料理人の休日

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~ 第92章 才能ある若き料理人 ~  <僕の料理人の道>

何日かのオードブルセクションでの仕事に、
僕は、改めて仕事の正確さとスピードの大切さを思い知りました。
もちろん、ロティスリーも正確さとスピードは大切です。
でも、冷製の料理は、温製の料理よりたいがい盛り付けが複雑です。
最初の一皿をきれいに素早く盛り付けて出すこと。
お腹をすかせて待っているお客様に、
最初の料理を出来るだけ早く出すことが大事です。
いつの間にか僕はエマニエルをはじめ、
他のスタッフにも充分ついていけるようになっていました。
こうしてやっと慣れてきた頃に、
シェフに呼ばれて、ポワソニエ(魚介料理部門)への移動を言い渡されました。
ここにいる間に全セクションを経験させると言う、
僕にとってはありがたい、シェフの心遣いからです。


こうして、僕は新しいセクション、
ポワソニエ(魚介料理部門)にお世話になることになりました。
このポワソニエのセクションは
オードブルセクションの目の前にあります。
そして、ここで驚いたことが一つあります。
このセクションには5人の料理人がいました。
なんと、ここの部門を任されているシェフ、シルヴァンは23歳という若さだったのです。
僕より4つも下でした。
体は大きく2m位あったと思います。
他の料理人には40歳近い人もいました。
才能ある若き料理人。
みんな、彼のことを認めていました。


彼は今度の休日に料理のコンクールに出場することになっていました。
仲間は、そんな彼をサポートしながら、彼に期待を寄せていました。
「シルヴァンはすごいよ。きっと優勝する。」
誰もがそう言っていました。
彼も、優勝する自信がある、と言っていました。
“すごいなぁ。23歳でこの自信。”
僕が23歳の頃は京都で、
シェフに散々怒られながらも必死に食らいついていた、
そんな若さがとりえのがむしゃらだった見習い料理人でした。
そういえば、“フランスへ行きたい”と強く思いはじめたころでした。

「今日からよろしくお願いします。」
僕は彼に挨拶をし、握手を求めるため、右手を差し出しました。
彼も右手を出し、握手はしたのですが、一言もしゃべりませんでした。
無言で僕をじっと見つめ、右手をぎゅっと握り返し、すぐに手を離しました。
そのまま、彼は冷蔵庫のほうへ歩いて行ってしまいました。

“コンクール前で気が立ってるんだろう。仕方ないか。”
そう諦めて、仕事の指示をもらいに他のスタッフに話しかけました。
「じゃあ、トモはオーダーが入ったら、人数分の魚を俺に渡して。」
“えっ、それだけ?”
魚はすでに切り分けられ、オーダーどおりに魚を彼に渡すだけの単純作業。
“まぁ、初日だから、こんなもんか。”
オードブルセクションでは初日からエマニエルに散々しごかれたので、
ちょっと拍子抜けしてしまいました。
2日目、3日目...。
4日目になっても同じ作業の繰り返しでした。
僕は、他の仕事もやらせて欲しいと、いつも魚を渡す相手に頼みました。
「仕方ないよ、ポワソニエのシェフから、
トモにはこの仕事だけさせろって言われてるから。
彼は、外人が嫌いなんだよ。諦めろよ。」
僕はがっくりしました。
23歳で才能があって、仕事が出来て、
みんなの期待を背負っているほどの男が、
そんな小さい人間だなんて。

彼の仕事ぶりはエネルギッシュでした。
そして堂々としていました。
才能ある若き料理人であることは間違いないのですが、
彼は僕を嫌っていました。
残念ながら、僕も彼を好きにはなれませんでした。

そうしているうちに、
彼がコンクールに出場する日が明日にせまっていました。
夜の営業が終わって、時計の針が0時を過ぎようとしている頃、
彼は明日のコンクールの為の準備をしていました。
みんな、彼に頑張ってこいよ、と励ましの言葉をかけて帰っていきました。
でも、僕は励ましの一言もかける気がおこらず、
そそくさと帰ろうとしました。
後片付けをしていると、彼の包丁が、まだまな板の上に置かれたままでした。
無造作に置かれたその包丁の刃を見て、僕は驚きました。
“なんだ、全然砥いでないじゃないか。
あれでコンクールに出て優勝するつもりか。
あんな切れそうもない包丁で。”
そう思いましたが、
僕に関係のないことだと、さっさと帰りじたくを済ませようと急ぎました。
すでに調理場には、パティスリー部門のスタッフ数人と、
洗い場のアラブ人2人、
そして、23歳のポワソニエのシェフと僕しか残っていませんでした。
いつも30人以上いる調理場で、活気がありますが、
この時はすでに活気もなく、静かでした。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-06-10 02:43 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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