~第25章 仕事と遊び~ <僕の料理人の道>
フランスのレストランではディナーの営業が始まるのが8時頃からですからランチタイムが終わってからディナーの仕込みまで2時間以上休憩時間があるのです。日本では6時ごろからディナーが始まるので少ない休憩時間は仕込みに追われてほとんどありませんでした。
そんな、たっぷりある休憩時間を利用して時々みんなで広場に行ってサッカーをしたものです。フランスでは野球はあまり人気がなくサッカーやテニスが盛んでした。僕はサッカーをあまりしたことはなかったのですがみんなと一緒にひたすら前へ前へボール蹴っているだけでもみんなとの一体感みたいなものがあって楽しかったのです。こんな時、言葉はあまり重要ではありませんでした。目の前にきたボールはパスするかゴールに向って思いっきり蹴るだけ。そしてサッカーはチームでするスポーツなのでそれぞれのポジションと役目が決まっていて各自その役目を全うすることが大事でした。まるで調理場での仕事のようでした。調理場でもそれぞれ役割が決められていて各セクションが役割を全うして料理が完成するのですから。
もうひとつ、シェフと僕はよく卓球をしました。彼の家には卓球台があり彼は学生時代マルセイユでチャンピオンだったそうです。フランスでは卓球もかなりポピュラーなスポーツで家庭に卓球台があるなんてのは特に珍しくありませんでした。
チャンピオンになるほどの腕前を持つシェフのマックにいつも僕はぼろ負け…とお思いでしょうが、実は僕もなかなかの腕前で結構いい勝負をしました。マックは僕の腕前を認めると、サッカーをしない日はしょっちゅう家に僕を呼んで卓球をしようと誘いました。調理場では彼はシェフで一番偉いのですが卓球台を前にするとそんなのは関係ありません。お互いに本気でピンポン玉を打ち合い続けました。毎日、僕はオードブルを考えながら新しいサーブも考えていました。マックをやっつける為に…。
“仕事も遊びも全力”といった感じでこの後ディナーの営業があることを忘れてるんじゃないかと思うくらいくたくたになるほど本気で遊んだものです。彼らにとって遊びは必要なのでしょう。彼らの仕事に対しての瞬発力、集中力は日本人とは比べ物にならないものです。ただ、長時間働くことは苦手で、どんなに忙しくても必ず休憩をとります。そして身体を休めるというよりは身体を動かして気分転換をすることのほうが向いているようでした。そうやって思いっきり遊んで疲れることは心地いい疲れだとマックはいつも言っていました。
スポーツをしているときは言葉の壁をすっかり忘れて思いっきりみんなとぶつかりあえたのです。
そうして毎日が少しずつ充実していくのを感じました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
