きだそうとしました。めがねをかけたソムリエはこっちへ来いといってワインセラーの前に僕達を連れて行き、飲んでいいワインを目の前に並べました。
1,2,3…全部で6本!
こんなに飲めないよ、と思いつつもありがたく頂戴し、ソムリエに礼を言ってさっさと2階に上がり、着替えて、さっきジョルジュと約束していたパブに2人で飲みに行きました。
やっぱりドイツ人ですね。ジョルジュのビールの飲みっぷりは素晴らしく、僕のようにちびちびした飲み方では美味くないと叱られ、明日の2人の、パーティーと呼ぶには寂しすぎるディナーを楽しみに、イヴを過ごしました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
なんだか寂しい気持ちもありましたが、今日はクリスマスイヴということもあって華やかな雰囲気だったので紛らわすことが出来ました。
そして、明日はクリスマス。
明日は休みなのにオマール海老や牡蠣、さらにシャポン(去勢鶏)までが届き、シェフとミッシェルはなにやら仕込みをしています。多分、明日、シェフが家族のためにホームパーティーでも開くのでしょう。ちょっとうらやましいです。
でも、明日は僕が一人ぼっちになることはなさそうです。実はドイツから来ているジョルジュも家には帰れず、2人でクリスマスを過ごすことになりました。男2人のクリスマスですが…。
休憩時間、ジョルジュが「今日仕事が終わったらいつものパブに飲みに行こう。」と僕を誘いました。
仕事が終わったら、みんなは実家に帰るので、僕達男2人は近くのパブへ飲みに行くことにしました。このパブの名前は忘れましたが、休みの前日によくジョルジュと飲みにいった行きつけのいわば居酒屋のようなものです。
そして別にクリスマスのスペシャルメニューがあるわけではないのですが、いつものように今日も満席。
ただ、お客様が帰るのは心持ち早かったような気がします。
仕事が終わると、シェフルームに一人づつ呼ばれました。これは、休前日の仕事が終わった後にいつも行われることで、シェフからの一言と、お客様からいただいたチップをもらうのです。順番はシェフが決めるので、みんなシェフルームの前で自分が呼ばれるのを次か次かと待っています。中には、何をどやされるのかと心当たりを探りながら恐る恐る待っている者もいましたが。
一人、大体1分と短い時間ですが、シェフは全員と話します。一人、また一人、シェフルームに入っては出て行き帰っていきます。最後に残ったのは僕とジョルジュ。
そして、僕より先にジョルジュが呼ばれました。僕達は別にこれから帰るわけでもないので順番が最後なんだなと思いつつ、ジョルジュを待ちました。
ジョルジュがシェフルームから出てきました。なにやらニヤニヤしています。
「何、ニヤニヤしてんだよ!」と僕がジョルジュに言い放つと、ジョルジュは「いいから早く行けよ、次はトモだろ。行けば分かるよ。」
何か僕にも関係がある事だろうか…。
とりあえず、シェフルームに入りました。
そして、シェフは僕の顔を見てニコニコとしながら言いました。
「トモ、明日、ランスブールの窓際のテーブルを1つ、夜7時に予約しておいた。」
えっ!明日?テーブルを予約?
さっぱり、わけが分かりませんでした。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。