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料理人の休日

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~ 第60章 芸術の都、パリ ~  <僕の料理人の道>

パリに向かう電車の中、前にもこんな気持ちで電車に揺られたことがあったことを思い出しました。ブルゴーニュ地方のレストラン「オーベルジュ・ド・ラトル」を突然やめなければならなくなり、プロヴァンスの「マス・ド・キュル・ブルス」のポマレード夫妻の元へ一旦戻る道のりのことを。

“一体どうなってんだ”

僕は確かに、OKの返事をもらってました。電車の中。その手紙を読み直しましたが、やはりOKの返事でした。
フランスでは、雇い入れの手紙をもらっていても、約束の日までに別の日本人を雇ってしまうという例は結構あるようでした。本当にいい加減なものです。

運がないなぁ、としょぼくれながらパリに着くと友人の家に再び転がり込みました。
そして、友人の日本人と香港人のジャーナリストの女性との3人の生活が始まったのです。3部屋あったのですが、僕と友人は一つの部屋を2人で使いました。お金がなかったので、少しでも節約しようと、大家さんに相談して格安で一部屋を使わせてもらいました。確か一ヶ月90フラン(約18,000円)だったと思います。まだ新しく綺麗なマンションでパリの中心地までもRER(高速地下鉄)にのって20分くらいでした。

香港の女性ジャーナリストはほとんど部屋にはいなく毎日夜遅くに帰ってきていました。仕事が忙しそうでした。同じアジア人なのに変ですが、共通の言葉はフランス語です。

すぐにこの生活には慣れましたが、毎日なにもやることがありません。失業中ですから。ただ、レストランへの手紙は書き続けていました。友人も同じく無職で次のレストランを探しているところです。

宛てもなくパリをぶらついたり、映画をみたり、美術館に行ったりと、一見優雅に見える生活ですが、内心ハラハラものでした。このまま無職が続けばお金がなくなってしまいます。貯金が底を突くまで、そう時間はかからなそうでした。

彼の友人の音楽家のたまごが近くのマンションに女性3人で住んでいました。彼女たちは、偶然日本人ばかり、このシェア型のマンションに入ったらしいです。
なんだか、こうして音楽家達と知り合うと、パリにいるんだなぁと実感してきました。パリは芸術の都ですからね。彼女達と知り合ってからは、よくシャンソンを聞きにいくようになりました。こうやって音楽にふれられたことも僕にはいい経験だったような気がします。日本にいたらこんな経験はできなかったでしょうから。

無職でやることがなくても、この時間を無駄にするのはもったいないですよね。
料理とは直接関係なくても、音楽に触れることもきっと自分を磨くことになるでしょう。

せっかくパリにいるのだから出来る限り芸術に触れるよう心がけました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2007-02-05 03:52 | 僕の料理人の道 51~60章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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