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料理人の休日

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~ 第46章 木靴屋のおじさん ~  <僕の料理人の道>

アルザスは冬になると雪が降ります。
マイナス10度くらいまで気温が下がり厳しい冬が訪れます。

そんな中、相変わらず僕はシェフが買ってくれた自転車で休みの日は5km先の食料品店に出かけ、夜食を買ったり、飲み物を買ったりしていました。手袋を持っていなかった僕は、調理場にあるゴム手袋をして出かけました。素手ではとてもじゃないけど凍りつきそうな空気の中、風を切って自転車のハンドルを握って走ることは出来ませんでした。

もう一つ、こんな寒い中を10km先にある木靴を作っている工房へ行って、職人のおじさんと話をしに行ったりもしました。この小さな小屋では気難しそうな顔のおじさんが一人で、木靴をはじめ、木製のおもちゃやキーホルダーなどを作って売っていました。でも、こんなところに誰が買いに来るんだろうと不思議でした。

僕にとってここはストーブがあって、とても温かく居心地がよかったのです。もちろん、僕の住んでいるレストランの中は温かく半袖半ズボンでも大丈夫なくらいでしたが、雪が降る窓の外を眺めながらストーブに当たるのも結構落ち着きます。

寒い中を10kmも自転車で走ると体は冷え切り、ゴム手袋も役に立たたず指先の感覚はほとんどない状態。顔は笑うことも困難なくらいガチガチです。そして、木靴屋の小屋のドアを開け中に入り、「ボンジュール、ムッシュー」と挨拶をします。そして彼も「ボンジュール」と言い返すとストーブの上にかかっている鍋のお湯でインスタントコーヒーを入れ、僕に渡すのです。僕は「メルシー」とお礼を言って当たり前のようにストーブの前の木の椅子に座り、熱々のコーヒーを飲みながら彼の仕事を眺めているのです。

彼は無口なのであまり会話はなく、僕がいても気にせず仕事を続けます。そしておもむろに僕にお菓子やクッキーを出したりもします。たまに僕は温かいストーブの前で居眠りをすることもありました。

それでも、なんだか居心地がよく2時間ほど居座り、外が暗くなる前に帰っていきました。




彼と知り合ったきっかけは、ある日、ストラスブールに行くためにいつものバス亭まで自転車で来て、いつものビストロに自転車を預けようと思っていたら、休みでした。しょうがなく、隣に鍵をかけて自転車を止めバスを待っていたのです。

すると道路を挟んで隣に木靴を売っている小屋があるのを見つけました。いつも、このビストロで少し話をするのでバスが来るまで時間を持て余した僕は興味半分で木靴屋へ入ったのがきっかけです。

とりあえず時間つぶしにと思ったのですが、この小屋にいる職人のおじさんは愛想もなく黙々と木を掘っているだけです。僕が、「ボンジュール」というと彼は「ボンジュール...。ジャポネか?」と聞き返しました。

「そうです。近くのレストランへ働きに来ています。」と僕は答えたのですがこちらをチラッと見ただけでまた、仕事に戻りました。バスが来るまで30分以上時間がありましたが、ちょっと間が持たなさそうなので一回り見たら出ようと思っていたのです。すると彼はインスタントコーヒーを入れて僕に差し出したのです。

「メ、メルシー」僕はちょっと驚きましたがそのカップをすんなり受け取りました。その時、彼は僕に、「どうしたんだ。」と尋ねました。思わず、僕は正直に「実はバスを待っていて…」と答えたのです。

彼は何も言わず手作りっぽい木の椅子を差し出したので、とりあえず僕はそこに座りました。そして沈黙のまま数十秒…。

「あと20分もすればバスは来るよ。どこへ行くんだ?」

沈黙を破ったのは彼の方でした。
そして短い会話を二言三言交わしただけで何も買わずに僕はお店を出てバスに乗りました。

僕はなんだか気になって次の週の休みにもその木靴屋へ行ったのです。彼は僕の顔を見ると椅子を差し出し、インスタントコーヒーを入れてくれたのです。そんなにたくさんの言葉を交わさなくても彼と過ごす時間はなんとなく楽しく居心地が良かったのです。


そして、いつの間にか、雪の降るマイナス10度の中でも、ゴム手袋をしてこの木靴屋へ来ていました。

彼の雰囲気に僕は魅かれていたのでしょうか。

それとも、一人ぼっちではなく誰かの存在を感じながらも気を使わずにボーっとできるこの時間に魅かれていたのでしょうか。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
by le-tomo | 2006-07-23 23:06 | 僕の料理人の道 41~50章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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