料理人の休日

ryorinin.exblog.jp ブログトップ

~第88章 青い瞳の少女~  <僕の料理人の道>

エマニエル。
青い瞳で栗毛色の髪を持つ、22歳の少女。
この戦場のような厨房で、たった一人の女の子でした。
国籍はイタリア。
ただ、純粋なイタリア人ではなく、ハーフのようでした。
そして、不思議なオーラを持っていました。

エマニエルは、小柄で可愛らしく、
帽子が大好きで、お気に入りのいくつかの帽子を代わる代わる、
その日の気分でかぶっていました。
休みの日にはお化粧をしてカンヌに出かけ、
ショッピングを楽しみ、
寝る前には、イタリアにいる彼氏に手紙を書き、
寂しくなるのか、必ず僕たちの部屋にやってきて、
一言、二言、話をしてから、部屋に帰り、眠りについていました。
彼女の部屋は、僕たちの部屋の向かいにありました。

彼女は、たった一人で、イタリアから、このセレブの集う名店に乗り込み、
男達に負けない気迫と努力で、
ギャルド・マンジェと呼ばれるオードブルセクションのチームの中で
毎日、200食近いオードブルをこなすつわものでもありました。
一旦、仕事が始まると、男も女も関係なくなるこの戦場で、
彼女は、小柄な身体をめい一杯動かし、
2m近くある大男の横で、押しつぶされるどころか、
逆に、体当たりしながら働いていました。
手には、持ちきれんばかりのお皿を持って、
デシャップ台という、料理を盛り付ける台に、
きれいに、素早くお皿を並べたと思った瞬間、
すぐに、サラダを盛り始めていました。
この速さは、この戦場で一番でした。



僕は、ロティスリーから、
エマニエルのいるオードブルセクションに移動になりました。
シェフが、僕が日本に帰るまでに
全てのセクションを回らせようとしてくれたのです。
そして、エマニエルが、部屋が向かい同士というよしみで、
ギャルド・マンジェの仕事を教えてくれました。

「トモ、言っとくが私は厳しいよ。ちゃんとついてきなよ!」
いきなり、厳しい言葉を浴びせられました。
「余裕だよ。どんどん来なよ!」
僕も負けてられません。
ところが...
“マジで早い”
彼女のスピードについていくのがやっとでした。
「トモ、遅いよ!もっと速く、もっともっと速く!」

“こんなんじゃ、追いつけない。言われてからでは遅すぎる。流れを覚えなきゃ。”

僕は初日から、必死でした。
女に負けてなるものか!

オードブルセクションは、最初の料理を出すところです。
オーダーが入ったら、全力で、一秒でも速く料理を出さないと、
後が詰まってきて、大変なことになるのです。



仕事が終わり、街灯が薄暗くぼんやりと光ってる道を、
エマニエルと一緒に帰りました。
僕はクタクタで無口になっていると、彼女は僕に、
「何だよ、疲れたのか。明日も満席だよ。」
と、男のくせに情けない、くらいの感じで言いました。
「初日だからだよ。明日は余裕だよ。」
僕はとりあえず言い訳をして、男のメンツを保とうとしました。
「まぁ、よく頑張ったよ。明日も頑張ろうね。」
僕が、彼女のセクションに入った途端、彼女は上から目線の言い方になっていました。
でも、仕事を覚えるまでは仕方ありません。
悔しいけど我慢、我慢。
早くこのセクションにも慣れてやる、僕はそう思いました。
寮の明かりが見えてきたころ、彼女が僕に
「なぁ、トモ。日本に帰ったらレストラン開くんだろ?」
と、おもむろに聞いてきました。
「すぐには無理だけど、いつか、自分のお店を持つよ。」
「エマニエルは、イタリアに帰ったらフレンチレストランを開くの?」
僕の問いに彼女は、真顔で答えました。
「イタリア料理もフランス料理も関係ないよ。私は私の料理を出すレストランを作る。」
部屋の前まで来ると、エマニエルは、
「ボンニュイ(おやすみ)、トモ。明日はもっと速くだよ。
じゃないと自分のお店、持てないよ。」
そう言って、部屋に入っていきました。



彼女は芯のしっかりした、強い女の子です。
まだ、22歳。
彼女の料理をいつか食べてみたいと思いました。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
[PR]
by le-tomo | 2008-05-05 04:17 | 僕の料理人の道 81~90章
line

エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite