料理人の休日

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~ 第99章 ようこそ、魅惑の世界へ ~  <僕の料理人の道>

一夜明けて...。

昨日の興奮が、まぶたの奥をふるわせている感覚がまだ残っています。
満足感、達成感が、胸の奥でじんじんしています。
この感覚が消えるまもなく、
ムーラン・ド・ムージャンでは瞬時に通常の営業スタイルにもどります。
容赦なく訪れるグルメでセレブなお客様を
一日、百人以上こなさなければなりません。
いつまでも、過ぎ去ったことの満足感にひたっているわけにはいかないのです。
気持ちをちゃんと入れかえなければいけません。
僕たちはプロなのですから。
そして、ここは世界的に有名な一流レストランですから。





僕は幸運にも、
ムーラン・ド・ムージャンの一大イベントに参加できたことを感謝し、喜んでいました。
でも、僕はこのレストランとの契約がもうすぐ終わろうとしていました。
僕には、東京のレストランオーナーとの料理長契約が迫っていたのです。
あと数週間後、
僕はこのフランスをあとにしなければなりません。
東京のフレンチレストランのシェフになるために。
寂しさと期待感が入り混じり、複雑な心境でした。


コラボのイベントまでは、
イベントに参加できるという喜びで頭が一杯でしたが、
終わって一夜明けると、急にそんな複雑な心境になっていきました。
僕の力では、この心の動きをコントロールすることはできません。
そんなとき、
ショレイシェフからお呼びがかかりました。
「トモ、明日からパテスリー(デザート部門)に行け。
もう少しで、日本に帰るんだろ。最後はパティシエだ。」
「はい、ありがとうございます。」



“最後”
この言葉に強く反応してしまいます。
フランスに来て三年が過ぎようとしていました。
“そういえば、三年前に、はじめてフランスに来て、
最初はオードブル部門からはじめたんだよなあ。
最後はデザートで締めくくりか。
フルコース、全部味わえそうだな。”
僕は心の中で自分に対してちょっとだけ笑い、
寂しさを消そうとしました。




「よろしくお願いします。」
パテスリーの場所は、厨房の左はじにあります。
デザートのシェフはフィリップという名の丸坊主の大男。
ポワソニエのシルヴァンより大きな体です。
手も、僕の倍くらいはあります。
そんな丸坊主で大男の彼がつくるデザートは、
なんと(!)チャーミングで繊細。
彼は、体は大きいですが、
とても優しく穏やかな口調で話します。

「ようこそ、誘惑の世界、パティスリーへ。」



つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2009-03-23 00:45 | 僕の料理人の道 91~103章

僕は、のぼり続けなければならない、この階段を。

仕事前にランチに行って来ました。

場所は有楽町。

レストランは、「アピシウス」
http://www.apicius.co.jp/

エントランスを入ると、
永井支配人が待っていて声をかけてくれました。

「こんにちは。お久しぶりです。」

コートとバッグを預け、
廊下を進むと、重厚な趣の客席が見えてきます。


「APICIUS(アピシウス)」


そう、僕がロティに目覚めたきっかけのレストラン。
あれはもう十六年も前のことですが。
http://ryorinin.exblog.jp/i20/ (ロティの星)


あのときの感動。
今でも鮮明に覚えています。





エルブランシュも三年目に突入しました。
初心を思い出してという意味も込めて、
アピシウスを選んだのですが、もうひとつ理由があります。

料理長が三月に交代して、
岩元学氏が就任したのです。



僕がオー・ミラドー修行時代、岩元さんは、
たまにアピシウスからオー・ミラドーにヘルプで調理場に入っていました。
そんな縁もあって、一緒に働いたり、飲みに連れて行ってもらったり、
殴られたり、どつかれたり...。

いやぁ、本当に怖い人でした。
ほとんどしゃべりませんから。
プリンカップを投げつけられたりもしたっけ。


でも、僕は当時、彼からいろんなことを教わりました。
食材の加熱について、ソースの濃度について、
そして仕事に打ち込む姿勢や精神力のこと。





彼はアピシウスのオープン時から今まで26年間、
ずっとアピシウスの調理場で料理をし続けています。
そして、今月料理長に就任したのです。
食事が終わると、彼はコックコートのまま調理場から出てきてくれました。
そして、あのとき、僕が20歳の頃、
はじめて僕がアピシウスに来たときの高橋徳男シェフと同じように、
テーブルに座って話をしてくれました。
昔のこと、今のこと、これからのこと、
いろいろ話をしてくれました。




嬉しかった。
とても嬉しかった。





彼は、僕を同じ料理人という目線で相手してくれました。
そして、僕は自分の未熟さを痛感しました。
岩元シェフは、
僕が20歳の頃、感動したあの鴨料理のサルミソースを出してくれました。
http://ryorinin.exblog.jp/9978862/
そして、僕は思いました、
全然たどりついてない...36歳になっても。


いえ、ソースがどうのこうのだけではないのです。
料理人として、もです。
今、僕は経営者です、なんて言うのが恥ずかしいとも思いました。
と、同時に、もっともっと努力しなければと、
心が奮い立ちました。


エルブランシュがアピシウスのようになれるなんて思ってもいません。
決してエルブランシュはグランメゾンではありませんから。
誰もエルブランシュがグランメゾンなんて言いませんから。
でも、グランメゾンのエスプリのエッセンスだけでも
エルブランシュにあってほしい、ほんのちょっとだけでも。



きびきびと姿勢よく歩くタキシード姿のスタッフ、
そして、心地いい声のトーン、ゆるやかに話すスピード、細やかな気遣い。
完璧な仕上がりの食材の加熱とソース、タイミング。
まさにエレガントそのもの。





エルブランシュも三年目に突入です。
一番しっかりしなければならないのは僕自身です。
僕はエルブランシュのリーダーですから。
僕が階段を登らないと、スタッフも登ってこれません。
僕は立ち止まるわけにはいかないのです。

その階段は、
ときには一段一段が高くて足を上げても登れないときもあります。
そんなときは手を使ってでも登る覚悟が必要です。
ときにはおどり場にたどりつくこともあります。
おどり場では、迷ったり、悩んだり、考えたりもします。
おどり場から下る階段もあるでしょう。
でも、僕が選ぶべき階段は、のぼりの階段のみです。




オー・ミラドーの調理場に飾ってあった額を思い出します。
その額の中にはこう書いてありました。

「やるしかない」
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by le-tomo | 2009-03-17 03:49 | その他いろいろ...
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東京のエルコーポレーションと福井のマイナーリバーズの2つの会社を経営し、エルブランシュのオーナーシェフをしています。


by le-tomo
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