料理人の休日

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~第72章 このままブルターニュに~  <僕の料理人の道>

しばらくの時間海を眺め、再び歩き出して数分後、
店頭で生牡蠣を並べている一軒のシーフード料理専門店が僕の目に留まりました。
このあたりでシーフード料理店なんて別に珍しくもないのですが、
僕が気になったのは、店頭に並んでいる数種類の牡蠣の中にあった
エメラルドグリーンの牡蠣です。

“こんな牡蠣見たこともない”

なんと、牡蠣の身のはらわたの部分が綺麗なエメラルドグリーン色をしているのです。
僕は引き込まれるようにこのお店に入って、このエメラルドグリーン色の牡蠣を
1ダース頼みました。

“すごいなブルターニュは。こんな牡蠣があるなんて。”
僕はますます、ブルターニュが好きになりました。

どこまでも続く白い砂浜、
とびっきり美味しい魚介類、
そして、今、目の前にある綺麗なエメラルドグリーンの生牡蠣。

まだまだ、あります。
りんごから作るほのかに甘い発泡酒のシードル、
誰もが大好きなクレープとそば粉のガレット。

フランスなのにフランスとはちょっと異国の雰囲気をもった
独自の文化をもつブルターニュ。

1ダースもある生牡蠣をものの5分ほどでたいらげ、僕は店を出ました。


“生牡蠣にシードルで作ったジュレを合わせたら美味しいだろうなぁ。”
この時、頭をよぎったのはこんな料理でした。
僕はいつのまにか、ブルターニュ料理を考えていました。


夜、ベットに入り眠りにつくまでの間、これからのブルターニュでの生活を考えました。
まるで、ブルターニュに残ることを決めたかのように...。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-08-30 02:49 | 僕の料理人の道 71~80章

帰り道の東京タワー

今日、帰り道に東京タワーの横を車で通りました。
真夜中の東京タワーはお昼に見るより存在感があり、
足元はほのかに明るい程度、
上半分は赤く赤く輝いていました。

僕はパリの16区パッシーに1ヶ月だけ住んでいたのですが、
ストゥディオと呼ばれる、
いわばワンルームの小さい部屋の窓から
エッフェル塔が見えたことを思い出しました。

パリの16区パッシー、
エルブランシュのイメージの元になった街です。
高級住宅が立ち並ぶ静かな場所、
いつも美味しい香りが漂ってる、大人の空間。
毎週のように通った、シャンソンを聞かせてくれる
ビストロ“シェ・ドリス”
毎日、日替わりで演奏するミュージシャン達。
僕のお気に入りはアコーデイオニストのダニエル・コラン氏。
彼は陽気でおしゃべり。
演奏が終わった後もおしゃべりが延々と続き、
なかなか帰してもらえなかったことを
懐かしく思い出しました。

エルブランシュはもうすぐ半年。
まだまだ始まったばかり。
たくさんのお客様が
何回もエルブランシュに足を運んでくれて、
本当に、本当に、感謝します。

先日のエルブランシュ主催の食事会
「パリの仔羊」にご参加いただきました皆様、
ありがとうございました。
http://blog.livedoor.jp/kab/archives/51023437.html
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by le-tomo | 2007-08-30 01:45 | エル ブランシュへ、ようこそ

~ 第71章 どこまでも続く白い砂浜 ~  <僕の料理人の道>

「実は...、私は病気なんだ。」

「そんなに長くは働けない。5年以内に引退するつもりだ。トモ、私の右腕になってくれないか。そして、トモが希望するなら、オーベルジュ・グランメゾンを引き継いでくれないか。」


「....。」
僕は言葉をなくしました。


ギヨー氏の夢を託したレストラン。
グランメゾンを目指し、レストラン名にグランメゾンとそのままつけました。
妻を愛し、家族を愛し、メニューにもマダムの名前がついているミルフイユがありました。
Maitre-Cuisinier de France(メートル・キュイジニエ・ド・フランス)の会長も務め彼は若い料理人の育成にも積極的に励んできました。
ブルターニュ料理の伝承も、彼の使命の一つでした。
そして、レジオンドヌールという勲章も国から授かるほどの料理人でした。

そんな、彼の弱気な姿を目の前にして僕は返事にためらいました。
僕にとってこの話がいい話かどうかなんて、そのときは考えられませんでした。


言葉をなくした僕に、彼は言いました。

「私の夢を託すなんて重荷を与えるつもりはないんだよ。ただ、しばらくトモと一緒に働きたいと思ったんだよ。気にしないでくれ。」

「もし、トモがブルターニュにこのまま残るなら、この海岸を、白い砂浜をいつでも見ることが出来る。私は引退したら、妻と一緒にこの海岸を毎日見ながら余生を過ごすつもりだ。素晴らしいだろ、こんなに美しい海岸が毎日見れて。」



「ありがとうございます。」
僕は、力のない声で、あまり意味のない言葉を彼に返しただけでした。
僕には迷いがありました。
どうすればいいのか...。



マダムが買い物から帰ってきて、僕は一人で海岸に行きました。

ギヨー氏が愛するマダムのために用意した海岸。
僕はその海岸を一人で歩きながら考えました。
このままブルターニュに残るべきか、それとも...


いつまでも、どこまでも続く海岸を歩いていると、あまりの美しさに心が惹かれ、
“このままブルターニュに残ろうか”
と思うようになってきました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-08-28 00:03 | 僕の料理人の道 71~80章

ランスブール、ミッシェルからのメール

エルブランシュのメールボックスにフランス語でメールが届きました。

僕が修行したアルザスの3つ星レストラン「ランスブルグ」の現シェフ(当時スー・シェフ)のミッシェルからでした。

http://ryorinin.exblog.jp/4042269/

このブログをインターネットで見つけて、エルブランシュのことを知りメールをしてくれたようです。驚きました。
こんなこともあるんですね。

札幌にランスブルグのオーナーシェフ、クレイン氏と広尾のレストランヒラマツのオーナー、平松氏と組んでオープンした「ル・バエランタル」のために何度か日本に来ているらしいです。
そして、日本人の知り合いが僕のブログを見つけ、ミッシェルに話したようです。
じゃないと、日本語で書いているのでミッシェルには読めませんよね。驚きました。

ブログを書いていてよかったなと思えた出来事でした。
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by le-tomo | 2007-08-26 13:39 | その他いろいろ...

~第70章 マダムの愛する海岸で~  <僕の料理人の道>

僕の仕事はオードブルを中心にパティスリー(デザート部門)を手伝っていましたが、アプランティー(見習い)たちにフォワグラの下処理なんかも教えたり、ときにはソースを仕込んだりと幅の広い仕事をこなしていました。
この頃にはフランス語も会話に困らなくなっていて、指示も出来るようになっていたからでしょう。仕事が楽しくなっていました。

スー・シェフ(副料理長)のミカエルは、あのミシュラン2つ星のレストランのシェフ、ジャン・ミッシェル・ローランの下で腕を磨いたつわものでした。
毎日、大声で指示をし、妥協は許さないといった感じで緊迫感のある、色白で金髪の男でした。
奥さんのフランソワーズもこのレストランでレセプションで働いていて、とても仲のいい夫婦でした。
仕事が終わると彼はとても優しく、外国から修行に来ている僕を気遣ってくれていました。
休みの日はたまに、家に僕を招いてくれ、夕食をともにしながらよく話をしたものです。

彼女のお腹には子供がいました。
僕が来た頃はまだ分からないほどでしたが、だんだん大きくなってきました。
それでも、彼女は毎日レセプションに立ち、お客様をマダムと一緒に優しく、温かく、迎えて、見送っていました。

シェフのギヨー氏も彼女の身体を気遣って、まるで自分の孫が生まれるかのように大切に、大切に思っていました。




マダムは海をこよなく愛していました。
ギヨー氏は海を愛するマダムの為に、ブルターニュのラ・ボール(La Baule)という砂浜の海岸が美しい街に別荘を買いました。この海岸はヨーロッパで一番美しいとされている海岸で、10Kmにわたって白い砂浜が続いています。

ある日、シェフ、ギヨー氏は僕をラ・ボールに連れて行ってくれました。
ギヨー氏は僕に、あの素晴らしい海岸を見せたい、と。

僕は彼の運転するベンツにのって2日間の連休にラ・ボールに行きました。
目の前に広がる砂浜は、今まで見たこともない美しさでした。

「ここだよ、トモ!ほら、いい別荘だろ!」
ギヨー氏が自慢げに、僕に言いました...というより叫びました。



マダムは買い物に出かけ、僕とギヨー氏が二人っきりになったとき、彼は僕に大事な話があると深刻な顔で僕の目を見つめました。

「トモ、実はスーシェフのミカエルが今度うちを辞めて、フランソワーズ(奥さん)の実家に帰ることになった。子供を彼女の実家で生んで育てたいそうだ。もちろん、引き止める気はないよ。」

「そこで...」

「トモ、彼のポストを引き継いでくれないか?」

「出来れば、5年間の雇用契約を結びたい。労働許可証はなんとかするから。コネがある。」

「実は...」


彼の話には続きがありました。
それも衝撃的な...。


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          <ラ・ボールの海岸にて、ギヨー氏とマダムと一緒に>


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-08-16 14:17 | 僕の料理人の道 61~70章

~第69章 鳴り響く電話 ~  <僕の料理人の道>

何度となく電話が鳴り響き、そのほとんどが予約の電話でした。
ギヨーシェフは、電話が鳴るたびに、
時にはズッキーニを持ったまま、時にはフライパンを持ったまま、
電話のあるレセプションに駆け寄り、そして落胆した表情を見せる、
そんなことを繰り返していました。

「どうしたんだシェフは?今日は様子が変だ。何かの知らせを待っているのか?」

ラングスティーヌのソテー、サラダ仕立て、オレンジのソース、ベルベーヌの香り
に使うオレンジソースを作る為に、僕はオレンジを山のように絞ってジュースをとりながら、
横でサラダを掃除しているセバスチャンに聞きました。

「もうすぐ、シェフの娘さんに子供が生まれるんだって。だからシェフは落ち着かないんだよ。孫が生まれる電話を待ってるのさ。」

そうだったのか... 


シェフは、料理と同じくらい家族を愛しています。
厨房のいたるところに家族の写真が置いてあるくらいです。
そして、今日、今にも孫が生まれそうとのこと。彼にとっては大事件です。

時計の針が11時をまわった頃、朝から何回も鳴っていた電話が鳴り響くとともにシェフは飽きずに猛ダッシュで電話に駆け寄り、電話をとったマダムの様子をじっと見つめていました。

そして...

「みんなー、男の子が生まれたぞー!」

シェフの喜びに満ちた声が厨房に響き渡り、彼の目には涙がうかんでいました。
厨房にいたスタッフやホールのスタッフ全員がシェフとマダムに駆け寄り
交互に「おめでとうございます。」と握手を求めていった。

“なんだ、なんだ!”
僕は一瞬何が何やら分からなくなったが、みんなにつられてシェフのところへ“おめでとうございます”と一言いいに行きました。
そして、シェフからみんなにシャンパンが配られました。

シェフの孫の誕生をレストランスタッフ全員で喜んだのです。
僕はこの光景をみて、驚きながらも心が温かくなるのを感じました。




時計の針は11時30分をまわっています。
もうすぐランチがスタートします。
“仕込み間に合うかなぁ”
と、ちょっと焦っていたのは僕だけだったのでしょうか。

この日のランチはちょっとだけおわれましたが、
幸せな空気に包まれた心地いい一日でした。




つづく


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by le-tomo | 2007-08-09 12:59 | 僕の料理人の道 61~70章

~第68章  漂う香りとあふれる活気~  <僕の料理人の道>

いつも厨房に一番乗りするのは彼でした。


「ディディエ、もう行くのか。僕も一緒に行くよ。」

隣の部屋のドアが開く音がして、彼が外へ出て行くのに気がつき、僕は慌ててコックコートを右手に持ち、彼を追いかけました。
僕はまだここへ来たばかりでそれほど大変な仕事もなかったので、彼と一緒に先に厨房に入りパティスリー(デザート)を手伝うことにしました。

誰もいない静まり返った厨房に彼と2人。
ステンレスできたボールや鍋のぶつかる音が響いています。
ボールに生クリームを入れ、泡だて器でシャカシャカとホイップクリームを作るときの音はまさにお菓子作りの音です。

甘い香りがただよいはじめたころ、一人、また一人と料理人が現われ、厨房はざわめき始めます。それぞれが自由にコーヒーを飲み、パンをかじりながらゆっくりと仕事についていきます。

「さて、それじゃ、仕込みに行くよ。」

みんなが集まった頃、僕はディディエの場所を離れ、料理人チームに入りました。
ディディエのいるパティスリーにはコミ・パティシエ(アシスタント)のダヴィッドがいます。
彼はまだ20歳そこそこですが、いつもシェフ・パティシエのディディエより後に来ます。
日本では許されないことですが、ここフランスでは別に気にならないようです。




ブイヨンが火にかけられ、オーブンには、昨日マリネしておいたフォワグラのテリーヌがそっと入れられました。
30分ほど前まで静かだった厨房がざわめきはじめ、
パティスリーの甘い香りをおおうように、ブイヨンの食欲をそそる香りが漂いはじめ、
厨房は活気とおいしい香りが満ちあふれだしました。

僕は、オーブンからフォワグラのテリーヌを出し、真ん中あたりを竹串で静かに刺し、竹串に伝わったフォワグラの温度を唇の下で感じました。
テリーヌを湯銭からだし、重石をすると、たっぷりの脂がテリーヌ型からあふれ出します。
こうして余分な脂を取り除き、冷蔵庫で2,3日寝かせることで美味しいフォワグラのテリーヌが出来上がります。




僕がフォワグラのテリーヌを冷蔵庫にしまうと、シェフ、ギヨー氏が厨房に入ってきました。
なんだかそわそわしています。
電話が鳴るたびに、すっ飛んでいき、何かの連絡を待っているようでした。
マダムがそんなギヨー氏をみて「落ち着きなさいよ」となだめていました。





つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-08-01 13:52 | 僕の料理人の道 61~70章
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東京のエルコーポレーションと福井のマイナーリバーズの2つの会社を経営し、エルブランシュのオーナーシェフをしています。


by le-tomo
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