~第9章 父の言葉~ <僕の料理人の道>
「お母さん、俺もう辛くて耐えられん。ここ、やめようと思う。」
母にやめたいというのは、そう勇気のいることではなかったのですが母に「お父さんに代わるよ」といわれた時はただでさえ緊張していたのに更に胸がどきどきして心臓が破裂しそうになりました。
「どうしたんだ。」
父の声がなんだか胸の奥にまで響くように重たく感じた。
“絶対おこられる”
覚悟の上だったのに思わず怯んでしまい、母のときのようにすぐにやめたいという言葉が出てきませんでした。
「お父さん、俺もう、やめたい。」
やっとのことで“やめたい”という意思は伝えたものの用意していた言い訳を伝えることは出来ませんでした。そして父の口から意外な言葉が...。
「そうか、じゃあ辞めて戻って来い。」
“えっ”思わず意外な言葉に僕はおどろくと同時に一気に気が楽になりました。
そこへ、更に続く父の言葉は...
「その代わりもう二度と包丁は持つなよ。」
その意味はすぐに理解できました。理解したというよりその言葉の重みがずっしりと覆いかぶさってくるような感じでした。電話を切った後、辞めると決心したはずなのに心が揺らぎました。
“でも、もう決めたんだから”
そう、自分に言い聞かせて自分で勝手に決めたレストランをやめる日、それは最後のまかない当番の日、そして料理人最後の日が来ました。夜逃げの準備もしました。
“でも本当はここを辞めたかっただけなのに・・・、料理人をやめるつもりはなかったのに・・・。”
最後に作るまかないの為に専門学校時代の教科書を開き、父のあの言葉によって料理人そのものをやめなければならなくなってしまったことに未練を感じながら・・・そんなことを思いました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。