料理人の休日

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父と僕とトマトの話  第二話

僕は、車さえ運転できれば満足だったので、
父の言うとおり、三国へ行くことにしました。
三国といえば東尋坊のある、海岸沿いの町、
僕の家から車で、だいたい三十分くらいです。
三国は、僕ら兄弟が小学生のころ、
父に連れられて、魚釣りによく行った場所です。



そこは、コンクリートで固められた堤防でした。
県が大規模な工業団地を計画し、
貨物船が乗り入れられるようにつくられたコンクリートの港です。
この工業団地計画はうまくいかなかったらしく、
船がとまっているのは見たこともありません。
工業団地のはずの土地には、
ほとんど工場など建っていません。
人々は、この何十億もかけてつくった、
テクノポートと呼ばれる港を、
多額の税金でつくった釣堀だとあきれていました。


足場がコンクリートでかためられているため、
子供がいても比較的安全です。
そのため、家族連れで釣りにくるお父さんの姿もよく見かけました。
直角に海の中へ沈んでいるコンクリートの壁に、
波がぶつかり、ちいさなしぶきをあげています。
ここは、港内なので波は静かで、
波音もちいさく「ぱしゃっ」とかるく壁にぶつかる程度。
深い緑色をした足元に見える海の色は、
遠くに目をむければ、しだいに青く、濃くなっていきます。
青く、濃い海の水平線が目に写るころには、
ちいさな釣り船がゆっくり走っているのを見かけることもありました。
海草の香りや、干物のにおいがただよい、
堤防には、等間隔で釣竿をもった人たちが並んでいます。


僕ら兄弟は、
父に仕掛けをつくってもらい、
父にえさをつけてもらい、
そして、父に遠くへ、えさのついた針とおもりを飛ばしてもらいました。
僕らは、魚が針にかかったときにだけ、リールを回し、
魚が抵抗する感触が釣竿から伝わってくるのを楽しみながら、
海の中から空中に釣り上げるところだけを楽しみました。
そして、父は魚を針から外し、
ふたたび、えさをつけて遠くへと。



そのうち、僕が小学生の高学年にもなると、
ひとりで仕掛けを作って、えさをつけ、
まあまあ遠くへ、えさとおもりを飛ばせるようになったものです。
そのころ、やっと、
父も自分の魚釣りを少しは楽しめるようになったのではないでしょうか。



そんな、思い出のある場所へ行こうと、
十八歳になって、運転免許をとった、
これからはひとりで生きていかなければならない息子に、
父は提案しました。







僕は、この白いパルサーの運転席に、
ワクワクしながら乗り込みました。
決して、かっこいい車ではないのですが、
贅沢は言ってられません。
家にはパルサーと、母親の軽自動車アルトしかないのですから。




僕は何百回と、
このパルサーの助手席には乗っていたのですが、
でも、自分が運転席に乗るのは初めてです。
僕は父より十センチほど背が高いので、
椅子を後ろに少しだけスライドさせ、
キーをハンドルの右下に差し込んで、時計回りにカチッ、カチッと
二段階まわしました。
すると、“ブルルッ”と音がして、エンジンが回転し始め、
同時に車も少し震えました。




ギアがニュートラルのまま、
ちょっとだけアクセルを踏んでみました。
“グオーーン”とエンジンがうなります、
それだけでちょっと感動しました。
僕はバックミラーとドアミラーを調節し、
いよいよ発進です。




と、思ったのですがいきなり難関です。
駐車場に前から突っ込んで止めてあったので、
バックで発進しなければ駐車場から出ることが出来ません。
クラッチをきって、ギアをバックに入れ、ブレーキを踏み、
おそるおそる、サイドブレーキを下ろしました。
次は、ブレーキペダルから、右足を外し...
・・・と、奮闘しながら、
なんとか、駐車場から脱出、
ハンドルをきって、道路にでて、
いざ、三国へ向かいました。





つづく
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by le-tomo | 2008-11-02 18:24 | 父と僕とトマトの話
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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