~第36章 ミストラル~ <僕の料理人の道>
玄関に入るとオーナーは僕に「トモの部屋はまだそのままだからいつものように使っていいよ。」と言ってくれ「おやすみなさい。」を言って2階へ上がりその日はそのまま深い眠りに入りました。夜の12時を過ぎていました。
翌朝、目が覚め、顔を洗い、1階に下りて行くともうみんな厨房で働いていました。
「ボンジュール」
僕の一声でみんな手を止めました。どうやらオーナーは僕が帰ってきていることを知らせていなかったようです。
「おぉぉっ!どうしたんだよ、トモ。もう、くじけて帰ってきたのか?早く着替えろよ、忙しいんだから。」
シェフのマックがニヤニヤして近寄ってきました。仕事の手を休めてみんなが声をかけてくれるのをうれしく思いましたがそこそこで振り切ってオーナーを探しにサロンへ向かいました。椅子に座って本を読んでるマダムを見つけ、彼女にこの先僕がすべきことを相談をするとマダムはオーベルジュ・ド・ラトルへ電話をしてくれ詳しい事情を聞いてくれました。再びあのレストランで働くのは結構難しいことのようでした。一度、日本へ帰って大使館へ申請しなければならない書類があるらしいのですが通るかどうかわからないし何ヶ月も待たされるかも知れないとのことです。
「どうする、トモ?しばらくこのままここにいてもいいのよ。」
この言葉に甘えたい気持ちでいっぱいでした。昨日までは、またここでしばらくお世話になろうと思っていました。でも、いつまでも甘えてばかりじゃ前に進まないような気がして僕は一度日本へ帰る決心をしました。微かなチャンスにかけてみようと思ったのです。
まかないの時間がやってきました。久々にここの仲間とまかないを食べながら向こうであったことをみんなに話し日本へ一度帰ることも話しました。
「ほんとに帰るのか?ここにいろよ。」「また、一緒に働こうぜ、トモ。」「いつでも待っているからな。」
こんなうれしい言葉を聴きながら僕は1週間後パリのシャルル・ド・ゴール空港に向かうことにしました。寒い真冬の真っ只中のはずでしたが、ここプロヴァンスはそれほど寒くはありませんでした。唯一、ミストラルと呼ばれるプロヴァンス地方特有の強い風が寒さを感じさせる程度でした。
このミストラルは僕にとって追い風なのか向かい風なのか、そんなことを考えながら再びプロヴァンスをあとにしました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。