~第69章 鳴り響く電話 ~ <僕の料理人の道>
ギヨーシェフは、電話が鳴るたびに、
時にはズッキーニを持ったまま、時にはフライパンを持ったまま、
電話のあるレセプションに駆け寄り、そして落胆した表情を見せる、
そんなことを繰り返していました。
「どうしたんだシェフは?今日は様子が変だ。何かの知らせを待っているのか?」
ラングスティーヌのソテー、サラダ仕立て、オレンジのソース、ベルベーヌの香り
に使うオレンジソースを作る為に、僕はオレンジを山のように絞ってジュースをとりながら、
横でサラダを掃除しているセバスチャンに聞きました。
「もうすぐ、シェフの娘さんに子供が生まれるんだって。だからシェフは落ち着かないんだよ。孫が生まれる電話を待ってるのさ。」
そうだったのか...
シェフは、料理と同じくらい家族を愛しています。
厨房のいたるところに家族の写真が置いてあるくらいです。
そして、今日、今にも孫が生まれそうとのこと。彼にとっては大事件です。
時計の針が11時をまわった頃、朝から何回も鳴っていた電話が鳴り響くとともにシェフは飽きずに猛ダッシュで電話に駆け寄り、電話をとったマダムの様子をじっと見つめていました。
そして...
「みんなー、男の子が生まれたぞー!」
シェフの喜びに満ちた声が厨房に響き渡り、彼の目には涙がうかんでいました。
厨房にいたスタッフやホールのスタッフ全員がシェフとマダムに駆け寄り
交互に「おめでとうございます。」と握手を求めていった。
“なんだ、なんだ!”
僕は一瞬何が何やら分からなくなったが、みんなにつられてシェフのところへ“おめでとうございます”と一言いいに行きました。
そして、シェフからみんなにシャンパンが配られました。
シェフの孫の誕生をレストランスタッフ全員で喜んだのです。
僕はこの光景をみて、驚きながらも心が温かくなるのを感じました。
時計の針は11時30分をまわっています。
もうすぐランチがスタートします。
“仕込み間に合うかなぁ”
と、ちょっと焦っていたのは僕だけだったのでしょうか。
この日のランチはちょっとだけおわれましたが、
幸せな空気に包まれた心地いい一日でした。
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。