人気ブログランキング | 話題のタグを見る

料理人の休日

ryorinin.exblog.jp ブログトップ

~第77章 僕の下手なフランス語~  <僕の料理人の道>

スーシェフ初日。

いつもと変わらない朝でした。

いつものように仕込みをして、いつものようにランチの営業が始まりました。
ただ一つ違うのは、僕がストーブ(ガスレンジ)の前に立って、
みんなに指示を出さなければいけないことでした。

当たり前ですが、フランス語で。
僕の下手なフランス語でです。

でも、やると決めたら、下手なフランス語であろうが、
発音がおかしかろうが、
声を張り上げて精一杯叫びました。

「鳩より先に仔牛だ!仔牛を用意しろ!違う、このソースじゃない、こっちを火にかけろ!
塩が足りない、もっとしっかり塩をして!」

途中で何を言ってるのかわからなくなったり、
一瞬、頭が真っ白になったりも...

ディディエはパティシエルームからいつも僕の様子を伺って、
僕が伝え切れなかったことをうまくフォローしてくれました。
そして、誰一人、僕のおかしな発音のフランス語を笑う者はいませんでした。

みんなが協力してくれて、無事スーシェフ初日が終わろうとしていました。
そのときの最後の料理は「仔鳩のロースト、サルミソース」でした。
今でも覚えています。

メインの料理をすべて出し終えると、僕はすぐにパティシエルームへ向かい、
ディディエの手伝いをしました。
助けてくれた恩返しというわけではないのですが、
僕もデザートを勉強したかったので、出来る限り彼の手伝いをしました。

こうして、
次の日も、その次の日も、
みんなに助けられて僕は前へ前へ進むことが出来たのです。

僕に能力があったのではなく、
みんなが僕を信じてくれたからこそ、
お客様に最高の料理を提供し続けることが出来たんだなぁと、つくづく思います。

僕は、フランスでの仕事が楽しくて仕方がありませんでした。
いつか日本へは帰ることを決心していましたが、
そのときは楽しくて仕方がありませんでした。
僕は確実に、一流というものに向かって前進している実感がありました。
それには、反面、もう後には戻れないというプレッシャーもありました。
その後、日本に帰国する時がきますが、
フランス帰りという重いプレッシャーを背負って帰らなければなりません。
フランス帰りとは、
当然、フランス料理を、フランスの一流シェフと同じように作れる料理人であるはず、
ということです。
腕のいい料理人でなければいけないのです。
それでいて当たり前だと思われるということです。


その時、僕はそこまで気がついていませんでした。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2007-10-31 02:23 | 僕の料理人の道 71~80章
line

エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite