料理人の休日

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~ 第95章 君は幸運だ ~  <僕の料理人の道>

彼が、優勝を逃したなんてことに、
この戦場のような調理場は、いつまでもかまっていませんでした。、
まるで、そんなことすらなかったかのように、
いつものピリピリとした張り詰めた空気にもどっていました。
あの、なんとも気まずい空気はたった一日だけ。
彼も、いつものように、目の前の魚を正確に焼き上げ、
手際よくソースを仕上げていました。
それには、ひとつのわけがありました。




実は、何ヶ月も前から、
そう、僕が、このレストランに来る前から、
ひとつの大きなイベントが計画されていました。
それは、太陽の料理人、ル・ムーラン・ド・ムージャンの
我らが偉大なるオーナーシェフ、ロジェ・ヴェルジェと、
パリの超高級ホテル、
オテル・ド・クリヨンの総料理長、ドミニク・ブシェの饗宴。
オテル・ド・クリヨンといえば、パリでも有数の超一流ホテル。、
メインダイニングのレ・ザンバサドゥールは、
ミシュランの2つ星を獲得しています。


ドミニク・ブシェ氏が、ムーラン・ド・ムージャンで、
ロジェ・ヴェルジェ氏と、たった一日だけコラボレーションするという、
なんとも魅力的な企画です。
そう、このふたりが、一緒にメニューを考え、ここでそれを作るのです。
僕にとっては、いえ、ここにいる料理人全員にとって、
とてもとても興味深いイベントです。
だってそうでしょう、
一流シェフ、二人と同時に仕事が出来るのですから。



ただし、このコラボレーションに、厨房スタッフとして参加できるのは、
ここにいる、全員ではありません。
ドミニク・ブシェ氏も、自分の厨房から腕利きのスタッフを連れてきますから、
ここにいる料理人のうち、3分の1は不幸にも、その日は休日となります。
僕は日本から来た研修生みたいな扱いですから、
当然、メンバーには選ばれることはないでしょう。、
この大事な日は、不本意ながら、休日になる予定です。
悔しいですが、こればかりはどうしようもありません。

コラボレーション当日、僕は、調理場の裏の窓から、
彼らのふたりのコラボレーションの様子をそっとのぞきにこようと、
密かに思っていました。
こんなチャンス、みすみす、部屋でゆっくり寝ているわけにはいかないのです。
僕は限られたフランスでの修行期間中に、
出来るだけたくさんのことを学ばなければなりません。
ドミニク・ブシェって、どんな人だろう?
ふたりは一体、どんな料理を作るんだろう?
気になって仕方がありません。





その、魅力的なイベント当日が3日後に迫っていたのです。
各セクションのシェフは、ロジェ・ヴェルジェの下、
夜遅くまでミーティングを重ね、準備を進めていました。
オードブルからデザートまでを、ふたりのシェフが交互に出すスタイルです。
魚料理は、ドミニク・ブシェ氏の担当です。
ただ、こちらのポワソニエ・セクション(魚料理部門)のチームが、
ドミニク・ブシェ氏の指示に従って、実際は調理をします。
もちろん、向こうの料理人も数名はきますが、
準備も、アシスタントもこちら側ですることになっていました。


当日は参加できなくても、せめて準備だけでも手伝いたい、
と思っていましたが、僕の仕事は、
いまだに、大した仕事は与えられていませんでした。
コラボレーション当日まで、あと3日、
うちのセクションシェフ、シルヴァンは、
ロジェ・ヴェルジェ氏となにやら二人で話をしていました。
お昼の営業が終わって、みんなはまかないを食べに、
ぞろぞろと調理場をでていきました。

僕もまかないに行こうと、調理場を出ようとしたとき、
不意に「トモ!こっちに来て!」
と彼から呼ばれたのです。
“なんだろう?次のセクションへ移動かな?”
僕は、ここで、すでに、ロティスリー、オードブル・セクションを経て、
今はポワソニエのセクションにいます。
あと残すのは、パティスリー・セクション(デザート部門)。
とりあえず、彼とロジェ・ヴェルジェのところへ、小走りでむかいました。

僕が彼らふたりのところへたどり着くと、
ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕の肩をたたいて、
「がんばれよ、君は幸運だ。」
にこやかな笑顔で、僕に微笑みかけるように言い、
そのまま、その場から立ち去りました。
シルヴァンは、立ち去るロジェ・ヴェルジェ氏に
「ありがとうございます、ムッシュ!」
と大きな声で言いました。

僕にはさっぱり、なにがなんだかわかりません。
ただ、ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕に「君は幸運だ」と言いました。
さて、僕はどんな幸運を手にするのでしょう。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-07-29 03:33 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第94章 みんなの期待 ~  <僕の料理人の道>

僕は、いつも通り、いつもの時間に調理場へはいりました。
朝9時、10分前。
そこには、すでに、
コンクールへ出発する準備をしているシルヴァンがいました。
今日が、出発の日です。
少し、緊張している様子でした。
約1時間後...10時を過ぎたころ、
彼は、荷物を全部、白いバンの車に詰め込み、
みんなに見送られて出発していきました。



みんなの期待を背負って。
今にも雨が降り出しそうな、どんより曇った空の下、
彼の乗った白いバンは、軽快に走り出し、
白いコックコートをきた仲間達はみんな、
手を振りながら思っていました。

“彼ならきっと優勝できる”

僕も、そう願いました。
このときばかりは、

“仲間を応援しよう”

そう思ったのです。







3日後、彼は戻ってきました。
いつも以上に険しい顔をして。

結果は...、


どうやら、3位だったらしいです。
彼はひどく重い表情でした。
もともと、明るい表情なんてあまりみせず、
いつも難しい顔をしていたのですが、
今回は、落ち込んでいるのが一目でわかりました。
それでも、「3位なんてすごいじゃないか」と思いましたが、
とてもそんな言葉で励ませそうになかったので、
無意識のうちに、僕は彼に近づこうとしていませんでした。
ポワソニエのセクションのみんなも、気を使ってか、
誰も、あまり声をかけないようにしているようでした。
唯一、調理場を仕切っている、ショレイ氏だけが、
彼の肩に手をかけ、言葉をかけました。
「気にするな、お前はまだ23歳だ。次もある。」
「もちろん、分かってます。ありがとうございます。」
彼は無愛想に、そう答えました。



彼はそれだけショックを受け、落ち込んでいても、
オーダーが入り始めると、その仕事ぶりには寸分の狂いもなく、
いつも以上に険しい表情で、オーダーをこなしています。
遠くから、僕は、そんな暗く険しい表情で、
何かにとりつかれたようにオーダーをこなす彼の姿を見て、
“プロだな”と感心しました。



最後のお客様に料理を出し終えて、
帰り支度を始めると、
彼は、僕のほうに向かってきました。
“わぁ、どうしよう、なんて声かければいいんだ”
と、内心、ちょっと焦りました。
とうとう、何も思い浮かばず、彼は僕の目の前まで来てしまいました。
2m近くある大男です。かなり威圧感があります。
僕は思わず、
「おめでとう。3番目なんてすごいね。」
と、僕は彼を見上げるようにして言いました。
僕は、本当にそう思っていたのです。
彼は、優勝できなかったことで落ち込んでいるのに、
僕は、全く空気の読めてない言葉を言ってしまったと、
次の瞬間、後悔しました。
彼は、僕の言葉に苦笑しながら、
「ジャポンでは、みんなから優勝できるって期待されてたやつが、
優勝しなくても、おめでとうって言うのか。」
と、僕の目をにらみながら言いました。
「えっ、3位になったんだろ、すごいじゃないか。
フランスで3番目なんだろ。
僕なんか、コンクールに出たことないけど、
多分、日本で100番より、1000番よりも、もっとずっと下だよ。
でも、こうやって、フランスの一流レストランで、
修行しているなんて、すごいなぁと思ってるよ。
フランスで3番目なんて、とんでもなくすごいよ。」
全然、励ましにもなっていませんが、
焦った挙句、思ったことをそのまま言いました。
彼は、クスッと笑って、
「トモの砥いでくれた包丁、よく切れたよ。ありがとう。」
そう言って、調理場を出ていきました。

外はもう真っ暗です。
外灯がぼんやり、辺りを照らしているせいか、
彼も、ぼんやり光っているように見えました。
僕は、彼のことが好きではありませんでしたが、
心の奥では、彼のプロ意識を認めていました。
ぼんやり輝いている彼の後姿を眺めながら、
ほんのちょっぴり、彼のことが分かったような気がしました。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-07-28 00:20 | 僕の料理人の道 91~103章

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その18

〈仕事ついての、もうひとつの考え〉、
続きを書きましょう。



考えてみれば、僕の料理も、
僕の料理観に応えてくれる業者さんや生産者の、
「僕のため、エルブランシュのための」
心尽くしとともに成り立っています。
たとえば野菜は福井にいる七人の農家の人たちが
エルブランシュのために育て、
ひとつひとつの野菜を新聞紙に包み、
ダンボール箱で送ってくださいます。
水も、 福井県の老舗の造り酒屋、久保田酒造が日本酒を作るときに使う
地下250mからくみ上げた仕込み水を、
タンクで送っていただいています。
ふだんつかっているフランソワ・ユエさんの仔鳩も、
ビュルゴー家の鴨も、これだけ毎日使っていると、
僕のなかではもはやかれらは同志です。
しかも今回は、柳生さんも、(そして僕の父も!)
まさに「僕のためだけに」二ヶ月の仔羊を、
そして輝くばかりのグジを届けてくれました。
考えてみれば、それらはまさに
「オートクチュールの」心意気です。




たぶん同じように考え、同じ価値観を持ち、同じ態度で
仕事に向かい合っている者同士は、
いつかどこかで必ず繋がるのだと思います。
僕がそれまで無意識に考えていた価値観に、
彼女は形を与えてくれました。
僕はいま、その先にあるものの手ごたえを、
感じています。
〈仕事についてのもうひとつの考え〉
この続きは、また後日、
あらためて考え、ていねいに確かめながら、
考えを書き進めてゆきたいと思っています。



いまは僕はただ彼女のための〈コース、オートクチュールのように〉の
充実感を味わっています。





(『世界でいちばんおいしごちそうって、なんだろう?』終わり)
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by le-tomo | 2008-07-23 05:29 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その17

〈仕事ついての、もうひとつの考え〉、
僕は今回、そんなことを考えていました。
順を追っておはなししましょう。





実は、僕は今回この文章を書き終えるにあたって、
この日の「コース、オートクチュールのように」で
いただいた料金について、
書こうかどうしようかかなり迷いました。
ふだんの僕の流儀は、
原価のことも正直にお答えして、
喩えていえば僕の全部のカードをお客様に見せながら、
正直に仕事をするようにしています。
ですから今回も、彼女のためにお出しした、
「コース、オートクチュールに」の値段を正直に書こう、
と僕は一瞬思いました。
でも、そう思った後で、
今回、もしもここで値段を書いてしまうと、
この日、僕が味わった料理人としての幸福と、
そして彼女のすばらしい微笑みが、
ほんの少し、つまらなくなってしまうような気がして、
迷ったあげく、値段を書かないことにしました。




僕はいつもと同じように
鉄壁の原価計算をおこない、
(しかも正直に打ち明けると)だいぶ割引した
お値段をつけました、もちろん感謝の気持ちです。






実はそんなことよりも今回、
僕には、もっと大事な気づきがありました。
それが、〈仕事ついての、もうひとつの考え〉でした。
「今度ね、シェフのお任せを作ってください、
予算は関係なく」、という今回の彼女の依頼は、
彼女のいたずらっぽい遊び心であると同時に、
フランスのグラン・メゾンが、
お客様に提供し続けているサーヴィスに
どこかで通じ合っているように、
僕には思えました。
もっとも、フランスのグラン・メゾンは、
その、お客様のためだけの料理を(今回の僕のようには)、
ほとんどつくることはないでしょう、
けれども、グラン・メゾンのサーヴィスのめざすところは、
まさに、「そのお客様のための」サーヴィスであり、
そしてお客様はその「自分のためだけのサーヴィス」に対して、
代価を払います。





エルブランシュを、グランメゾンと呼ぶ人は誰もいませんし、
僕自身も、グラン・メゾンだなんて思ってはいません。
僕はただ食材の質と的確な調理法に関して、
とことんこだわっているだけです。
ただし、エルブランシュは開店当初に比べて、
どんどん高級志向をはっきりさせてきました。
現在エルブランシュは、
9,800円(税込み)と14,700円(税込み)と
あとはア・ラ・カルトです、
ちなみに同業者たちは、この設定に感心してくれる人もいれば、
心配してくれる人もいます、
ただしほんとうは心のなかで思っていることは同じです、
(コース8000円くらいで成り立つレストラン経営にすれば楽なのに、
なんでまたわざわざ好き好んで・・・)。





実は開店当初は、極上食材コース(14,700円)はまだなく、
上が10,500円で、下に二つのコース、6,300円と8,400円がありました、
でも、僕は開店半年後に、下を切って、上の(価格の)導入を決断しました。
スタッフ全員で議論したあげくの大冒険な決断でしたが、
しかし極上食材コースを導入して以降、
(当初の僕たちの心配とは裏腹に)
お客様は増え続けています。





そうなるとソムリエの弟も、いっそうマニアックに、
自分の趣味に合った、そして常連さんの顔を思い浮けばながら、
高級ワインを買うようになりました。
ワインのおいしい店としても愛されるようになりました。
なかには、「ほんとにこの値段でいんですか?」
とまでおっしゃるお客様さえいらっしゃいます。
もちろん僕はお答えします、「大丈夫です、
ちゃんと利幅は乗せてますから。」





あれからお客さんが増えてきたのも、
それまで僕のなかにあった迷いが吹っ切れ、
エルブランシュのイメージがはっきりしたからだと思います。
僕のなかには、ずっと
〈世界でいちばんおいしいごちそう〉への夢があり、
それはいつも究極の到達目標であり、僕のなかの料理の基準です、
そして今回、彼女は、僕に、
そのお客様のためだけのコース、
そう、「コース、オートクチュールのように」
という発想への扉を、
僕のために開けてくれました。




そしてそれは僕がこれまで無意識に持っていた
〈仕事ついての、もうひとつの考え〉を、
はっきり自覚させてくれるものでした。






つづく
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by le-tomo | 2008-07-22 02:22 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その16

「柳生さんの育てた生後二ヶ月の乳飲み仔羊のロティ、
ジロル茸のソテーとサマートリュフの香り、
シンプルな仔羊のジュに赤ワイン風味をつけたソースで」





彼女は夢中で召し上がりました、
あっという間に、ソースまできれいに。
彼女はしばらくまっ白になったお皿を見つめていました。



そして彼女はにこやかにデザートまで食べ終え、
コーヒーの香りをたのしみながら、
おだやかな表情で、僕に言いました。
「至福の時間を、ありがとうございました。」



僕も言いました、
「こちらこそ、ありがとうございました。」



彼女もお連れ様もほほえんでいます。


彼女は訊ねました、
「今回、大変でしたか?」



僕は言いました、
「大変でした。
ふだんは設定した値段のなかでベストを尽くしてますからね、
でも今回は、まず料理を先に考えて、
値段は後からいくらでも、でしょ。
ふだんとは逆の順番、最初はとまどいました。
しかも、ーーさんはいろんなお店で召し上がってらっしゃてますから、
ただたんじゅんに高級食材を揃えてまとめるのも、
上品さに欠けるとおもって。
それで僕は、今回は、ーーさんのために作ろうって思ったんです。
そこで僕は、〈コース、オートクチュールのように〉
っていう考え方で、ーーさんのためのコースを組み立ててみました。
よろこんでくださって、僕もうれしいです。」




そして一夜は幸福に幕を閉じました。
スタッフ全員でおふたりを笑顔で見送りました。
めでたしめでたし、ハッピーエンドです。





でも、もしもここではなしを終えたならば、
僕のこのはなしは、なんだか自慢話のようになってしまいます。
(実は正直言えば、今回は、僕にも、少しだけ、
自慢話をしたい気持ちもありました。)
でも、今回こんなに何回も文章を書いて、
考えの発展する流れまで書いてきた理由は、
けっして自慢したかったからではありません。


実は、僕が今回思いがけず考えたことは、
〈仕事に対する、もうひとつの考え〉でした。





つづく
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by le-tomo | 2008-07-21 00:06 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その15

彼女は、まず、食前酒にシャンパンを注文しました。
シャンパンがサーブされ、さぁ、いよいよ最初の料理です、
「愛媛産の車海老に包まれた、極上キャビア、サワークリーム添え」
彼女の目の前に料理が置かれます、
彼女は小さなフォークで、まず、半分に切り、
その半分を口に運びました。
その瞬間、彼女の目は大きく開き、
「幸せッ!」とつぶやきました。
僕は、「当たったッ!」と心のなかでよろこびながら、
手は次の料理を準備しています。





次は、「ビュルゴー家の誇るシャラン鴨のエギュイエットのカルパッチョ仕立て、
グレープフルーツのドレッシングソースのルッコラのサラダを添えて」
彼女は鴨のエギュイエットのカルパッチョに、
目を輝かせ驚きました、「おいしいッ!」
僕もよろこびます、日本でこの料理は、
今夜が初めてという可能性が高く、
だからこそ召し上がっていただきたかった、
ちゃんと受け止めてもらって、
僕もつくった甲斐があります。





ここまでくると、もう彼女の心はつかんだも同然。
次の「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガー・ソース」は、
僕のスペシャリテ、これまで何千回もつくってますから、
間違いはありません、
彼女もまたすでに数回召し上がっています。
ですから、ここはおたがいあらかじめ安心です。




さて、僕の父が選んだグジです。
「このソース、おいしい。
小川シェフのソースのヴァリエーション、
すごいですね、こんなソースもつくられるんですね。」
(もちろん僕はうれしいです)。






そしていよいよメインです。
「柳生さんの育てた生後二ヶ月の乳飲み仔羊のロティ、
ジロル茸のソテーとサマートリュフの香り、
シンプルな仔羊のジュに赤ワイン風味をつけたソースで」



さぁ、彼女はいったいどう受け止めるでしょうか?



つづく
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by le-tomo | 2008-07-20 02:33 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その14

いよいよ、当日がやってきました。
彼女はお連れの方と一緒に、
いつものようににこやかな笑顔で、
ていねいに、まず「よろしくお願いします」
とお辞儀をしました。
スタッフは、おふたりを準備しておいたカウンター席に
ご案内しました。



僕もご挨拶です、「よろしくお願いします」、
まず、今日のコースをご説明しました。






*********






「彼女のためのフルコース、オートクチュールのように」



<アミューズ・ブーシュ>
愛媛産の車海老に包まれた、極上キャビア、サワークリーム添え



<一皿目のオードブル>
ビュルゴー家の誇るシャラン鴨のエギュイエットのカルパッチョ仕立て、
グレープフルーツのドレッシングソースのルッコラのサラダを添えて



<二皿目のオードブル>
スペシャリテ、
フレッシュフォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース、
苺のソテーと共に



<魚料理>
ウロコとともにポワレした越前産グジ、
野菜のミジョテ、そのジュとバジルのピストーソース





<肉料理>
柳生さんの育てた生後二ヶ月の乳飲み仔羊のロティ、
ジロル茸のソテーとサマートリュフの香り、
シンプルな仔羊のジュに赤ワイン風味をつけたソースで



<アヴァン・デセール>
定番、
アールグレイのクレーム・ブュルレ




<グランデセール>
ココナッツのジュレとパイナップルのソルベ、
熱々のパイナップルのソテーをかけて





僕の説明を、おふたりは聞いておられます、
彼女の目の輝きには、彼女の好奇心と、
きょうの日への情熱が感じられます。
僕も、手ごたえを感じます。




つづく
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by le-tomo | 2008-07-19 04:58 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その13

さて、こうして今回のフルコースのメニューはほぼ決まりました。
彼女のためのコース、そう、オート・クチュールのような。
僕はあらためてフルコースを構成する料理を
順番にイメージしながら、
彼女を思い浮かべていました。




いつだったか彼女は、
僕の酸味の利いたバターソースを褒めてくれたことがあります。
でも、僕はあえて、今回は酸味をきかせないソースをつくることにしました。
それは、次にお出しする、
メイン料理の生後二ヶ月の乳飲み仔羊の繊細さを、
最大限活かすために。



そのために、野菜を煮込んだときの、ほのかに甘い、
野菜のジュ(ジュース、旨み)をベースに、
バジルの華やかな香りをそえた、二種類のソースをあわせることを考えました。
でも、これだけでは、彼女の舌はものたりないと感じるでしょう。
(彼女の性格は、はっきりしています。
好きなものは好き、ピンとこないものはだめ、
したがって僕はここで、あいまいな味を持って来るべきではありません。)
かといって、今回は、酸味にたよった味の輪郭のつけ方は、禁物です。
なぜなら、次にくるメインの生後二ヶ月の仔羊は、
ミルクっぽさのある、この上なく繊細な肉質なはず、
したがってその前の料理で、酸味をもってくると、
せっかくのメインを召し上がるときの舌に、
酸味が残ってしまい、超極上仔羊のせっかくの魅力を
存分に活かせなくなってしまいます。




では、どうやって魚料理の味の輪郭を出そう、
酸味を使わずに。
そのとき僕は思い出しました、
父に教わった、グジの焼き方を。
グジはウロコが柔らかいため、
日本料理ではウロコをつけたまま焼くそうです。
食感の対比が生まれます。
柔らかく、ふっくらしている身のグジを、
ウロコごと焼けば、外側はパリパリして、
内側は、なんともふっくら柔らかい、
そんな食感の対比が生まれます。


これです!



この食感の対比こそ、味をはっきりさせるために効果的です。
彼女はやわらかく優しい心を持ち、
それでいてしっかりした考えをもった強さをそなえ、
会社でも活躍し、お友達も多い、
そんな彼女をイメージして、
僕はほのかに甘い野菜を煮込んだジュと、
香りの良いピストーソース、
そして、表面をパリパリに焼いた、ふっくらと、
やわらかく優しいグジの料理。




そして僕の構想はすべて決まりました。
彼女が訪れる日は、もう明日です。





つづく
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by le-tomo | 2008-07-18 05:14 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その12

僕の父は、(いまはもう引退しましたが、その頃)
日本料理の板前でした。
かつて二十歳の頃、僕があまりの修行の辛さに
弱音を吐いて、夜逃げするしかない、と思ったとき、
せめて父親にだけは報告しておこうと
(叱られるのを覚悟で)電話をしたとき、
父は、おもいのほかあっさりこう言いました、
「そうか、嫌になったか。
戻っておいで。その代わり、智寛、
もう二度と包丁は持つなよ。」



「もう二度と包丁は持つなよ」
父のその言葉は、
僕の甘い考えをぶち壊し、
僕の人生の退路を断ちました。
けっきょく僕は夜逃げを辞め、
修行を続け、いま思えば、
あのとき辞めずに修行を続けたからこそ、
今日の僕があるわけです。
逆にもしもあのとき僕が夜逃げをしていたら、
いまごろ僕はなにをしていたかまったくわかりません。




そこで僕は、今回、父に魚を選んでもらうことにしました。
父の魚選びは確かです、目利きです。
僕は父に電話をしました、
父の選んだ魚で、料理を作ろうと思って。
僕が電話をすると父はこころよく息子の頼みを聞き入れてくれ、
翌日発泡スチロールに入った、
とびっきりピカピカの輝くようなグジ(甘鯛)が、
エルブランシュに届きました。
(福井では甘鯛のことをグジと呼び、
京都の高級料亭に卸されるような高級魚です)。
身は柔らかく、繊細で、ていねいに焼きあげると
ふっくらふくらみます。
グジと一緒に、母の書いた短い手紙も入っていました。
「お父さんが朝早く、市場に行って買ってきたグジです。
体に気をつけてください。」


つづく
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by le-tomo | 2008-07-17 05:49 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その11

電話を切った後、僕は興奮していました。
彼女の笑顔が浮かびました。
でも、まだ安心してはいけません。
さぁ、ここの生後二ヶ月の、乳飲み仔羊をどう調理するか?
どんな、ソースをあわせるか?
彼女にはちょっと魔性的な魅力があります、
(今回彼女が持ちかけた、値段はいくらでもいいですから、
僕の思うがままに料理を作ってください、というゲームも、
そんな彼女の魔性のたまものです)。
そこで僕は、フランスの、ソローニュの森でとれた野生のジロル茸と、
サマートリュフの香りで表現することのに決めました。
そして、シンプルにこの食材の力を最大限引き出すために、
調理法は、僕のもっとも得意とするロティ(ロースト)に決まりです。

まだまだ、メニューは決まっていません。
オードブルは? 魚料理は? デザートは?
当日まで、あと一週間ちょっとです。








実は、二皿目のオードブルは、
彼女の希望で、
僕のスペシャリテ、「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース」に
決まっていました。
彼女は、これだけは外せませんから、
と(うれしいことを)言ってくれました。
「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース」は
僕のスペシャリテです。





アミューズ・ブーシュも手は抜けません。
ボルドーで獲れた極上キャビアを仕入れました。
このキャビアの凝縮されたような旨味と塩分を、
甘みのある大きな車海老の身で包み込み、サワークリームで酸味をあたえ、
バランスをととのえていきます。
そしてそれが今回彼女が召し上がる最初の一口に・・・。
すべてのバランスを均等に考え、
さらにインパクトのある味に仕上げました。
最初、噛んだ瞬間にはキャビアの塩分を感じますが、
噛んでいるうちに、その塩分を、酸味と甘みが包み込み、
飲み込むころには、絶妙なバランスでひとつの味にまとまる、
そんな、一口料理です。



デザートは、デザート担当の奥村と相談しました。
なんといっても最後の料理です。
それまでのすべての料理をしめくくる、〈なにか〉が必要です。
けっきょく、パイナップルを選びました。
温度差を楽しんでもらうレシピを考えました、
冷たいパイナップルのソルベに、
熱々のパイナップルのソテーをかけ、
酸味を和らげるためにココナッツのジュレを添える。
オーソドックスでありながら、
ちょっと現代的なセンスの、ウィットのあるデザートです。




次に考えたのは、一皿目のオードブルです。


悩みました。
魚介を使おうか、野菜中心にしようか、はたまた思い切って肉を使おうか。
次がフォワ・グラですから、
魚介を使ったオードブルか、野菜がメインのオードブルを考えるのがふつうは自然です。
でも、僕はあえて肉を選ぼうとおもいました。
僕の愛してやまないビュルゴー家のシャラン鴨の
エギュイエット(ささみ)を、使ってみることにしました。




僕がフランスで最初に修行した、プロヴァンスにある古いオーベルジュには、
鴨のエギュイエットをカルパッチョにした料理がありました。
僕は驚きました、なぜなら鴨のエギュイエットのカルパッチョなんて、
日本で見たことも聞いたこともありませんでしたから。
この料理は、おもしろい!
僕はすぐに好きになったものです。
そうだ、あれをつくろう。
今回はちょっとアレンジを加え、
(もともとはサヴォラマスタードをベースにしたソースを併せた料理でしたが)、
僕はグレープフルーツを使ったドレッシングをつくって、
さわやかに、サラダ仕立てに仕上げることにしました。
グレープフルーツのさわやかな苦味が、口の中いっぱいにひろがって、
食欲が進むに違いありません。


彼女はいろんな料理を食べ歩き召し上がっていますが、
この料理ははじめてに違いないと踏みました、
彼女の驚く顔が目に浮かびます。
最後は魚料理です。
今回の魚の目利きは父親に選んでもらおうと決めました。




つづく
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by le-tomo | 2008-07-16 03:31 | 世界でいちばんおいしいごちそう
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by le-tomo
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