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料理人の休日

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~第89章 M.O.F~  <僕の料理人の道>

M.O.Fとはフランス最優秀職人章と呼ばれる勲章です。
オードブルセクションのシェフは、
この数少ないM.O.Fを取得しているすごい人でした。
彼はまだ30代半ばで若く、まじめで、仕事に厳しい職人肌の人でした。
エマニエルも彼のことを尊敬していて、
自らこのオードブルセクションを希望したのです。
もの静かなこのシェフは、怒鳴ることもなく、
ただひたすら、みんなと一緒に黙々と仕事をしています。
あっちこっち素早く動き回る、体の小さいエマニエルと違って、
彼の動きは小さく、ゆっくりと流れるようでした。



どしゃぶりの木曜日でした。、
彼は目の前にあるテリーヌ20本の仕込をあっという間に終えて、
僕を呼びました。

「トモ、こっちへ。」
僕は、急だったので、ちょっとびっくりして、
慌てて、彼のところへ小走りでいきました。
「今から、まかない用の鶏をローストチキン用にブリデするから、
よく見ておきなさい。私が最初にやって見せるから、あとはトモがやるんだ。」
目の前には10羽以上の鶏が置いてありました。
「は、はい。」
このセクションに来て1週間が経とうとしていました。
Brider(ブリデ)とは肉の形を整える為にタコ糸などの紐で、
肉を縛ることです。
僕は、ブリデなど今さら教わらなくても、すでに出来ました。
でも、MOF受章者の彼が僕に教えてくれるのです。
教わっておいた方がいいと思いました。

ロース針と呼ばれる10cmくらいの金串の穴にタコ糸を通して、
まず鶏の足のひざ裏あたりに右から左へ、縫うように貫通させる...。
基本どおり、正確に、スピーディに鶏をブリデする彼の姿は、
美しくも見えました。
“速い” 彼のブリデは30秒もかかりませんでした。
僕が感心して見ていると彼は、
「この大きさの鶏をブリデするにはこの方法が基本だ。
だが、今日はこっちの方法でブリデしてもらう。」
今度はロース針を使わず、タコ糸だけで鶏をブリデしました。
“・・・!えっ!”
速すぎる...10秒かかったでしょうか。
僕は目を疑いました。
3Kgくらいある鶏がまな板の上でくるっと一回転したと思ったら、
その時はすでに糸で全体を縛られていました。
鶏をロース針を使わずタコ糸だけで縛るのは小さな鶏の場合。
鳩やうずらなどです。

「いいかトモ、基本は大事だ。いろんな基本を知っておいた方がいい。
そして、それを自由に、状況に応じて使い分けるんだ。
今仕込んでるのはまかない用だ。
1羽1羽、きっちり縛るより、1秒でも早く終わらせることが大事だ。
さぁ、始めろ。」

彼にブリデされたまかない用の鶏は、
両足をきちんとそろえ、ぴーんと胸を張り、堂々としていて
まるで芸術作品のようでした。

ブリデをみて感動したのは初めてのことでした。
まるで機械のように正確に素早く動くあの手は、
修練を積み重ねた結果、そうなったんだろうな、
と感心しつつ、目の前の、まだ8羽くらい残っている鶏を
彼の手さばきをイメージしながら、片付けていきました。




美しいものを作る人は、
それを作っているときの動きも美しいと、僕は思いました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2008-05-20 13:54 | 僕の料理人の道 81~90章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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