~第78章 日本からの手紙~ <僕の料理人の道>
みんなに助けられながらも順調に役目を果たし、
悩むことも失敗もありましたが、充実した日々を過ごしていました。
そんな時、一通の手紙が日本から届きました。
その手紙は東京の、あるフレンチレストランのオーナーだという方から。
内容は、当レストランの料理長になってもらえないか、というスカウトでした。
突然日本から、フランスにいる僕のことを知り、スカウトするなんて事はありえません。
実は数週間前に、友人に連絡をとったら、
都内のレストランでマネージャーをしてるとの事でした。
そのときに、
「もうすぐシェフがやめるんだけど、小川さぁ、帰ってきて、うちのシェフやってみない?」
と誘われたのです。
その時は、まだフランスにいるつもりだからすぐには無理だ、と答えました。
それから、しばらくして、この手紙が届いたのです。
オーナーの思いが書かれている手紙1通とレストランの資料が分厚い封筒に入っていました。
このレストランは、80席以上ある大型レストランでした。
場所は品川区。
大きな複合ビルの一角にあるフレンチレストランです。
僕がこんな大きなレストランのシェフに?
しかも、東京の。
“いやいや、僕はまだフランスに残るんだからダメだ。この話は断ろう。”
実は少しひるんだのかも知れません。
期待の大きさに。
このとき初めて、フランスで修行した者への期待が大きいことを知り、
そのプレッシャーに躊躇しました。
数日後、手紙の主であるレストランのオーナーに国際電話をしました。
僕を誘っていただいたお礼と、
今回の話は申し訳ないがお断りする旨を伝えるために。
電話の向こうで受付からオーナーに受話器が渡されました。
このレストランのオーナーは女性でした。
簡単な挨拶を交わした後、彼女は自分の思いと僕への期待を話し始めました。
10分ほど話したでしょうか。
僕はただ話を聞くだけで電話を切りました。
伝えるはずのことを何一つ伝えられずに...。
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。