料理人の休日

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~ 第93章 ボンクラージュ ~  <僕の料理人の道>

シルヴァンは明日のコンクールのために1ヶ月以上も前から夜遅くまで一人残って、
準備をしてきました。
彼が必死なのは、誰の目にも明らかでした。
その努力は認めますが、
僕に対しての仕打ちを考えるとやっぱり好きにはなれません。
彼は、僕が外国人(日本人)だと言うだけで、
大した仕事もさせてくれないのですから。

彼の目の前に無造作に置いてある、刃がボロボロの包丁。
いくらなんでもあれじゃぁ、ひどいな。
僕は父親からもらった日本製の砥石を、
重い思いをしてフランスへ持ってきていました。
彼のことは好きではなかったけれど、
一応、仲間がコンクールに出るんだから、
ちょっとくらい助けてやろうか。
彼の真剣な表情を見ているうちに、少しだけ気が変わりました。
彼のそばに行き、彼の包丁を手に取りました。
彼は僕をじっと見つめましたが、すぐに目をそらして準備を続けました。
僕のことを全く無視です。
「この包丁、切れないだろ?」
僕が話しかけると、彼は手を止めずに答えました。
「別に問題ないよ。」
フランス人は、包丁の切れ味には大してこだわらないのです。
しかも、フランスの料理人は包丁を砥石で砥ぐ習慣がありません。
知ってはいましたが、包丁は切れたほうがいいに決まっているので、
僕が彼の包丁を砥ぐことを提案をしました。
彼は何も言わず、“好きにすれば”みたいな表情で、
僕が砥石を準備して、彼の包丁を研ぐのを横目で見ながら準備を進めていました。
1時間ほど砥いだでしょうか。
彼の包丁は、ステンレス製で質が悪く、砥いでも中々切れるようになりません。
“これは大変だな。相当時間がかかるな。”
そうこうしているうちに、彼は準備が終わったらしく、
「もういいよ。こっちは終わったから。」
と、僕に包丁を返せと言わんばかりに手を差し出しました。
そして、ぼそっと
「メルシー、トモ。」
とつぶやくように言いました。
すでに、調理場には僕と彼の2人きりしか残っていませんでした。
その静けさの中で、僕ははっきり彼の声を聞き取りました。
僕はちょっと驚きましたが、
「ボンクラージュ、ドゥマン。(明日、頑張ってこいよ)」
思わずそう答えました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-06-16 03:06 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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