~第17章 リル・シュール・ラ・ソルグ~ <僕の料理人の道>
期待に胸膨らませ、初めて座る飛行機のシートの感触。
車輪が滑走路から離れ宙に浮いたときの不安。
あっという間に地図でしか見たことのない日本列島がまるで地図のように目に映ったときの感動。
今でもしっかり覚えています。
機内ではとりあえず旅行用のフランス語の本を今更ながら読み始め、必死に1つでも多くのフレーズを覚えようと悪あがきをしながら到着が待ちきれない気持ちでした。
ヨーロッパ大陸が十数時間前に見た日本列島の何倍もの大きさで目に映ったとき、胸の鼓動が高まるのを感じました。大きな機体の車輪が憧れの地に着陸し、飛行機から降りて深呼吸したときの空気、香り、景色、音。
全てが新鮮で心地いいものでした。
“俺なら出来る。”
なんの根拠もない自信があふれ出てきたあの感覚も覚えています。
僕が期待に胸膨らませる最初の修業先はアヴィニヨンの郊外にあるリル・シュール・ラ・ソルグという小さな村にあるオーベルジュ。
シャルル・ド・ゴール空港に降り、まずはパリまで行き、TJV(新幹線)に乗ってアヴィニヨン駅まで行けば迎えが来ている予定。いたって簡単なはずですが初めて訪れた外国というものは何をするのも困難でした。
ようやく普通の倍以上の時間をかけてアヴィニヨン駅に着いたのですが、僕にはどの人が迎えの人か分かりません。朝5時にシャルル・ド・ゴール空港に着いたのに今はもう夜の11時を回っています。初めての外国の暗闇はものすごく不安にさせます。そんな不安の中、ものすごく大きな男が僕に近寄ってきてなにやらこっちに来いと言わんばかりに僕を連れていこうとします。この人が迎えの人なのでしょが確信出来ず、もし違ったら何処かへ連れて行かれて殺されるのではという不安に襲われました。今朝、フランスの地に降りたときの“根拠のない自信”はこの瞬間、“根拠のある不安”にもみ消されていました。
でも、彼について行くしか無いと覚悟し、彼の言うまま近くの駐車場に止めてあった古ぼけたシトロエンに乗りました。彼は僕がフランス語を話せないのが分かるとほとんど何も話さないまま運転し、シトロエンはどんどんアヴィニヨンの街の灯りから離れ、山の中へ走っていきます。
約30分後、いくつかの小さな村を通り越して水車が回る小川のある村のはずれのオーベルジュに到着しました。200年前に建てられた古いが風格のある建物です。
それが僕のフランスでの修行の出発点“マス・ド・キュル・ブルス”です。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。