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料理人の休日

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~ 第95章 君は幸運だ ~  <僕の料理人の道>

彼が、優勝を逃したなんてことに、
この戦場のような調理場は、いつまでもかまっていませんでした。、
まるで、そんなことすらなかったかのように、
いつものピリピリとした張り詰めた空気にもどっていました。
あの、なんとも気まずい空気はたった一日だけ。
彼も、いつものように、目の前の魚を正確に焼き上げ、
手際よくソースを仕上げていました。
それには、ひとつのわけがありました。




実は、何ヶ月も前から、
そう、僕が、このレストランに来る前から、
ひとつの大きなイベントが計画されていました。
それは、太陽の料理人、ル・ムーラン・ド・ムージャンの
我らが偉大なるオーナーシェフ、ロジェ・ヴェルジェと、
パリの超高級ホテル、
オテル・ド・クリヨンの総料理長、ドミニク・ブシェの饗宴。
オテル・ド・クリヨンといえば、パリでも有数の超一流ホテル。、
メインダイニングのレ・ザンバサドゥールは、
ミシュランの2つ星を獲得しています。


ドミニク・ブシェ氏が、ムーラン・ド・ムージャンで、
ロジェ・ヴェルジェ氏と、たった一日だけコラボレーションするという、
なんとも魅力的な企画です。
そう、このふたりが、一緒にメニューを考え、ここでそれを作るのです。
僕にとっては、いえ、ここにいる料理人全員にとって、
とてもとても興味深いイベントです。
だってそうでしょう、
一流シェフ、二人と同時に仕事が出来るのですから。



ただし、このコラボレーションに、厨房スタッフとして参加できるのは、
ここにいる、全員ではありません。
ドミニク・ブシェ氏も、自分の厨房から腕利きのスタッフを連れてきますから、
ここにいる料理人のうち、3分の1は不幸にも、その日は休日となります。
僕は日本から来た研修生みたいな扱いですから、
当然、メンバーには選ばれることはないでしょう。、
この大事な日は、不本意ながら、休日になる予定です。
悔しいですが、こればかりはどうしようもありません。

コラボレーション当日、僕は、調理場の裏の窓から、
彼らのふたりのコラボレーションの様子をそっとのぞきにこようと、
密かに思っていました。
こんなチャンス、みすみす、部屋でゆっくり寝ているわけにはいかないのです。
僕は限られたフランスでの修行期間中に、
出来るだけたくさんのことを学ばなければなりません。
ドミニク・ブシェって、どんな人だろう?
ふたりは一体、どんな料理を作るんだろう?
気になって仕方がありません。





その、魅力的なイベント当日が3日後に迫っていたのです。
各セクションのシェフは、ロジェ・ヴェルジェの下、
夜遅くまでミーティングを重ね、準備を進めていました。
オードブルからデザートまでを、ふたりのシェフが交互に出すスタイルです。
魚料理は、ドミニク・ブシェ氏の担当です。
ただ、こちらのポワソニエ・セクション(魚料理部門)のチームが、
ドミニク・ブシェ氏の指示に従って、実際は調理をします。
もちろん、向こうの料理人も数名はきますが、
準備も、アシスタントもこちら側ですることになっていました。


当日は参加できなくても、せめて準備だけでも手伝いたい、
と思っていましたが、僕の仕事は、
いまだに、大した仕事は与えられていませんでした。
コラボレーション当日まで、あと3日、
うちのセクションシェフ、シルヴァンは、
ロジェ・ヴェルジェ氏となにやら二人で話をしていました。
お昼の営業が終わって、みんなはまかないを食べに、
ぞろぞろと調理場をでていきました。

僕もまかないに行こうと、調理場を出ようとしたとき、
不意に「トモ!こっちに来て!」
と彼から呼ばれたのです。
“なんだろう?次のセクションへ移動かな?”
僕は、ここで、すでに、ロティスリー、オードブル・セクションを経て、
今はポワソニエのセクションにいます。
あと残すのは、パティスリー・セクション(デザート部門)。
とりあえず、彼とロジェ・ヴェルジェのところへ、小走りでむかいました。

僕が彼らふたりのところへたどり着くと、
ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕の肩をたたいて、
「がんばれよ、君は幸運だ。」
にこやかな笑顔で、僕に微笑みかけるように言い、
そのまま、その場から立ち去りました。
シルヴァンは、立ち去るロジェ・ヴェルジェ氏に
「ありがとうございます、ムッシュ!」
と大きな声で言いました。

僕にはさっぱり、なにがなんだかわかりません。
ただ、ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕に「君は幸運だ」と言いました。
さて、僕はどんな幸運を手にするのでしょう。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2008-07-29 03:33 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


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