料理人の休日

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カテゴリ:考えたこと、想うこと( 16 )

なぜなら、マヨネーズがあったから。

なぜ、僕はフレンチを選んだのだろう?
ふと、そんなことを思い、昔を思い出しました。

当時、18歳の僕は、一流の料理人になるという夢を持って、故郷を離れ、
大都会、大阪にある、日本で最高レベルといわれた調理師専門学校に通っていました。
毎日が新しいことばかりで、田舎者の僕には刺激的な街でした。

フランス料理の料理人を目指し、一日も休まず専門学校に通い、
いつも一番前の席を陣取っていました。
そしていつもまにか、号令係りになったりもしていました。
父の持っていた「荒川西洋料理書」という本で、西洋料理に興味を持ち
テレビ番組の「料理天国」を見てフランス料理に憧れ、
「ザ・シェフ」という漫画を読んでシェフになる夢を持ちました。
もともと料理人にはなりたいと思っていましたが、フランス料理を選んだのは、
こんな単純な動機が最初でした。

授業では西洋料理というくくりで授業があったので、
フランス料理とイタリア料理、どちらも勉強しました。
当時すでにイタリア料理はブームから定着へなりつつあり、
イタリア料理店はフランス料理店の数を抜く勢いでした。
イタリアンブームの中、フレンチではなくイタリアンを選ぶ仲間も少なくありませんでした。
僕は一瞬迷いました、イタリアンかフレンチ、どっちにしようか。
まだ大阪に出てきて間もない頃です。

そんな時、マヨネーズソースの授業があったのです。
先生はボールに卵黄とヴィネガーとマスタードをいれ、
サラダオイルを少しずつ、少しずつ、入れながら、慎重に混ぜていきます。
すると、驚いたことにどんどん黄色い卵黄が白くなっていき、見る見るうちに、
あの僕の知っているマヨネーズのように粘りが出てくるではありませんか。
僕は驚きました。
あのチューブに入っているマヨネーズがこうやって出来るなんて。
大体、マヨネーズがフランス料理のソースの一つ、
ソース・マヨネーズと呼ばれるものなんて!

イタリア料理の授業も、もちろん面白かったのには間違いありません。
僕の知っていたナポレタンスパゲッティなんてものは
本場イタリアにはないことを知ったのも、この頃でした。
ミートソースは、本当は「ボロネーゼ」なんて聞いたこともない名前だったり、
麺の太さでフェデリーニやスパゲッティなんていう風に名前が変わることを知ったり、
にんにくと唐辛子とオリーブオイルだけで、こんなに美味しいパスタが出来るんだと、
ペペロンチーネと呼ばれるこのパスタ料理には感心もしました。

でも、僕にはマヨネーズソースのような感動はありませんでした。
フランス料理のソースの奥深さはイタリア料理では見られず、
僕はやっぱりフランス料理がいいな、とこの道を選んだのです。
当時の僕の印象では、イタリア料理は、まるで中華料理のように、
手早く、スピーディーにパッパッと作るような感じに思えました。
フランス料理の方が複雑に作りこんでいく感じに思えていました。

実際はどうでしょう?
当時(15年前)は、
イタリア料理といえばB級グルメとも言われカジュアルな感じでしたが、
今ではフランス料理に負けずとも劣らないほどの高級イタリアンもたくさんあります。
フレンチかイタリアンか、区別するのが難しいくらいです。
それでも、イタリアンはカジュアルなイメージが、
一方、フレンチは今でも堅苦しいイメージがまだまだ残っているのではないでしょうか?

麺好きの日本人に、パスタのあるイタリア料理はスムーズに受け入れられて、
瞬く間にフレンチレストランの数を抜き、すっかり定着しているイタリアン。
誕生日や記念日などのハレの日にはやはりフレンチ、と揺るぎない地位を確保し、
ワインブームも追い風になって、グルメやワイン通に愛されているフレンチ。

たまにお客様から、「フレンチとイタリアンの違いって何ですか?」
と聞かれることがあります。

イタリアンは気軽に行けて、フレンチはここぞとばかりのハレの日に行く、
というのが日本では、イタリアンとフレンチの大きな違いでしょうか?
(フレンチも気軽に来て欲しいのですが...)
イタリアンにはパスタとピザがあって、フレンチにはないというのが大きな違いでしょうか?
(フランスにも南仏にはパスタ料理やピサラディエールというピザがありますし、
アルザス地方にもピザと同じような料理、タルトフランベがあるのですが。)

ちょっと専門的な話ですが、僕は、こう思います。
その一番の大きな違いは、フレンチにはマヨネーズがあることだと。
マヨネーズとは卵黄の水分と油(脂)を乳化させるソース。
この“乳化”させるソースが、フレンチにはたくさんあり、基本になっているのです。
例えば、ドレッシングも酢と油を混ぜ合わせ一時的に乳化させます。
それから、赤ワインソースなどのあたたかいソースの仕上げにバターを入れます。
これもソースの液体(水分)とバターという脂の乳化です。
この“乳化”の技術を得ることが、フレンチのソース作りでは大切です。



僕は、これからもフランス料理を作り続けます。
僕がフレンチを選んだわけは、フレンチにはマヨネーズがあったからです。
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by le-tomo | 2008-02-18 03:17 | 考えたこと、想うこと

一番見て欲しいのは両親のはず...

披露宴では両親はいつも末席。一番後ろの端に座っている。なぜ?
二人の結婚を一番祝ってくれているのは両親のはず。二人のこれからの人生を温かく見守ってくれるのは両親のはず。一番前で、一番二人の幸せな姿が見える席に座るべきでは?と僕は思っています。主賓席と呼ばれる、いわば会社の上司が座る席が本来両親が座る席でなないかといつも思います。しきたりだから?みんながそうするから?それが日本の常識?

両親が二人を一番近くで見れる席次を僕は提案します。
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by le-tomo | 2004-12-20 03:28 | 考えたこと、想うこと

最高のレストランウェディングを...

「レストランでウェディングを」今では珍しいことではありません。
美味しい料理でゲストの皆様をおもてなししようというカップルが増えたのでしょう。
もともとウェディングパーティとはホストである新郎・新婦が友人を自宅に招いてご馳走でもてなすこと(日本の伝統ある結婚式は別ですが)だと思います。ですから僕の思うレストランウェディングとはお二人の代わりに料理人が料理を作り、お二人の代わりにサービスマンが料理をテーブルに運びサービスする、ということです。新郎・新婦、お二人のお抱えの料理人と給仕人、そして自宅の代わりのレストラン、というイメージです。

僕がシェフを勤めるレストランでもレストランウェディングをしています。もちろん、先に書いたように心がけています。しかし、残念なことがあります。お客様が料理を食べ終わろうが終わるまいが容赦なく次の料理が運ばれることです。制限時間と進行が決まっている以上仕方がないのですが、それでも、せめてテーブルごとに料理を進行させることは出来ないのか。この問題はオーナーの理解もあり条件付ではあるけれど実現することが出来そうです。

ウェディングパーティには初めてフランス料理を食べるという方もいらっしゃいます。初めて食べるものがまずかったら、もう二度とフランス料理が食べたいなんて思わなくなるでしょう。これは責任重大です。このパーティをきっかけに初めてフランス料理を食べるという方やおじいちゃん、おばあちゃんにもフランス料理を好きになってもらいたいと願いながら料理を作っています。

レストランである以上、宴会だからといって料理のレベルは落としたくない。そのために作り置きはせず、冷たいものは冷たく、熱いものは熱く、そして100人分一度に同じ質のものをつくる努力と工夫を絶えず考えています。

これが、今、僕が料理人として出来ることです。

“最高のレストランウェディングを・・・”目指してみようと思います。
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by le-tomo | 2004-12-16 01:47 | 考えたこと、想うこと

魔法のレストランとサービスマン

サービスマンとはお客様の心を読む超能力者でなければいけないと思います。お客様が何を欲しているのか、何をしようとしているのかを瞬時に読みとりほんの少し先回りする。その為に、お客様の行動を細かく観察し、ある時は自分の気配を消しあるときはお客様同士の会話のきっかけを作り笑わせる。表情、声のトーン、歩くスピード、全てに気を使い全ての神経をお客様の満足感のために注ぐ。お客様がレストランに入ってから帰られるまでの至福の時間のストーリーをスムーズに、スマートに展開させる脇役に徹する。しかし、脇役ながらレストランを出た後のお客様の頭の中には存在を残す。そして、また来たいと思わせる。やはり“人を越えた能力”が必要なのではないでしょうか。

レストランに来られたお客様をどうやって満足させるか、そして感動させるか、サービスをする者と料理を作る者が共に日々考え続けなければならないことです。

人の心理を“悟る”サービスマンと感性を研ぎ澄まし、技を“極める”料理人がいるレストランがあるとすればきっと、そのレストランは来るお客様に“魔法”をかけることが出来るでしょう。“感動させる”ことは良い意味でお客様の期待を裏切り、上回る、いわば“魔法”をかけるということでなないかと常々思っています。

きっといつか、魔法をかけるレストランを...僕の夢です。
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by le-tomo | 2004-12-14 23:11 | 考えたこと、想うこと

料理は芸術?

よく、料理は芸術ですね、といわれるがはたしてそうでしょうか?辻静雄氏の書籍に料理は芸術ではないと書いてあったことを思い出します。

芸術とは進化しないもの。

ピカソやゴッホの絵画を今観賞しても、ベートーベンやショパンの書いた楽譜を当時のまま演奏しても芸術です。それに対して料理はどうでしょう。古き偉大な料理人エスコフィエのレシピを今再現しても現代の人々の口には到底合わないでしょう。さまざまな一流の料理人の手によって時代の流れにあったレシピに書きかえられていく。

料理は進化しています。

料理とは商品。ということは料理人とは芸術家ではないのでは。しかし料理人の感性はある意味芸術家のそれに近いようにも思えます。絵画や彫刻などのようにその形をいつまでも残すことができない、消えてなくなる儚いもの、そういう点では演奏されたときの音楽に似ているのかも知れません。

感じること、そしてそれを表現すること、そういう意味では料理人も芸術家のようにありたいと思います。
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by le-tomo | 2004-12-09 00:39 | 考えたこと、想うこと

プロの料理人とは?

プロの料理人と料理好きのアマチュアとの違いは?と聞かれたら当然、アマチュアよりプロのほうが美味しいものが作れる、と答えたくなるでしょうがが果たしてそうでしょうか?

そうは言い切れないと思います。アマチュアの料理好きの方々の中にはプロより美味しい一品を作れる方もいるでしょう。 でもそういう一品は大抵がたっぷりの時間と糸目をつけない材料費のおかげであることが多いとも思います。

プロとは制限ある時間と限られた材料費の中で日々何十人前、何百人前の料理を安定して生産できることであると思います。あるシェフが“料理に愛情なんて言っている奴はまだまだだ”と言っていました。

家庭の主婦たちは家族のために毎日一生懸命献立を考えて愛情を込めた料理をつくる。その姿はけなげで美しく、そうして出来た料理は多少見た目が悪くても凄く美味しい。料理を作る過程にどれだけ努力したかが評価されるからでしょう。それに、なんといっても料理に代金を支払わなくてもいい。

プロはというと当然、料理を提供してお客様から代金を頂いています。よって何時間かけて仕込みをしようが何時間献立つくりに悩もうが、いい食材を求めて朝早くから市場を走りまわろうが料理が美味しくなければ評価されない。プロとは結果が最も大事なのだと思う。

プロとして生きるには人生をかけ多少の犠牲も覚悟し大げさなことを言わせてもらうと命を削って修行し腕を磨くこと。

お客様にほんの少しの感動を与え“美味しい”の一言を聞くために...。
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by le-tomo | 2004-12-07 00:48 | 考えたこと、想うこと
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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