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料理人の休日

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~ 第63章 引越し ~  <僕の料理人の道>

同居人が新しい職場へ出発するとき、僕もこのアパートを出なければなりませんでした。
ちょうど、数日前にパリで画家を目指している同郷の友人と連絡がとれ、彼女が一時帰国をするのでその間、部屋を借りることができることになっていました。

その前に、近所に住んでいる音楽家の卵である友人が、シェアしていた部屋をでて一人暮らしをはじめるということで引越しを手伝いにいきました。彼女は週に一度、シャンソンを一緒に聞きに行っていた仲間のうちの一人で、フルート奏者です。
パリ近郊から、パリのど真ん中への引越しで、彼女が頼んだ引越し屋は中国人系の男で、普通のボロい乗用車できました。

「えっ!この車じゃ荷物がのりきらないよ。」

僕が驚くと、彼女は、

「安かったの。何回も往復するのよ。」

と、平然な顔でこたえました。

“引き受けたものはしょうがない。何往復になろうがつきあうか。”

それほど荷物は多くないものの、ゆうに3往復はかかりそうです。
暇があったので二つ返事でOKしたのが間違いでした。大変な仕事になりそうです。

案の上、片道30分を3往復して荷物を運び終え、報酬のビールを一杯もらって帰りました。
冷えてないぬるいビールでしたが、美味しく感じました。


あさってはルームメイトが新しい職場へ旅立ちます。ボーヌの一つ星レストランらしいです。
僕も一緒にこのアパートを出て行くつもりです。

1週間後、僕はパリで面接があります。






引越し当日の朝、ルームメイトを送り出して、お昼ごろ僕はアパートをでました。
引越しといっても、僕はスーツケース一つの身軽な引越しです。引越し屋に頼むほどでもありません。

ピアニストの同居人は朝早くから練習に出かけているようです。
昨日の夜、お別れの夕食を3人共にしました。
このときのメニューは、ピアニストの彼の希望でカレーライスでした。



スーツケース一つ持って、電車へ乗り、部屋を借りる友人のアパートへ向かいました。
パリ16区にあるパッシーの駅についたら電話をするという約束でした。
駅に着き改札を出ると階段があり、階段を上りきったところに公衆電話がありました。
早速、彼女に電話をすると、「すぐに行くから待ってて」と言われ、その公衆電話で待つことになりました。

目と鼻の先のアパートから彼女は出てきて、僕を手招きしました。


アパート1階のエントランスには管理人のマダムがいて、彼女に紹介されました。
彼女が事情を話し、しばらく僕が彼女の代わりに住むことの了承をえてエレベーターに乗り込みました。鉄格子の檻のような古いエレベーターで、ドアの開け閉めは手動でした。

5階の彼女の部屋に行き、とりあえず荷物を置きくつろぎました。
6畳くらいでしょうか。決して広いとはいえないワンルームの部屋です。
シャワーはありましたが、トイレは共同です。
彼女は画家になる為の勉強をしている貧乏学生ですから、これが精一杯でしょう。
もちろん、ただで部屋を2週間もかりるのですから、文句はありません。
夜、窓から見えるライトアップされたエッフェル塔が彼女の自慢でした。

彼女の絵を何点か見せてもらいました。彼女はどうやら人物像が得意らしいです。
僕は絵にはうといのですが、彼女の絵は曲線のきれいなやさしい色合いの絵でした。

彼女は2日後に日本に一時帰国します。

どうやら、結婚を考えている彼がいて、このことを両親に報告し、再びフランスへ戻ってきたら彼の実家のあるニースへ引越しして一緒に住むらしいです。

そんな事情のある女性が普通、男性を泊めるなんて考えられないことですが、彼女は男っぽいさばさばした性格でそんなこと気のも止めない様子でした。

とりあえず、寝泊りする宿が見つかって、僕は安心していました。

彼女を駅まで見送り、といっても駅は目と鼻の先ですが...
いよいよ数日後、面接の日は近づいてきました。

ブルターニュ地方の一つ星、「オーベルジュ・グランメゾン」のオーナーシェフ、ジャック・ギヨー氏とパリの某ホテルのロビーで待ち合わせです。

それぞれにみんなが新しい一歩を踏み出すために旅立って行きました。

僕も同じく新しい一歩を踏み出すためにジャック・ギヨー氏に会いに行きます。


つづく

*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2007-06-11 03:39 | 僕の料理人の道 61~70章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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