~ 第41章 3ツ星シェフ ~ <僕の料理人の道>
このレストランに僕を紹介してくれた日本人の彼は1週間後、帰国する予定でした。彼はジョージアン・クラブ(西麻布)のスー・シェフ、下村さんに誘われて帰国後は下村さんの下で働くことが決まっていました。
今回は1週間ですがいろいろと日本語で教えてくれる知人がいたので助かりました。
レストランが何席あるのか定かではありませんが、いつもアミューズブーシュを120人前用意して、最後20人前ほど余っていたので100席前後でしょうか。どのレストランもそうでしたが8時頃になるとどんどんお客様が殺到して急に忙しくなります。初日は言われたことをこなすので精一杯でした。
スー・シェフのミッシェルは仕事を淡々とこなし、シェフのジャンジョルジュ・クレイン氏はポワソニエ(魚料理のセクション)で大暴れしています。あまりの激しさにびっくりしてしまいましたが、緊張感もあってそれほどいやな感じではありません。ここは少し変わっています。シェフはポワソニエを仕切っているのですから。
仕事が終わるとシェフは凄く優しく、僕にも気を使って声をかけてくれました。仕事中とはまるで別人です。
「ようこそ、ランスブールへ。何か困ったことがあったらいつでも私かカティに相談しなさい。名前は?」
そう言って、彼は一人の女性を僕に紹介しました。彼女はシェフの妹でこのレストランではマダムの役目を果たしています。そうです、このときはまだ、シェフは独身でした。
「トモといいます。よろしくお願いします。」シェフと握手をしてカティとも挨拶を交わし2階に上がってシャワーを浴びました。ここには5~6人のスタジエ(研修生)やアプランティ(見習い)が寝泊りしていて、そのうちの2人が僕の部屋に来ました。今日一緒に仕事をしたロティスリーのフィリップとシェフに嫌というほどどやされていたポワソニエのミケルです。挨拶代わりなのかビール持参でした。フィリップの眉毛は繋がっていてミケルは声がかすれています。とても楽しいやつらです。
2日目、僕が6kgのジャガイモのピューレを作っているところへシェフが現れ、挨拶をするとシェフも返してくれました。「ボンジュール、トモモ…? モモトト?」
もう、僕の名前を忘れたのでしょうか?それとも冗談なのでしょうか。
「シェフ、僕はトモです。」 そう言い返すとシェフは「もちろん、知ってるよ。」と。
怪しいものです。
そして「トモモ♪ モモトト♪」と鼻歌を…。
レストランがオープンしてオーダーが入り始めるとシェフは昨日と同じように、いや、それ以上に大暴れで怒鳴り散らしています。ミケルはたじたじです。
なんか凄いなここのシェフは…。
彼が、今ではミシュラン3ツ星のレストランのオーナーシェフです。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。