~第22章 アミューズブーシュ~ <僕の料理人の道>
やっと叶ったフランスでの修行のチャンスを、ちょっと不安になったからといって、ちょっと辛いからといって簡単に棒に振るわけにはいきません。でも、これから先、自分の弱さに負けてこのチャンスを自ら捨てるときが来るかもしれない。それがとても怖かったのです。だから、僕は帰りのチケットを破り捨てました。自分を追い詰めることで“何がなんでもこのチャンスを生かして一流の料理人になりたい”という気持ちを貫き通すことにしたのです。
そして、覚悟をして挑んだディナー営業。覚悟をしたからといってすぐに何か出来るわけがありませんが気持ちを強く持つことで周りが見えてきました。僕は必死でした。分からないことはどんどん聞きました。
そうして覚悟してからの日々は比較的仕事も順調に覚えていき、1週間もたった頃にはオーダーを聞き取れるようになりスムーズにみんなの仕事の流れに乗れるようになっていました。
まぁ、毎日同じメニューを繰り返していたので当たり前と言えば当たり前なのでしょうが1週間前の自分とは明らかに違っていました。
ある日、シェフが定期的に変えるアミューズブーシュ(食事の前に出す突き出しのようなもの)を何にするか悩んでいました。そんなシェフに僕は自分に作らせてもらえないかとお願いしてみました。もちろん、僕のような外国人に任せるとは思っていませんでしたが、シェフは「そうか、じゃあ何か作って見せてみろ。」と言ったのです。僕はチャンスと思い、冷蔵庫にあるあまりもので一品作ってシェフに見せました。
シェフは難しそうな顔でそれを試食したあと、ちょっと考えて「いいだろう、来週これを出すから用意しておけ。」と言ってくれたのです。僕が今すぐに能力を発揮できるのはこれだ!と思いました。とりあえずアミューズブーシュを作り続けようと決めました。
それから、僕は毎日、違うものを作り続ける事にしたのです。毎日、毎日、違うアミューズブーシュを1日約100人前作り続けたのです。
そしていつの間にか僕はオードブルセクションのシェフを任され、オードブルまでもシェフと相談しながら考えるようになっていました。フランスに渡って3ヶ月が過ぎた頃だったでしょうか…。
最初僕の上司だった大男のクリストフと金髪のフロロンスはその頃から僕の部下になっていました。ただ、彼らの態度は変わらず結構大きかったのですが。
まぁ、フランス語を教えてもらっていたので仕方ありません。多少、態度がでかいのは許しましょう。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。