料理人の休日

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世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その5

そう、常連さんは僕におっしゃいました、
「今度ね、シェフのお任せを作ってください、
予算は関係なく。」



僕は動揺しました、なぜなら、
エルブランシュには、
僕が考え抜いたふたつのコースがあって、
これが僕がイメージする、
最高の料理なんです。
シャラン鴨をメインにしたコ-ス9,800円(税込み)
そして極上食材コース14,700円(税込み)、
(いずれもサーヴィス料+1000円です)。



シャラン鴨のコースは、
僕の故郷、福井県丸岡町の契約農家から届いた新鮮な野菜と、
同じ丸岡町にある老舗の造り酒屋、久保田酒造さんが、
日本酒を作るときに使う、地下250mからくみ上げた、
澄み渡った綺麗でおいしい仕込み水を送ってもらい、
その野菜と仕込み水でつくる一皿をはじめ、
その日のおいしい天然魚を使った料理で構成し、
そしてメインは、フランス、シャラン村のビュルゴーさんの育てている
世界最高の、ビュルゴー家のシャラン鴨のロティ。
このコースはまさにエルブランシュの名刺のようなコースです。
エルブランシュに初めて訪れたお客様に、
まずは食べていただこうとおもってつくっています。



他方、極上食材コースは、
最高の食材をメインにしたコースです。
世界で二千頭しかいない、一度絶滅しかけた幻のバスク豚、
そして博士号をもつ学究肌の飼育家フランソワ・ユエさんが、
すばらしい自然環境のラカン村を選び、
つくり育てる鳩、それはもう料理人にとって、
作品というべき鳩なんです。
それからまた、
寒い、寒い北海道の美深町で、
フランス料理のための仔羊を、
惜しみない努力で育てている、
松山牧場の柳生さん、
かれは生後四ヶ月の仔羊を育ててくれます。
それらはすべて夢のようにすばらしい食材で、
入手できるチャンスは突然訪れ、
その機会を逃したら、もう二度と手に入らないことの方が多い、
もちろん僕はそんな機会が訪れたときは、
なんとしてでも、買いたい。
エルブランシュのお客様には、ぜひ召しあがっていただきたい、
(僕の頭のなかは、その極上食材にどんな火入れをするか、
どんな香りのソースを併せるかで、一杯です。)
価格は悩みに悩みましたが、
けっきょく14,700円(税込み)に決めて、
お出ししています。



そう、このふたつコースが、
僕が出した答えなんです、
神様が問いかける、「小川、おまえのイメージする
世界でいちばんおいしいごちそうは、どんなものかい?」
という問いに対しての。




ですから、僕は激しく動揺しました、
そこに、常連さんがいたずらっぽい表情で言った言葉、
「今度ね、シェフのお任せを作ってください、予算は関係なく。」





つづく
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by le-tomo | 2008-06-30 13:04 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その4

最高においしい料理、
僕にはこんなイメージがあります。
最高の食材に、適切な調理をほどこし、的確な加熱を加える。
構成はシンプルに、
味覚は、アタックから余韻までコントロールされ、
けっして五味のひとつだけを強調することなく、
ほどよいバランスをそなえ、そして食感の魅力をそなえ、
やわらかくかぐわしい、香りが漂う。
でも、エルブランシュのオーナー・シェフになってからは、
僕の考えは少し変わっていました。




エルブランシュは常連さんにめぐまれています、
常連さんたちはほんとうにエルブランシュを大事にしてくださって、
僕らスタッフはいつもよろこび、はげまされます。
あるお客様の話をしましょう。
彼女は週一回エルブランシュへいらっしゃる常連さんです。
僕はカウンターのこちら側で料理を作り、
彼女はカウンターの向こう側で料理を召し上がります。




彼女は明るく、くったくがなく、料理の感動を
彼女の言葉で返してくれます、
「わぁ、(魚の身が)ふっくら焼きあがってる、
ソースは酸味が効いてるけど、でも、美味しい!」
そんな声を聞きながら、僕は、次のメインをつくっています。
僕は彼女の言葉を聞きながら判断します、
(では、肉料理のソースは、
バターモンテのバターの量をほんの少し増やそう、
彼女の舌に残る、魚料理のソースの酸味の記憶が、
そっと和らぐように・・・、
魚料理のソースから肉料理のソースへの、
味から味への流れが、なめらかにつながるように)。
そして僕はメインをお出しします、
彼女は言います、「すごい、すごいッ、美味しいッ!」




もちろん僕も内心にこにこしています、
カウンター席ならではのだいごみです。
雇われ料理長のころ、閉ざされた厨房で、
どなたが召し上がるかもわからずに
料理をつくりつづけるのとは大違い。
そしていつしか僕はこんなふうに考えるようになっていました、
最高の食材、的確な加熱、味覚のバランス、食感、
もちろんすべて大事なことは言うまでもありません、
でも、そこにはひとつだけ欠けているものがあります。
そう、世界でいちばんおいしい料理は、
けっして料理人が決めることではなく、
その料理を召し上がったお客様が判断することなんです。






ある日、彼女は極上食材コースを召し上がった後で、
ちょっといたずらっぽい表情で、僕に言いました、
「ひとつお願いがあるんです」
僕は訊ねました、「なんですか、僕にできることなら、もちろん・・・」
すると彼女は言いました、
「今度ね、シェフのお任せを作ってください、予算は関係なく。」
僕は驚きました、「え、予算は関係なく、ですか?」




つづく
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by le-tomo | 2008-06-27 02:49 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その3

エルブランシュには、
オープンキッチン、シェフズ・カウンターが五席ほどあります。
お客様の目の前で、僕が料理をつくりします。
当初の考えは、「ひとりフレンチ」のお客様も大歓迎、
夜十時以降は、ワイン・バーとしてもご利用ください、
というつもりで作りました。




作って良かったな、と思っています。
なぜなら、目の前に座っていらっしゃるお客様の様子を見て、
食材に振る塩加減を調整することができます。
お客様の召し上がっているワインを見て、
ソースの濃度やバターモンテの仕方を変えることもあります。
ときにはお客様のお召し上がりのワインをグラス一杯いただいて、
そのワインでソースを作ったこともあります。
料理用のワインではなく、高級ワインでソースを作る、
しかも、お客様が今飲んでいらっしゃるワインで作ったソースは、
そのときのワインとのマリアージュにはぴったりでした。
お客様も、その洒落た趣向をよろこんでくださいました。





エルブランシュは、「もっとフランス的に」をモットーに
自分の目指す料理をおもう存分つくっています。
妥協は一切ありません。
それでありながら、それと同時に、
目の前のお客様と、料理で会話をする、そんなたのしみをも、
いつのまにか僕は感じるようになっていました。
目の前のお客様のことを考えながら、
料理をイメージするたのしさおもしろさ。




もしかするとこれは危険な兆候かもしれません。
なぜなら、最高にかっこいいフランス料理の料理人のイメージは、
たとえ口には出さなくとも、心のなかでは、
「これがおれの料理だ、どうだ、すばらしくおいしいだろう?
だれがなんと言おうと、おれは自分のスタイルを曲げない。」
そんなスタイルでもって多くのお客様によろこばれ、
なおかつ経営的にも成功している人たち、
それがフランス料理の世界のスターのイメージです。



僕も同じ精神を持っています、
最高においしい料理を作るために技術を極め、
料理長になってからは、
良い業者さんとの良好な関係を築き、
すべての中心を料理のクォリティに置いて、
自分の料理を築きあげてきたのですから。
僕はおしゃべりで腰が低い方ですが、
料理観の芯は、頑固です。
教科書は謙虚に無心によく読みましたが、
たとえそこに書いてあることでも、
自分で納得がゆかないものは、自分で別のやり方を編み出しました、
たとえばフォアグラの焼き方ひとつとっても、
自分で実験を重ねて、作り上げてきたものです。



そんな頑固な態度が僕の料理の芯にはあるのですが、
でも、それと同時に、どうやら僕には
「ハンドルの遊び」のような部分があって、
目の前のお客様によろこんでいただけるなら、
その「ハンドルの遊び」の部分で、お客様の舌をイメージして、
目の前のお客様と、料理で会話するような料理の作り方、
そこには、もしかしたら未知の可能性が潜んでいるかもしれない、
そんなふうにも思うようになりました。




あなたのためだけに作る、最高の料理。




そんなことを考え始めたのは、あるお客様との出会いがきっかけでした。




つづく
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by le-tomo | 2008-06-25 13:15 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その2

実はエルブランシュには、フロアテーブル五卓二十席のほか
オープンキッチン、シェフズ・カウンターが五席ほどあります。
お客様の目の前で、僕が料理をつくりします。
当初の考えは、「ひとりフレンチ」のお客様も大歓迎、
夜十時以降は、ワイン・バーとしてもご利用ください、
というつもりで作りました。
(お陰様で好評をいただいています。)




予想外のこともいろいろあって。
お客様の目の前で、料理のすべてを見せることの、
緊張感を僕ははじめて知りました。
たとえばお客様は
料理の最中に思いがけないことをおっしゃいますから、
最初は、料理に集中できないこともたびたびでした、
でも、それも僕を鍛えてくれましたし、
もっと良かったことは、
僕は、目の前で僕の料理を召し上がるお客様の表情を
毎日見ることができること。
お客様はみなさん正直なもので、料理のどの部分に、
どんなふうに反応なさっているか、
(あるいは反応なさっていないか)
手に取るようにわかるんです。



お客様の反応は、たまに僕をどん底に突き落とします、
(たとえばお連れ様との会話に夢中で、
せっかくの料理を暖かいうちに召し上がってくださらないお客様とか・・・)、
でも、そんなときもふくめて僕に学びを与えてくれますし、
それにお客様の笑顔を見ること、
ふと漏れる感動の声を聞けば、
それはほんとうにうれしいもので、励みになります。




最近は僕もようやく適度な緊張感とくつろぎをもって、
お客様と楽しく会話をしながら、料理を作れるようになりました。
エルブランシュがオープンしてからあっというまに一年が経ちました、
ところで、僕の料理観は、この一年で少しだけ変化していました。
最高の食材に適切な加熱、
的確なポワレ、ソテー、セジール、ロティ、ルポゼ...
それはもちろんいうまでもありません。
でも、その先にある、
さらなる美味しさの世界について、
僕は考えはじめるようになっていました。




つづく
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by le-tomo | 2008-06-24 12:46 | 世界でいちばんおいしいごちそう

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう? その1

世界でいちばんおいしいごちそうって、なんだろう?
僕は何千回この問いを考えてきたかわかりません。
料理人の道に入ったときから、そればかり考えてきました。




八年間の修行時代の終わりごろには、イメージもつかめ、
技術も身につけていました。
基本は、最高の食材をがんばって調達し、
適切な調理法に、的確な加熱をほどこすこと。
構成はシンプルに、味覚はアタックから余韻までコントロールされ、
五味のひとつだけを強調することなく、味覚と食感はほどよいバランスをそなえ、
やわらかくかぐわしい香りが漂う。
これが僕のイメージする最高においしい料理のイメージです。





オーベルジュ・オーミラドーを振り出しに、日本で五年の修行を経た後、
フランスへ渡って、各地で、星なしから三ツ星の超高級店まで、
修行できたことは幸運でした。
せっかくですから、技術の話もしましょう。
プロヴァンスでは、野菜やハーブを扱うテクニックを身につけました。
野菜は、グツグツと沸騰しているたっぷりのお湯に多めの塩を入れて茹でること。
またそれぞれの野菜を最高に甘く、美味しくするためには、
それぞれふさわしい時間が厳密にあることを体で覚えました。




ブルゴーニュのレストランでは、
野生の茸料理がスペシャリテで、
採れたての新鮮な茸をブラシで根気よく汚れをとり、
最初は弱火でじっくり余分な水分を出しながら火をいれるということを学びました。
ブルターニュのレストランには、新鮮な魚介がたくさん届きました。
魚を皮目をパリッと、身はふっくらと焼き上げるためには、
中火で、じっくり、皮の水分を出しながら焼き上げること。



そして、僕のもっとも得意とするロティ(=ロースト)は、
当時、太陽の料理人と呼ばれていたロジェ・ベルジェ・シェフから学びました。
ロティの技術的要諦については話しはじめるともうキリがないのですが、
もっとも大事なことは、オーヴンで焼きあげた後、お肉を、
ゆっくり、そぉっとルポゼ(休ませる)させること、
それによって美味しさはさらにすばらしくなる、
僕はその勘所をとことん教わりました。
そう、お肉は短い眠りのあいだに、ひときわ美味しくなるのです。
そう、僕は、フランスでの三年間の修行のなかで、
ポワレ、ソテー、セジール、ロティ、ルポゼ...
フランス料理に必要な技術はすべて学んできました。




その後、都内の八十席のフレンチレストランで、
料理長・店長を任され、六人の料理人を従え、
六年間、ウェディングに、ランチにディナーにパーティに
さまざまな経験を積みました。
最初は苦労の連続でした、
たとえフランス的には完璧であっても、日本人のお客様には
また違ったアプローチが必要なこと、
またウェディングでは、若いお嬢さんを中心に、
幅広い年齢の方においしく料理を召し上がっていただける
ことなども学びました。




そして2007年三月、念願の自分のお店、
エルブランシュをオープンさせました。
エルブランシュは、基本的に「もっとフランス的に」をモットーに
自分の目指す料理をおもう存分つくっています。
妥協は一切ありません。
と、同時に、僕はこの一年のあいだに
自分の料理観が少し変化していることに気づきました。


つづく
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by le-tomo | 2008-06-23 13:44 | 世界でいちばんおいしいごちそう

その豚は、世界で一番美しいお姫様です。 ~バスク豚~

白い雲が青空を流れてゆきます。
一面に広がる緑の丘を、
白と黒のぶちの豚が、
元気に駆けてゆきます。
そこはスペインとフランスにまたがる地域、
バスクの、アルデュード村。
そう、エルブランシュが自信をもってお届けする
数量限定極上食材コース、
今回の新着は、バスク豚です。




僕には、甲乙つけがたいほど大好きな豚が2種類あって、
それはビゴール豚とバスク豚、
極上豚の、キングとクイーンです。
ビゴール豚には、放し飼いならではの、
野性味あふれる天然の美があります。
さぁ、どんなソースを併せるかい、
と料理人を挑発するような
そんな不敵で男らしい魅力。
そう、ビゴール豚はまさにワイルドな王様です。
それに対して、バスク豚は、
喩えるならば、おてんばなお后様。
大自然のなかで元気に育てられていて、
彼女は一見奔放に育てられたように見えるけれど、
しかしその実ちゃんと、ルネサンスの時代から選ばれた食事、
どんぐりと栗を与えられ、
ていねいに育てられてきてもいるのです。
いわばバスク豚は、大自然を父に、人間の知恵を母に、
のびやかに育てられています。
(このごろは本物の入手がたいそう難しくなっている
イベリコ豚ですが、たとえ最良のイベリコと比較しても、
バスク豚の魅力は勝るとも劣りません。)






バスクはフランスとスペインにまたがる地域で、
鈍く赤い屋根の家々が低く並んでいます。
そしてそこには、不思議な言語をしゃべる、
ベレー帽をかぶった、ちょっとおしゃれな人たちが、
暮らしています。
気候は温暖で、秋や冬は曇りの日が多いけれど、
夏になるとがぜん日差しが明るいんです。
バスクの人たちは初夏の到来をよろこび、
海から吹く風に、笑顔を見せます。




今回の極上食材コースも期待してください。
ちょうどいまフランスから
グルヌイユ(食用蛙)と、
ジロル茸が届きました。
「え、カエル!??」なんていわずに、
ぜひ挑戦してみてください。
フランスのカエルは、
(焼き鳥屋さんのカエルのような
筋張ったたくましいものではなく)、
肉質はやわらかく繊細で、
レストラン料理ならではの食材です。
グルヌイユとジロルを併せてソテーしましょう。
グルヌイユの上品な肉質が、
ジロルのいい香りに包まれ、
穏やかで、とっても上品な一品です。



そして、バスクらしい、エキゾティックな魅力を、
新鮮な魚介を使って表現しましょう。
その魚介の使い方は、
(プロヴァンスの魚介がイタリアンの使い方に近いように)、
スペイン料理をいくらかおもわせます。
大きなエビの赤い姿は、
僕にバスクの家々の赤い屋根とともに、
バスクらしさを感じさせます。



そしてメインでは、
もちろん極上のバスク豚の、
繊細で稠密な赤みの肉質、
そして綺麗で清楚な乳白色の
(ほんのり甘い)脂の魅力を活かし、
僕は彼女に柑橘系のソースを併せ、
軽やかに、はなやかに仕上げましょう。



Menu Spreme 14,700円(税込み)にて
ご用意しています。
最近、極上食材コースは早々の売り切れが続いています、
ご予約は、どうぞお早めに。



エルブランシュで、バスクの風を感じてください。
バスクに吹く風には、かすかに
ハーブの香りが混じっています。



ご予約:03-5439-4338(16時以降)
メールフォーム:http://www.aileblanche.jp/reservation.html
ご予約時に、「バスク豚の極上食材コース希望」とお申し出くださいませ。
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by le-tomo | 2008-06-17 05:31 | 僕が選んだ極上食材

~ 第93章 ボンクラージュ ~  <僕の料理人の道>

シルヴァンは明日のコンクールのために1ヶ月以上も前から夜遅くまで一人残って、
準備をしてきました。
彼が必死なのは、誰の目にも明らかでした。
その努力は認めますが、
僕に対しての仕打ちを考えるとやっぱり好きにはなれません。
彼は、僕が外国人(日本人)だと言うだけで、
大した仕事もさせてくれないのですから。

彼の目の前に無造作に置いてある、刃がボロボロの包丁。
いくらなんでもあれじゃぁ、ひどいな。
僕は父親からもらった日本製の砥石を、
重い思いをしてフランスへ持ってきていました。
彼のことは好きではなかったけれど、
一応、仲間がコンクールに出るんだから、
ちょっとくらい助けてやろうか。
彼の真剣な表情を見ているうちに、少しだけ気が変わりました。
彼のそばに行き、彼の包丁を手に取りました。
彼は僕をじっと見つめましたが、すぐに目をそらして準備を続けました。
僕のことを全く無視です。
「この包丁、切れないだろ?」
僕が話しかけると、彼は手を止めずに答えました。
「別に問題ないよ。」
フランス人は、包丁の切れ味には大してこだわらないのです。
しかも、フランスの料理人は包丁を砥石で砥ぐ習慣がありません。
知ってはいましたが、包丁は切れたほうがいいに決まっているので、
僕が彼の包丁を砥ぐことを提案をしました。
彼は何も言わず、“好きにすれば”みたいな表情で、
僕が砥石を準備して、彼の包丁を研ぐのを横目で見ながら準備を進めていました。
1時間ほど砥いだでしょうか。
彼の包丁は、ステンレス製で質が悪く、砥いでも中々切れるようになりません。
“これは大変だな。相当時間がかかるな。”
そうこうしているうちに、彼は準備が終わったらしく、
「もういいよ。こっちは終わったから。」
と、僕に包丁を返せと言わんばかりに手を差し出しました。
そして、ぼそっと
「メルシー、トモ。」
とつぶやくように言いました。
すでに、調理場には僕と彼の2人きりしか残っていませんでした。
その静けさの中で、僕ははっきり彼の声を聞き取りました。
僕はちょっと驚きましたが、
「ボンクラージュ、ドゥマン。(明日、頑張ってこいよ)」
思わずそう答えました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-06-16 03:06 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第92章 才能ある若き料理人 ~  <僕の料理人の道>

何日かのオードブルセクションでの仕事に、
僕は、改めて仕事の正確さとスピードの大切さを思い知りました。
もちろん、ロティスリーも正確さとスピードは大切です。
でも、冷製の料理は、温製の料理よりたいがい盛り付けが複雑です。
最初の一皿をきれいに素早く盛り付けて出すこと。
お腹をすかせて待っているお客様に、
最初の料理を出来るだけ早く出すことが大事です。
いつの間にか僕はエマニエルをはじめ、
他のスタッフにも充分ついていけるようになっていました。
こうしてやっと慣れてきた頃に、
シェフに呼ばれて、ポワソニエ(魚介料理部門)への移動を言い渡されました。
ここにいる間に全セクションを経験させると言う、
僕にとってはありがたい、シェフの心遣いからです。


こうして、僕は新しいセクション、
ポワソニエ(魚介料理部門)にお世話になることになりました。
このポワソニエのセクションは
オードブルセクションの目の前にあります。
そして、ここで驚いたことが一つあります。
このセクションには5人の料理人がいました。
なんと、ここの部門を任されているシェフ、シルヴァンは23歳という若さだったのです。
僕より4つも下でした。
体は大きく2m位あったと思います。
他の料理人には40歳近い人もいました。
才能ある若き料理人。
みんな、彼のことを認めていました。


彼は今度の休日に料理のコンクールに出場することになっていました。
仲間は、そんな彼をサポートしながら、彼に期待を寄せていました。
「シルヴァンはすごいよ。きっと優勝する。」
誰もがそう言っていました。
彼も、優勝する自信がある、と言っていました。
“すごいなぁ。23歳でこの自信。”
僕が23歳の頃は京都で、
シェフに散々怒られながらも必死に食らいついていた、
そんな若さがとりえのがむしゃらだった見習い料理人でした。
そういえば、“フランスへ行きたい”と強く思いはじめたころでした。

「今日からよろしくお願いします。」
僕は彼に挨拶をし、握手を求めるため、右手を差し出しました。
彼も右手を出し、握手はしたのですが、一言もしゃべりませんでした。
無言で僕をじっと見つめ、右手をぎゅっと握り返し、すぐに手を離しました。
そのまま、彼は冷蔵庫のほうへ歩いて行ってしまいました。

“コンクール前で気が立ってるんだろう。仕方ないか。”
そう諦めて、仕事の指示をもらいに他のスタッフに話しかけました。
「じゃあ、トモはオーダーが入ったら、人数分の魚を俺に渡して。」
“えっ、それだけ?”
魚はすでに切り分けられ、オーダーどおりに魚を彼に渡すだけの単純作業。
“まぁ、初日だから、こんなもんか。”
オードブルセクションでは初日からエマニエルに散々しごかれたので、
ちょっと拍子抜けしてしまいました。
2日目、3日目...。
4日目になっても同じ作業の繰り返しでした。
僕は、他の仕事もやらせて欲しいと、いつも魚を渡す相手に頼みました。
「仕方ないよ、ポワソニエのシェフから、
トモにはこの仕事だけさせろって言われてるから。
彼は、外人が嫌いなんだよ。諦めろよ。」
僕はがっくりしました。
23歳で才能があって、仕事が出来て、
みんなの期待を背負っているほどの男が、
そんな小さい人間だなんて。

彼の仕事ぶりはエネルギッシュでした。
そして堂々としていました。
才能ある若き料理人であることは間違いないのですが、
彼は僕を嫌っていました。
残念ながら、僕も彼を好きにはなれませんでした。

そうしているうちに、
彼がコンクールに出場する日が明日にせまっていました。
夜の営業が終わって、時計の針が0時を過ぎようとしている頃、
彼は明日のコンクールの為の準備をしていました。
みんな、彼に頑張ってこいよ、と励ましの言葉をかけて帰っていきました。
でも、僕は励ましの一言もかける気がおこらず、
そそくさと帰ろうとしました。
後片付けをしていると、彼の包丁が、まだまな板の上に置かれたままでした。
無造作に置かれたその包丁の刃を見て、僕は驚きました。
“なんだ、全然砥いでないじゃないか。
あれでコンクールに出て優勝するつもりか。
あんな切れそうもない包丁で。”
そう思いましたが、
僕に関係のないことだと、さっさと帰りじたくを済ませようと急ぎました。
すでに調理場には、パティスリー部門のスタッフ数人と、
洗い場のアラブ人2人、
そして、23歳のポワソニエのシェフと僕しか残っていませんでした。
いつも30人以上いる調理場で、活気がありますが、
この時はすでに活気もなく、静かでした。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-06-10 02:43 | 僕の料理人の道 91~103章

~第91章 緩やかな坂道~  <僕の料理人の道>

この舗装されていない急な坂道。
青空に向かって真っ直ぐに登って行くような坂道です。
着実に一歩づつ近づく青空、
そして、カラフルな屋根の、
かわいらしい小さな家が立ち並ぶムージャン村が、
徐々に見えてきました。

舗装された大きくて緩やかな坂道を選ばず、
多少困難でも、真っ直ぐに目的地に向かう、
舗装されていない急な坂道を選んで、
一歩、一歩大地を踏みしめ、
決してたどり着くことのない青空にさえ
たどり着いてしまうんじゃないかと思うくらいの、
そんな、前向きで一途な彼女の後姿を見て、
僕は、「負けるわけにはいかない」と、
歩くスピードをあげ、彼女に追いつこうとしました。
もちろん、彼女より僕の方が体が大きいし、男ですから、
この坂道で追いつくことは容易なことです。
ただ、それまでの人生を振り返ると、
今、目の前にいる22歳の女の子に、
22歳のときの僕は追いついていなかっただろうと、、、
いえ、当時27歳の僕も、彼女に追いつけるだろうか、、、
と、そんなことを一瞬思いました。
何に追いつくのか追いつかないのか、具体的には分かりません。
自信をなくしたのではありません、
むしろ、彼女のような子がいることをなんとなく嬉しく思いました。


坂道を登り始めてから15分ほどでムージャン村に着き、
1時間ほど散歩をした後、花がたくさん咲いているカフェに入りました。
お腹も空いてきたので、サンドウィッチを2つ頼み、
彼女はカプチーノを、僕はカフェ・オレを頼みました。
チーズのたっぷり入ったバゲットのサンドウィッチをかぶりつきながら、
彼女は僕に、料理は好きかと、聞きました。
もちろん、大好きだと答えたのですが、
彼女からは意外な言葉を聞きました。
「実は私、料理が好きかどうかわからない。」
「ただ、誰にも負けたくない。」
この言葉を聞いたとき僕は、
彼女は頑張りすぎているんじゃないかと思ってしまいました。
負けず嫌いな性格には薄々感ずいていましたが、
彼女は本当に負けるのが嫌というだけでここまで頑張ってきたんだと思いました。

僕は、「帰りはこっちの大きな道で帰ろう」と彼女に言いました。
この道は、ムージャン村へくる、もうひとつの道。
舗装された緩やかな大きな坂道です。
彼女は、“なんで遠回りを?”と、
ちょっと不満そうでしたが、渋々付き合ってくれました。
彼女が選んだ、急な坂道とは違って、
ちょっと遠回りですが、力まなくてものんびりと歩けます。
たわいもないバカ話をし、2人で笑いながら歩いたのです。
30分ちょっとかかって、寮についたとき、
「たまには頑張らないで力を抜くのもいいだろう。」
と、僕が言うと、彼女はしばらく僕のほうをじっと見ました。

「グラッチェ、トモ。」

いつもはフランス語で会話をしているのですが、
この時は、イタリア語で“ありがとう”と言って、部屋に入っていきました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-06-02 02:44 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by le-tomo
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