料理人の休日

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~第90章 急な坂道 ~  <僕の料理人の道>

レストランは、寮を出て左側に山を下りるようにして、
歩いて5分くらいのところにあり、
ムージャン村の中心は、寮を出て右側に、
山を登るように道沿いに歩いて、
だいたい30分のところにありました。

僕は、淡いカラフルな色の建物がたくさん並んでいる、
かわいらしいムージャン村が大好きで、休みの日には、
むしろ、はなやかな高級リゾートの街、カンヌより、
のどかでかわいらしいムージャン村へ、
てくてくと歩いていくのが大好きでした。
ときには友達に誘われて、カンヌへ遊びに行くこともありましたが、
一人でのんびりとムージャン村のカフェで、
エスプレッソを飲みながら、ロジェ・ベルジェ氏の料理本を読み、
太陽の料理に酔いしれている時間もとても幸せでした。



その日は、雲ひとつない、空一面が真っ青の、
とても気持ちのいい休日でした。
気がついた時、すでに時計の針は午前10時をまわっていました。
とりあえず、シャワーを浴びて、目を覚まし、
さて、今日もムージャン村へ散歩にでも出かけようかと、
身支度をして、部屋のドアを開けると、
珍しく、エマニエルがどこも行かずに部屋にいました。
窓を全開に開けていたので、彼女が部屋にいることが分かったのです。
あまり気にせず、エマニエルの部屋の前を通り過ぎようとしたとき、
後ろから、彼女の声が聞こえました。
「ボンジュール、トモ!どこへ行くの?」
彼女は、窓から身を乗り出していました。
「ああ、エマニエル、ボンジュール。」
「今日は部屋にいるんだ、珍しい。僕はムージャン村まで散歩へ行くところだよ。」
一旦は立ち止まったものの、すぐに僕は歩き始めました。
「ちょっと待ってて、トモ。私も行く。」
「えっ。」
彼女は、全く僕の都合も聞かずに、勝手についてくることを決めました。
もちろん、一人でぶらぶらするより、
かわいらしい女の子が横にいたほうが楽しいに決まっています。
「まぁ、いいけど。」
僕はすぐに了解の返事をしました。
窓から乗り出していた体をひっこめて、部屋の奥に入っていったと思ったら、
すぐに玄関から出てきました。
今日の帽子は、空の色より少し薄めの淡いブルーのブレードハット。
「日本に帰ってから自慢できるように、
一度くらいはイタリア美女とデートしておいた方がいいわよ。」
彼女は恩着せがましく僕にこういいました。
“なるほど、それはそうだな”と、僕も簡単に納得してしまい、
何も言い返せませんでした。


寮を出て、右側の大き目の道を登り始めようとしたとき、
「こっちの方が近道よ。」
と目の前の、ほぼ真っ直ぐに登っていく、急な細い坂道を彼女は指差しました。
確かに、ここを登っていけば近道っぽいです、
が、この道は結構急な坂道です。
彼女は容赦なく、その道を選び、とっとと歩いていきました。
“デートって言ったんだから、こっちの緩やかな大きな道を、
のんびり歩いていけばいいんじゃないか。”
そう思いながらも、僕はこの不満を一言も口に出さず、
彼女の後をだまって追っかけていきました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-30 05:06 | 僕の料理人の道 81~90章

~第89章 M.O.F~  <僕の料理人の道>

M.O.Fとはフランス最優秀職人章と呼ばれる勲章です。
オードブルセクションのシェフは、
この数少ないM.O.Fを取得しているすごい人でした。
彼はまだ30代半ばで若く、まじめで、仕事に厳しい職人肌の人でした。
エマニエルも彼のことを尊敬していて、
自らこのオードブルセクションを希望したのです。
もの静かなこのシェフは、怒鳴ることもなく、
ただひたすら、みんなと一緒に黙々と仕事をしています。
あっちこっち素早く動き回る、体の小さいエマニエルと違って、
彼の動きは小さく、ゆっくりと流れるようでした。



どしゃぶりの木曜日でした。、
彼は目の前にあるテリーヌ20本の仕込をあっという間に終えて、
僕を呼びました。

「トモ、こっちへ。」
僕は、急だったので、ちょっとびっくりして、
慌てて、彼のところへ小走りでいきました。
「今から、まかない用の鶏をローストチキン用にブリデするから、
よく見ておきなさい。私が最初にやって見せるから、あとはトモがやるんだ。」
目の前には10羽以上の鶏が置いてありました。
「は、はい。」
このセクションに来て1週間が経とうとしていました。
Brider(ブリデ)とは肉の形を整える為にタコ糸などの紐で、
肉を縛ることです。
僕は、ブリデなど今さら教わらなくても、すでに出来ました。
でも、MOF受章者の彼が僕に教えてくれるのです。
教わっておいた方がいいと思いました。

ロース針と呼ばれる10cmくらいの金串の穴にタコ糸を通して、
まず鶏の足のひざ裏あたりに右から左へ、縫うように貫通させる...。
基本どおり、正確に、スピーディに鶏をブリデする彼の姿は、
美しくも見えました。
“速い” 彼のブリデは30秒もかかりませんでした。
僕が感心して見ていると彼は、
「この大きさの鶏をブリデするにはこの方法が基本だ。
だが、今日はこっちの方法でブリデしてもらう。」
今度はロース針を使わず、タコ糸だけで鶏をブリデしました。
“・・・!えっ!”
速すぎる...10秒かかったでしょうか。
僕は目を疑いました。
3Kgくらいある鶏がまな板の上でくるっと一回転したと思ったら、
その時はすでに糸で全体を縛られていました。
鶏をロース針を使わずタコ糸だけで縛るのは小さな鶏の場合。
鳩やうずらなどです。

「いいかトモ、基本は大事だ。いろんな基本を知っておいた方がいい。
そして、それを自由に、状況に応じて使い分けるんだ。
今仕込んでるのはまかない用だ。
1羽1羽、きっちり縛るより、1秒でも早く終わらせることが大事だ。
さぁ、始めろ。」

彼にブリデされたまかない用の鶏は、
両足をきちんとそろえ、ぴーんと胸を張り、堂々としていて
まるで芸術作品のようでした。

ブリデをみて感動したのは初めてのことでした。
まるで機械のように正確に素早く動くあの手は、
修練を積み重ねた結果、そうなったんだろうな、
と感心しつつ、目の前の、まだ8羽くらい残っている鶏を
彼の手さばきをイメージしながら、片付けていきました。




美しいものを作る人は、
それを作っているときの動きも美しいと、僕は思いました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-20 13:54 | 僕の料理人の道 81~90章

~第88章 青い瞳の少女~  <僕の料理人の道>

エマニエル。
青い瞳で栗毛色の髪を持つ、22歳の少女。
この戦場のような厨房で、たった一人の女の子でした。
国籍はイタリア。
ただ、純粋なイタリア人ではなく、ハーフのようでした。
そして、不思議なオーラを持っていました。

エマニエルは、小柄で可愛らしく、
帽子が大好きで、お気に入りのいくつかの帽子を代わる代わる、
その日の気分でかぶっていました。
休みの日にはお化粧をしてカンヌに出かけ、
ショッピングを楽しみ、
寝る前には、イタリアにいる彼氏に手紙を書き、
寂しくなるのか、必ず僕たちの部屋にやってきて、
一言、二言、話をしてから、部屋に帰り、眠りについていました。
彼女の部屋は、僕たちの部屋の向かいにありました。

彼女は、たった一人で、イタリアから、このセレブの集う名店に乗り込み、
男達に負けない気迫と努力で、
ギャルド・マンジェと呼ばれるオードブルセクションのチームの中で
毎日、200食近いオードブルをこなすつわものでもありました。
一旦、仕事が始まると、男も女も関係なくなるこの戦場で、
彼女は、小柄な身体をめい一杯動かし、
2m近くある大男の横で、押しつぶされるどころか、
逆に、体当たりしながら働いていました。
手には、持ちきれんばかりのお皿を持って、
デシャップ台という、料理を盛り付ける台に、
きれいに、素早くお皿を並べたと思った瞬間、
すぐに、サラダを盛り始めていました。
この速さは、この戦場で一番でした。



僕は、ロティスリーから、
エマニエルのいるオードブルセクションに移動になりました。
シェフが、僕が日本に帰るまでに
全てのセクションを回らせようとしてくれたのです。
そして、エマニエルが、部屋が向かい同士というよしみで、
ギャルド・マンジェの仕事を教えてくれました。

「トモ、言っとくが私は厳しいよ。ちゃんとついてきなよ!」
いきなり、厳しい言葉を浴びせられました。
「余裕だよ。どんどん来なよ!」
僕も負けてられません。
ところが...
“マジで早い”
彼女のスピードについていくのがやっとでした。
「トモ、遅いよ!もっと速く、もっともっと速く!」

“こんなんじゃ、追いつけない。言われてからでは遅すぎる。流れを覚えなきゃ。”

僕は初日から、必死でした。
女に負けてなるものか!

オードブルセクションは、最初の料理を出すところです。
オーダーが入ったら、全力で、一秒でも速く料理を出さないと、
後が詰まってきて、大変なことになるのです。



仕事が終わり、街灯が薄暗くぼんやりと光ってる道を、
エマニエルと一緒に帰りました。
僕はクタクタで無口になっていると、彼女は僕に、
「何だよ、疲れたのか。明日も満席だよ。」
と、男のくせに情けない、くらいの感じで言いました。
「初日だからだよ。明日は余裕だよ。」
僕はとりあえず言い訳をして、男のメンツを保とうとしました。
「まぁ、よく頑張ったよ。明日も頑張ろうね。」
僕が、彼女のセクションに入った途端、彼女は上から目線の言い方になっていました。
でも、仕事を覚えるまでは仕方ありません。
悔しいけど我慢、我慢。
早くこのセクションにも慣れてやる、僕はそう思いました。
寮の明かりが見えてきたころ、彼女が僕に
「なぁ、トモ。日本に帰ったらレストラン開くんだろ?」
と、おもむろに聞いてきました。
「すぐには無理だけど、いつか、自分のお店を持つよ。」
「エマニエルは、イタリアに帰ったらフレンチレストランを開くの?」
僕の問いに彼女は、真顔で答えました。
「イタリア料理もフランス料理も関係ないよ。私は私の料理を出すレストランを作る。」
部屋の前まで来ると、エマニエルは、
「ボンニュイ(おやすみ)、トモ。明日はもっと速くだよ。
じゃないと自分のお店、持てないよ。」
そう言って、部屋に入っていきました。



彼女は芯のしっかりした、強い女の子です。
まだ、22歳。
彼女の料理をいつか食べてみたいと思いました。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-05 04:17 | 僕の料理人の道 81~90章
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東京のエルコーポレーションと福井のマイナーリバーズの2つの会社を経営し、エルブランシュのオーナーシェフをしています。


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