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料理人の休日

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ロティの星 (その5)

では、いったい、ロティの難しさはどこにあるだろう?
たとえばラグー(煮込み)ならば、
基本はコトコトと弱火でじっくり火を入れる、です。
一時間のラグーが、一時間十分になろうと、
味に大差はない場合が多い。
きょくたんなはなし、
ラグーならばアマチュアの料理好きの人でも、
完璧なラグーを目指すことができるでしょう。
しかし対照的に、ロティは緻密です。
自分のオーヴンの特性を知った上で、
高温と低温を自在に使い分け、
さらにはベンチタイムも活用します。
しかもロティはシェフごとに考え方の違いがあり、
アプローチが違います。
きっかけの火入れ(高温)にアクセントを置くシェフもいます、
他方、きっかけの火入れは短時間ですませ、
じっくり低温で仕上げてゆくシェフもいます。
しかも時間配分、温度の使い分け、すべて緻密であり、
しかもその緻密は、お菓子をつくる緻密とは違って、
いくらか直感力さえ要求されます、
たとえば同じ重量の肉でも、骨量には個体差があり、
その違いは馬鹿にできません。
もちろん外側から見ただけで骨量などわかるはずもありませんから、
そこはもう長年の経験による直感の領域です。
僕は、どんどん、ロティのとりこになってゆきました。








当時ロジェ・ヴェルジェ氏がオーナーシェフだった
ル・ムーラン・ド・ムージャン。
駐車場には、ベンツはもちろん、黒塗りのリムジン、
ポルシェ、フェラーリ、カウンタックなどの、高級車がずらり、
まるで博物館のようです。
ふたりのドアマンが、お客様をエントランスで待ち構え、
お客様の車がくると、駆け足で駆け寄り、
車のドアを両手で丁寧に開けます。
そしてキラキラのドレスを着た美女が、
車から降りかかると、そっと手を差し伸べます。






僕はいまでも鮮明におもいだすことができます、
毛足の長い絨毯の上を歩く、エナメルのつやつやの革靴。
ウェィティングルームでは、
ドンペリやクリュグなどの高級シャンパンのコルクがぽんぽん抜かれ、
優雅に会話を楽しみながら食事をしているテーブルに、
真っ赤なパンツをはいた銀髪の初老の太陽の料理人、
ロジェ・ヴェルジェシェフが、にこやかに挨拶に訪れます。
ロジェ・ベルジェ氏の雰囲気は、
もしもとなりに、スティーブン・スピルバーグ監督や、
ハリソン・フォードが、並んでいてもまったく違和感のない、
そんなオーラをかもし出しています。






この世界のスターやセレブが集まる、
ムージャン村のレストラン、
ル・ムーラン・ド・ムージャンで僕は、
ベンチタイムの大切さを、
嫌というほど聞かされました。
そう、最高のロティに欠かせない秘訣、
それはベンチタイムでした。
そう、オーブンから出した肉を、
しばらく休ませること。
このベンチタイムこそが、肉を美しいロゼ色に焼き上げ、
すばらしくおいしくすること。
すでに僕は、優秀なスタッフとして、
すばらしくおいしく肉を焼き上げることは
できるようになっていました。




でも、そのときの僕は、
なぜ、ベンチタイムが肉の焼き上がりをすばらしくするのか、
そのロジックはまったく理解できていませんでした、
見当もつきませんでした。
その頃、僕は、見よう見真似で、シェフから言われるがままに、
ベンチタイムの秘密を会得していたにすぎませんでした。
では、いったいなぜ、ロティにおいて、
ベンチタイムで、肉がいっそうおいしくなるのでしょう?
僕は、なんとか自分の手で、その
最高のロティの秘密、
ベンチタイムの謎を、なんとしてでも自分の手で、解きたい、
と思いはじめていました。


すばらしいロティをマスターしただけでなく、
そのロジックを理解できなければ、
先へは行けない、そんな気持ちが僕をせきたてるのでした。






つづく
by le-tomo | 2008-09-14 01:46 | ロティの星
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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