~第80章 僕なら出来る~ <僕の料理人の道>
いい話じゃないか。怖がることなんかない。トモなら出来るよ。」
ギヨーシェフは僕の目をじっと見つめたまま、
一瞬たりとも目を離しませんでした。
「別に怖いわけじゃないんです。ただもう少しフランスで働きたくて。」
ギヨーシェフは僕が臆病風に吹かれていることを簡単に見抜きました。
僕は必死に否定しましたが、彼は全く僕の否定する言葉を信じる様子はありませんでした。
さらにギヨーシェフは、
「だったらもう少しフランスで働いて、それから東京のレストランのシェフになればいい。」
そんな都合のいい話はない、と思いました。
でも、ギヨーシェフはとりあえず頼んでみなさい。
だめならそのとき考えればいい、と。
ギヨーシェフの言うとおり、とりあえずもう少し待ってもらえないか、
東京のオーナーに電話で頼んでみました。
一年とは言わないがあと数ヶ月待ってもらえないかと。
電話の向こうで彼女(オーナー)は、
「分かりました。でもなるべく早く来てください。遅くても11月までには。」
なんとかお願いを聞いてくれましたが、もう7月です。
そう何ヶ月もありません。
それから彼女は僕に、
「あなたはウェディングはやったことありますか?
うちは年間100組くらいのウェディングパーティーがありますが、出来ますか?
1回に約60~80名くらいですが。」
「えっ!」
僕はそのときウェディング(披露宴)パーティーの料理など経験がありませんでした。
でも、思い切って、
「経験はありませんが、出来ます。」
と答えました。
ギヨーシェフの「トモなら出来るよ。」
という言葉が僕の背中を押してくれたのです。
“やるしかない”
“ここまできたら出来ないなんて言えない。やるしかないんだ。”
電話を切った後、不安はありませんでした。
きっぱり「出来ます」と言い切った後、なぜか不安は消えてました。
翌日、早速ギヨーシェフに報告しました。
待ってもらえたが11月には日本に帰らなければならないことを。
ギヨーシェフは、僕の顔を見上げながら、
「分かった。後は任せなさい。」
「???」
何を「任せなさい」なのだろう?
僕がやめた後のことだろうか?
多分、そうだろうな。
あまり深くは考えず、聞き流しました。
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。