~ 第102章 きらきら輝く白い羽 ~ <僕の料理人の道>
窓の外がまだ薄暗い、午前五時。
今日がムーラン・ド・ムージャンで働く最後の日。
そして、フランスで働く最後の日。
ルームメイトのシルヴァンはまだ熟睡中なので、そおっとベットから降りて、
顔を洗い、服を着替えて散歩に行くことにしました。
ちょっと肌寒いけど、澄んだ空気がすがすがしい晴れた朝です。
しーんと静まり返ったこの早朝の感じと、
今日が最後だという寂しさとが重なって、
なんだか不思議な世界に自分がいるような気がしました。
まるで、今までのフランスでの生活が夢だったような...。
もやのかかっている坂道をムージャン村に向かって登りながら、
僕は「太陽の料理」のことを考えました。
太陽の光をさんさんと浴びた、
元気一杯の食材をふんだんに使って作る太陽の料理。
ロジェ・ベルジェ氏の料理がそう呼ばれる由縁は、
このカンヌの外れにあるムージャン村に来れば分かることでしょう。
そしてもう一つ、
ロジェ・ベルジェ氏はいつも真っ赤なズボンをはいていました。
調理場では、時には厳しく、時には優しく、
僕ら料理人たちを覆い尽くすようなたくさんのエネルギーを与え、
客席では、お客様に最高の笑顔でお出迎えする、
そんな彼自身もまさに太陽のようでした。
そんなことを考えながら曲がりくねった坂道を歩いていると、
ふと、目の前に転がっている小さな石が気になり、
何気なくその小石を蹴ってみました。
最初は勢いよく転がるのですが登り坂の為、急にスピードが落ち、
思ったより前へは転がりません。
何回かこの石を蹴りながら歩いているうちに、
僕も、いつも誰かが後ろから蹴り上げてくれてたんだろうなぁ、
と思い始めました。
僕が専門学校に行くための授業料を、何も言わずに仕事に行く前、
朝早くから、かまぼこ工場でアルバイトをして稼いでくれた父の背中、
そして、挫折してレストランから逃げ出そうとした時のあの父の言葉。
僕を一人前の料理人にしようと厳しく、そう必死に厳しくしごいてくれた、
勝又シェフをはじめ、僕の尊敬するレストランのシェフたち。
落ち込んでいる僕を飲みに連れて行って励ましてくれた先輩や仲間たち。
本場フランス修行という、僕の夢への大きなチャンスを与えてくれた請川支配人。
もちろん、東洋人の僕をこころよく受け入れてくれたフランスのグランシェフたち。
考えれば考えるほどきりがないほどたくさんの人達が、
僕を、どんな坂道でも蹴り上げてくれていた。
時には力いっぱい、時には優しく。
僕には、尊敬する父がいて、師と仰げるすばらしい先輩達がいて、
そしてたくさんの仲間がいます。
上を目指すと抵抗も大きく思ったように前には進めませんが、
そんな時、いつも誰かが僕を前へ前へ蹴飛ばしてくれていました。
そんなことを考えると、自分一人の力の小ささを感じると共に、
僕の背中を押してくれるいろんな人たちに感謝の気持ちが湧いてきました。
いつの間にか空が明るくなっていて、もやもなくなっていました。
上を見上げると、ほんの少しの白い雲と、どこまでも続く青い、青い空。
突然、一羽の鳥が目の前の木の上から飛び立ち、
真っ白な羽が1枚、僕の前に舞い降りてきました。
その白い羽を僕はそっと手に取ると、
真っ白な細い毛が一本も狂わず真っ直ぐきれいに並んでいて、
美しく、完璧に羽の形を整えています。
太陽の光を反射して、きらきら輝く白い羽。
光の加減か、時おり、虹色に色を変えたり銀色に光ったり。
この白い羽の美しさに目を奪われ、一瞬立ち止まったその直後、
なんだか急に勇気が湧いてきて、体が勝手にそわそわし始めました。
さて、寮に帰ってコックコートに着替えよう。
今日が、僕のフランス修行最後の修行日。
いつものように、裏口の白い調理場のドアを開け、
大きな声で叫びました。
「ボンジュール!」
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。