料理人の休日

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~ 第98章 オニバ! ~  <僕の料理人の道>

「オニバ!(レッツゴー!)」


現場を仕切るショレイ氏の掛け声で、
一斉に皿が並べられ、
最初のアミューズ・ブーシュ(付き出し)が、
手際よく盛りつけらられていきます。



いよいよ、超豪華ディナーの始まりです。
同じ厨房にいる、全世界から集まった精鋭たちの
胸の鼓動が、息遣いが、
まるで耳元で鳴っているかのように感じます。
二百人近い盛大なディナー。
それは、今まで体験したこともない緊張感と緊迫感、
そしてなんといえぬワクワク感。
胸が張り切れそうなのを、精一杯抑えて、
僕は無我夢中になり、
荒っぽく早口で飛び交うフランス語を、
すべて聞きとるために耳をすまし、
1ミリも狂わないほど精確に料理を盛り続けました。





僕たちが任されているセクション、
魚料理の出番が近づいてきました。
目の前の鉄板にオリーブオイルをひき、
仕込んであったスズキを皮目からそおっと丁寧に焼いていきます。
オイルのはじける音、白く立ち上る煙、漂う潮の香り、
すべての五感を研ぎ澄まし、
スズキを完璧に焼き上げなければなりません。
表面をきれいに焼き色をつけたスズキを、
バットに並べて、180度のオーブンに入れます。
一度に二百人前もの魚をオーブンに入れてしまうと、
盛り付けているうちに火が入りすぎてバサバサになってしまいます。
盛り付けるスピードを見ながら、
少しずつ時間差でスズキをオーブンに入れて
焼き上げていかなければいけません。


「アレー、ヴィット、ヴィット!(急げ急げ!)」

みんなの盛り付けるスピードどんどん速くなっていき、
逆に僕がスズキをオーブンで焼き上げるスピードが遅くなってきました。
僕はあせりました。
“スズキに火が入らない!どうして!!”
頭の中が真っ白になっていきます。
あせった挙句に、スズキを一人前、床に落としてしまいました。
(もちろん、数人前は余分に作ってあります。)
あわてて、そのスズキをゴミ箱に捨てようと、
拾い上げたときに、ハッとしました。
“冷たい!”



鉄板で焼き色をつけられたスズキはバットに並べられ、
オーブンに入れられる順番を待っているうちに、
どんどん冷めていっていたのです。
一枚目のバットのスズキと十枚目のバットのスズキでは、
スズキ自体の温度が違っていたのです。
そのため、どんどんスズキに火が入るスピードは遅くなっていき、
冷めた分、オーブンに長く入れなければいけませんでした。
それに気がつかなかった僕は、
予定の時間で火が入らないことにあせっていたのです。


1/3ぐらいまで進んで、
ようやく、そのことに気づいた僕は、
少しずつ、オーブンに入れるのを早めにしていき、
なんとか追いつきました。







“ふう”
と胸を撫で下ろす間もなく、
次の料理の準備にかかります。
こうして、最後のデザートを出し終わった瞬間、
“フーー、ハアーー”
と、水中から顔を出して息をしたときのように、
深く呼吸しました。
まるで呼吸をするのを忘れていたかのように。







無事、ディナーは終焉を向かえ、
ドレスアップした紳士淑女が、
少し赤らいだ、至福の笑顔を振りまきながら、
ムーラン・ド・ムージャンをあとにしていきます。
彼ら彼女らは、今、最高の幸せを感じながら、
「あのオードブルは最高だったわ。」
「肉料理も文句のつけようがないよ。」
「デザートはもう一皿おなかに入りそうよ。美味しかったわ。」
と、今日出会ったその至福のひと時を振り返るように
おしゃべりに花をさかせながら自慢の車にのって、
ムージャン村の坂を下りていきました。




今回のコラボレーションは大成功に終わり、
うちあげの宴会は、
さっきまで戦場だったこの厨房でのシャンパンパーティーでした。
ガチャガチャと押し迫るような鍋の音はあとかたもなく、
みんなの笑い声と、満足そうな笑顔で満たされています。
お客様に至福のひと時をあたえ、
僕たちも最高の満足感をもらえる。
こんなにすばらしい料理人という仕事を選んだことに、
喜びと感動を覚え、誇りを持ちました。




外はもう真っ暗ですが、
決して多くはない街灯が、
ひときわ明るく道を照らしています。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2009-02-01 04:30 | 僕の料理人の道 91~103章
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オーナーシェフとしてのいろいろ。


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