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料理人の休日

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~ 第61章 料理と音楽 ~  <僕の料理人の道>

僕の居候しているシェア型のアパートは部屋がまだ一つ空いています。
ある日、突然その空き部屋に新しく住む人がきました。家主さんからはなんの連絡もありません。ここの家主さんは、マダムKと呼ばれている、日本語がかなり上手な60歳前後の女性でした。彼女の家に、何回か呼ばれて庭の手入れをさせられたこともありました。それも、僕達のいい暇つぶしになりました。

「こんにちは。今日からおせわになります。」

突然現れた新しい住民は明らかに日本人でした。
突然だったので、驚きましたが日本人だったので容易に話ができました。
彼はまだ20歳ですが、高校を卒業してすぐウィーンに渡り、ウィーンで1年ほど勉強し、そしてパリに来たそうです。彼はピアニストの卵でした。
大きな電子ピアノを抱えて現れた彼はまだ20歳ですが、かなりしっかりした口調で話す、まじめそうな子でした。


彼はこのパリで、有名な先生の下で勉強して、世界的に有名なパリの音楽学校(すごく長い名前の学校で、学校名は忘れました)に入るらしいです。
彼は日本から送ってもらったインスタント食品を食べていました。当たり前ですが、彼は料理が全く出来ません。若いせいかいつもお腹を空かしていました。そんな彼をみて、僕はせっかく料理人なんだから彼の食事も作ろうと思い、そのことを彼に言うと、彼は凄く喜んでくれました。今まで香港人のジャーナリストの食事を作ることもありましたが、彼女は仕事でいつもよるも遅く、外で済ませているようでした。

彼はいつもよく食べてくれました。3人分くらい食べます。こんなに食べてくれると作りがいがあります。将来有望なピアニストが勉強に集中できるように、僕らが食事を作って少しでも彼を支えられればという思いでした。

彼はカレーが大好きでした。
カレーを作ると彼は、5杯は食べました。ご飯を炊くのも一度では足りないので、炊き上がったら2回戦目です。最初に炊いたご飯が食べ終わる頃に、2回戦目が炊き上がります。そんな感じの食事でした。僕も26歳。若かったですから。

こうして、僕は食事をつくり、彼はピアノを弾く…。

パリでの生活は、それはそれで充実していきました。


つづく

*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2007-02-18 14:10 | 僕の料理人の道 61~70章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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