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料理人の休日

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『僕らは古代ギリシアに恋してる。・・・エリック・サティをめぐる音楽と料理の冒険』報告記 その6


僕は厨房に立って料理を作りながら、
KY のふたりの演奏を聴いています。
もちろん料理は開演前に仕込みも準備もしているのですが、
それでも音楽と料理は、同時進行しています。
いつのと違ったふんいきが、僕をわくわくさせます。






まずスパークの乾杯からはじめ、
演奏は三部構成、
料理も(演奏と交互になる形で)
バンケットフルコース仕立てでお出しています。







演奏と演奏の合間、
仲野麻紀さんは、目を瞑り、瞑想していました。
他方、ヤンは、料理をパクパク口いっぱいにほうばっていました。
なんてタイプの違うふたりなんだろう...
僕はこの性別もタイプも違うふたりが、
あんなに深くからみあった音楽を創り出すことを不思議に思いました。
そして、音楽と料理という、
全く違うジャンルの者同士が創り出そうとしているこの「時」。
この感覚...
そう、この感覚が、僕のなかの何かを目覚めさせる、
そんな感じでした。





音楽食事会は大盛況、
お客さんはKYの音楽に惹き込まれ、
未知の世界に誘惑され、
どの料理もすべてきれいに食べ尽くされ、
アンコールは三度も繰り返され、
拍手は鳴り止みませんでした。








会も無事終了し、僕はカウンターごしに、
KYのふたりとようやくくつろいで話をすることができました。
まずギターのヤンが僕に言いました、
「すごく楽しかった。
ふつうはミュージシャンはお客じゃないから、
高級レストランで演奏しても
サンドイッチしか食べられないこともあるんだ。
それがきょうは、
僕らも、お客さんと小川シェフの料理を食べて、
小川シェフのイメージする古代ギリシアを、
僕らも味わいながら、演奏できた。
それがすごくたのしかった。」


僕も言いました、
「僕も、はじめての経験でしたけど、
厨房でふたりの演奏を聴きながら料理を作るのは、
わくわくしましたよ。」



ヤンは言いました、
「古代ギリシアの音楽はね、
演奏譜だけは残っているけれど、
それは楽譜じゃないし、
当時の楽器のことも正確にはわからないから、
古代ギリシアの音楽が、ほんとうにどんな音楽だったかは、
けっきょく誰にも(正確には)分からないんだよ。
僕ら後世の人間にできるのは、残された資料を読んで、
現代のギリシアの音楽に耳を傾け、
古代ギリシアの音楽をイメージすることだけ。
サティの古代ギリシアにしても、
それはサティのイマジネーションの世界だからね。
でも、僕はそこがおもしろいと思うんだ。
そしてそのサティを演奏する僕らもまた、
サティをきっかけにして生まれた僕らのイメージを
演奏しているわけ。
たぶん小川シェフの再現する古代ギリシア料理も
僕らのやってることと同じだと思う。」





僕は言いました、「さいわい古代ギリシアの料理は、
レシピだけは残ってるんですよ、
でも、レシピってもともとメモのようなものだから、
作る方がイメージで補わなければ、料理の世界は見えてきません、
しかも古代ギリシアの料理は、
僕らが知ってるヨーロッパの料理とずいぶんかけ離れていて、
むしろアジアっぽい印象があるんです、
魚醤とかアサフェイダ(ヒング)なんか使いますからね。
僕は古代ギリシアのレシピを見ながら、
自分なりの、そして自分が食べて最高においしいと思えるような、
古代ギリシア料理をイメージして、今回、作ったんですよ。」






サックスの仲野さんは、ふと気づいたように言いました。
「料理ってアートなんですね。
いつもはそんなこと思いもしないで、食べていたけれど。」







僕は、その言葉に不意を突かれました。
そのとき僕も、同じ気づきをしたからです。
そう、人はよく、料理は芸術だ、なんてことをいいます。
でもこれまで僕は、料理が芸術だなんて思ったことはありませんでした。
それどころかそんなふうに考えることを、
なにか違うんじゃないか、
料理人としてちょっと不純なんじゃないか、
とさえ(不遜にも僕は)思っていました。
なぜって、料理人は客の望む、最高に美味しい料理をつくることが仕事。
作品というよりも商品だと思っていました、
そしてそう思っていてこそ、良い仕事ができるんだ、と。
でも、この食事会が終わり、
仲野さんのそのひとことを聞いて、僕はハッとしました、
あ、この食事会自体がアートだったんだ。
それぞれが創造力と表現力を精一杯ふりしぼり、ひとつの世界を創る。
これがひとつのアートだったんだ。






そして僕は理解しました、
わけのわからないもののなかに手をおそるおそる伸ばし、
正しいのか間違ってるのかも分からないなかで、
勇気をもって自分なりに考え、
仮説をたて、実験し、工夫し、
バランスを整え、仕上げてゆく。
自分が思い描き想像のなかで築きあげた、
ひとつの世界を示す。
自分が形にすることで、
はじめてひとつの世界が現われ、
そのとき驚きと感動が生まれる。






もしもそれがアートであるならば、
たしかに料理人にもアーティスト的な要素があります。
たしかに、ある。
そうか、そういうことだったのか。
僕は今、三十五歳。
僕よりもっと早くに、
「料理は芸術だ」ということを分かっている料理人もたくさんいるでしょう。
いまさらながら、僕は料理の世界に芸術性を感じ、
そして、僕の中の未知なる可能性を見出したように思えました。







古代ギリシアとエリック・サティを主題とした
KYの音楽と僕の料理のセッション。
それは無限の創造力と、新たな表現力と、
そして未知なる可能性を僕に与えてくれました。
そんなすばらしく意味のある食事会に参加してくれたみなさん、
ありがとうございました。
ともに過ごした時間を大切に、
僕の料理はこれから少しづつ変わってゆくはずです。
僕は今でもときどき、厨房でオーヴンの温度設定をしたり、
ソースを仕上げているとき、
KYの演奏するエリック・サティの音楽に耳を傾けています。
自分の耳にだけ聴こえる音楽を、心のなかで。





おわり。
by le-tomo | 2008-12-31 12:12 | エル ブランシュへ、ようこそ
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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