~第81章 ル・ムーラン・ド・ムージャン~ <僕の料理人の道>
オーダーをこなしながら、見習いスタッフに指示を出し、
料理を仕上げるギヨーシェフを隣にして、
あと残りわずかであろうグランメゾンでの仕事に集中していました。
ランチタイムがいつものように終わり、みんなが休憩にはいったとき
ギヨーシェフが僕を調理場の片隅に呼びました。
多分、ここにいつまでいれるかという話しだろうと思っていました。
11月には日本に帰らなければいけないので、10月一杯、ぎりぎりまでいようと思っていました。
ギヨーシェフはいつものように、僕の目をじっと見てしゃべり始めました。
「トモの今後のことだが...」
僕は思っていたとおりの話なのですぐに答えました。
「はい。僕はぎりぎりまでここにいます。10月31日まで大丈夫です。」
ギヨーシェフは、さらに僕の目を強く見つめてこう言いました。
「いや、トモは今月一杯でやめてもらう。」
“えっ!そんな...” 驚きました。
声になりませんでした。僕を必要としてくれていたはずだったのでは...。
代わりが見つかったのだろうか。そうだよな、僕の都合でやめるといったんだからなぁ。
ギヨーシェフは話を続けました。
「来月からカンヌへ行きなさい。
ル・ムージャン・ド・ムージャンのシェフにトモのことは私が話しておいた。
あと少し、そこで勉強しなさい。私がトモへ出来ることは今はこれだけだ。
きっと、勉強になるだろう。日本に帰っていいシェフになりなさい。」
さらに、僕は驚きました。
ギヨーシェフが僕の為に用意してくれた、フランス最後の修行の場所。
コート・ダジュール、カンヌ近郊、ムージャン村にある世界的有名なレストラン
<ル・ムーラン・ド・ムージャン>
オーナーシェフはロジェ・ベルジェ氏。
イヴ・サン・ローラン、クリスチャン・ディオール、カトリーヌ・ドヌーヴ、
ピカソ、ジャン・コクトーなど著名人が訪れた超一流老舗レストラン。
今でもハリウッドスターや世界のセレブが集う高級レストランです。
*現在はアラン・オルカ氏がオーナーシェフ
「ありがとうございます。ムッシュー・ギヨー」
頭は真っ白でしたがかろうじて感謝の言葉を声にできたといった感じでしょうか。
心の底からギヨーシェフに感謝しました。
ムーラン・ド・ムージャンで働けることも嬉しかったのですが、
何より、ギヨーシェフがそこまで僕のことを思ってくれていたことが本当に嬉しかったのです。
この感謝の気持ちを表すのに、僕は、日本人のくせで深々と頭を下げました。
フランスでは通用しないことはわかっていますが、
僕にはこれが精一杯の感謝の気持ちを表す方法でした。
そんな僕の姿を見て、ギヨーシェフは、
「私が一緒に働いた日本人の中でトモが最高のキュイジニエ(料理人)だよ。
次は、日本に帰って最高のシェフ(料理長)になってくれよ。」
と言って、僕の肩をたたき、調理場を出て行きました。
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。