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料理人の休日

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~第91章 緩やかな坂道~  <僕の料理人の道>

この舗装されていない急な坂道。
青空に向かって真っ直ぐに登って行くような坂道です。
着実に一歩づつ近づく青空、
そして、カラフルな屋根の、
かわいらしい小さな家が立ち並ぶムージャン村が、
徐々に見えてきました。

舗装された大きくて緩やかな坂道を選ばず、
多少困難でも、真っ直ぐに目的地に向かう、
舗装されていない急な坂道を選んで、
一歩、一歩大地を踏みしめ、
決してたどり着くことのない青空にさえ
たどり着いてしまうんじゃないかと思うくらいの、
そんな、前向きで一途な彼女の後姿を見て、
僕は、「負けるわけにはいかない」と、
歩くスピードをあげ、彼女に追いつこうとしました。
もちろん、彼女より僕の方が体が大きいし、男ですから、
この坂道で追いつくことは容易なことです。
ただ、それまでの人生を振り返ると、
今、目の前にいる22歳の女の子に、
22歳のときの僕は追いついていなかっただろうと、、、
いえ、当時27歳の僕も、彼女に追いつけるだろうか、、、
と、そんなことを一瞬思いました。
何に追いつくのか追いつかないのか、具体的には分かりません。
自信をなくしたのではありません、
むしろ、彼女のような子がいることをなんとなく嬉しく思いました。


坂道を登り始めてから15分ほどでムージャン村に着き、
1時間ほど散歩をした後、花がたくさん咲いているカフェに入りました。
お腹も空いてきたので、サンドウィッチを2つ頼み、
彼女はカプチーノを、僕はカフェ・オレを頼みました。
チーズのたっぷり入ったバゲットのサンドウィッチをかぶりつきながら、
彼女は僕に、料理は好きかと、聞きました。
もちろん、大好きだと答えたのですが、
彼女からは意外な言葉を聞きました。
「実は私、料理が好きかどうかわからない。」
「ただ、誰にも負けたくない。」
この言葉を聞いたとき僕は、
彼女は頑張りすぎているんじゃないかと思ってしまいました。
負けず嫌いな性格には薄々感ずいていましたが、
彼女は本当に負けるのが嫌というだけでここまで頑張ってきたんだと思いました。

僕は、「帰りはこっちの大きな道で帰ろう」と彼女に言いました。
この道は、ムージャン村へくる、もうひとつの道。
舗装された緩やかな大きな坂道です。
彼女は、“なんで遠回りを?”と、
ちょっと不満そうでしたが、渋々付き合ってくれました。
彼女が選んだ、急な坂道とは違って、
ちょっと遠回りですが、力まなくてものんびりと歩けます。
たわいもないバカ話をし、2人で笑いながら歩いたのです。
30分ちょっとかかって、寮についたとき、
「たまには頑張らないで力を抜くのもいいだろう。」
と、僕が言うと、彼女はしばらく僕のほうをじっと見ました。

「グラッチェ、トモ。」

いつもはフランス語で会話をしているのですが、
この時は、イタリア語で“ありがとう”と言って、部屋に入っていきました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2008-06-02 02:44 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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