料理人の休日

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~第26章 プロヴァンスの夏~  <僕の料理人の道>

僕の働いているオーベルジュ“マス・ド・キュル・ブルス”はプロヴァンス地方のボークリューズ県にあるのですがこのプロヴァンス地方が一番魅力的な季節はやっぱり“夏”です。夏になると日本と同じように日差しが強くなり気温もどんどん上がり、時には40度近くにもなります。ただ、湿気が少ないせいでしょうか、バテるような暑さではなく冷房などなくても全然平気でした。そしてこのプロヴァンスのシンボルでもあるセミが鳴きだします。セミはフランス語で“シガル”といい、この地方のお土産屋さんではこのシガルをデザインした陶器製の飾りものがよく売られているのを見かけます。昆虫が苦手な人にはセミの飾りものなんて気持ち悪いとお思いかも知れませんが見慣れると愛着がわくデザインです。

このオーベルジュの庭はかなり広くテラスはもちろん、プールやちょっとした畑まであります。夏になると野菜の種類が一気に増え、メニューを考えるのもワクワクするぐらい美味しい野菜がどんどん届きます。

そんな美味しい野菜を生のままミキサーにかけオリーブオイルを少し加えたガスパチョを作ることにしました。このリソラソルグ村の隣にカヴァイヨンという小さな村があります。このカヴァイヨンはメロンの産地で赤い果肉の甘いメロンがたくさん採れるのです。そこでこのメロンを丸くくり抜いてガスパチョに浮かべ生ハムを添えて見ました。野菜の香りとメロンの甘さ、それから生ハムの塩味、これはいけます。

今度は赤や黄色の大きなパプリカがごろごろ届いているではありませんか!早速、そのパプリカをオーブンでローストして皮をむきオリーブオイルや自家農園のハーブでマリネしてテリーヌ型につめ冷蔵庫でよく冷やして切り分け、近くの農場で作っているシェーブル(山羊)チーズのムースを添えて…。

はたまた、こんなところに小ぶりの完熟の桃がゴロゴロと!これは湯むきして小さく切り分け、今朝届いたぶっといズッキーニをスライスして一緒にサラダにすれば美味しいかも。ドレッシングにはミントとアーモンドを入れてみようかな…。

こんな感じで僕には目の前の食材が“こうやったらもっと甘くなるよ。美味しくなるよ。こんなのはどう?”と訴えかけてくるようで嬉しくてたまりませんでした。

僕のセクションはオードブル部門です。今ではすっかりここを任され部下を2人従え自由にオードブルを考えることが出来ます。その2人の部下とは2,3ヶ月前まで先輩だった金髪の少女フロロンスと大男クリストフ。金髪の少女と聞いて皆さん羨ましがるかもしれませんが、彼女は結構勝気な女の子でまるで男の子のようでした。でも美女には間違いありません。そしてこの大男クリストフ、実はオカマです。このことを知ってからあまり近づかないようにしていたのですがすぐに寄ってきます。ちょっと危険な男?ですが仕事も速く力持ち。そして結構面白いやつです。

太陽の光を一杯に浴びた野菜やハーブが生い茂りシガルの鳴き声が響きわたる夏。
僕がフランスに来てもうすぐ半年になろうとしているプロヴァンスの夏でした。

つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。

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←大男のクリストフ
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by le-tomo | 2006-02-17 22:39 | 僕の料理人の道 21~30章

~第25章 仕事と遊び~  <僕の料理人の道>

妙さんやノエミに出会って日本語を話す機会が出来たのは僕にとって大きな喜びの一つでしたが、彼らフランス人の仲間ともうまく会話は出来ないものの遊びを通してコミュニケーションが少しずつとれるようになってきました。


フランスのレストランではディナーの営業が始まるのが8時頃からですからランチタイムが終わってからディナーの仕込みまで2時間以上休憩時間があるのです。日本では6時ごろからディナーが始まるので少ない休憩時間は仕込みに追われてほとんどありませんでした。

そんな、たっぷりある休憩時間を利用して時々みんなで広場に行ってサッカーをしたものです。フランスでは野球はあまり人気がなくサッカーやテニスが盛んでした。僕はサッカーをあまりしたことはなかったのですがみんなと一緒にひたすら前へ前へボール蹴っているだけでもみんなとの一体感みたいなものがあって楽しかったのです。こんな時、言葉はあまり重要ではありませんでした。目の前にきたボールはパスするかゴールに向って思いっきり蹴るだけ。そしてサッカーはチームでするスポーツなのでそれぞれのポジションと役目が決まっていて各自その役目を全うすることが大事でした。まるで調理場での仕事のようでした。調理場でもそれぞれ役割が決められていて各セクションが役割を全うして料理が完成するのですから。

もうひとつ、シェフと僕はよく卓球をしました。彼の家には卓球台があり彼は学生時代マルセイユでチャンピオンだったそうです。フランスでは卓球もかなりポピュラーなスポーツで家庭に卓球台があるなんてのは特に珍しくありませんでした。

チャンピオンになるほどの腕前を持つシェフのマックにいつも僕はぼろ負け…とお思いでしょうが、実は僕もなかなかの腕前で結構いい勝負をしました。マックは僕の腕前を認めると、サッカーをしない日はしょっちゅう家に僕を呼んで卓球をしようと誘いました。調理場では彼はシェフで一番偉いのですが卓球台を前にするとそんなのは関係ありません。お互いに本気でピンポン玉を打ち合い続けました。毎日、僕はオードブルを考えながら新しいサーブも考えていました。マックをやっつける為に…。

“仕事も遊びも全力”といった感じでこの後ディナーの営業があることを忘れてるんじゃないかと思うくらいくたくたになるほど本気で遊んだものです。彼らにとって遊びは必要なのでしょう。彼らの仕事に対しての瞬発力、集中力は日本人とは比べ物にならないものです。ただ、長時間働くことは苦手で、どんなに忙しくても必ず休憩をとります。そして身体を休めるというよりは身体を動かして気分転換をすることのほうが向いているようでした。そうやって思いっきり遊んで疲れることは心地いい疲れだとマックはいつも言っていました。

スポーツをしているときは言葉の壁をすっかり忘れて思いっきりみんなとぶつかりあえたのです。

そうして毎日が少しずつ充実していくのを感じました。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。

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by le-tomo | 2006-02-15 13:47 | 僕の料理人の道 21~30章

-Truffe- 黒トリュフ 

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“黒いダイヤモンド”と称される黒トリュフ。フォワグラ、キャビアと並んで世界三大珍味の一つです。

学名は“TUBER MELANOSPORUM”
フランス・ペリゴール地方、プロヴァンス、スペイン、ポルトガルなどで産出され、季節は11月末~3月末で、最盛期は1~2月。30~60gが平均的な重さですが、中には100gを越えるものもあります。

黒トリュフはハシバミやクルミの木と共生関係にあり、また、雌豚や訓練された犬などによって捜すという独特の方法で収穫されます。熟成するにつれて香りは強くなり、その色合いも濃くなっていきます。

偉大なる料理人、レイモン・オリビエはこの黒トリュフのことを、
「トリュフはきわめて不思議な魅力を持ち、もっとも香り高く、確かな徳をそなえている。まさに料理の黒いダイヤモンドである。シェフの口の中でトリュフは贅沢な感触、豪華さそのものを意味する。料理にとってトリュフは裁縫にとっての刺繍に等しい。」と表現しています。

特にぺリゴール産のものが最高とされ、写真はそのぺリゴールの黒トリュフです。
日本では1kg、十数万円もする大変貴重で高価な食材ですが一度この「高貴な香りを嗅いだら虜になるでしょう。
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by le-tomo | 2006-02-05 00:15 | 僕が選んだ極上食材

~第24章 謎の日本人~  <僕の料理人の道>

そうです、“こんにちは”は日本語です。当たり前ですよね。
そして日本語を話す謎の女性は、僕の歯のことを説明し始めました。
「彼女があなたに説明してほしいって言っているので説明しますね。あなたは下の歯が痛いとおしゃっているけど虫歯は上の歯なんです。神経がつながっているから上の歯が虫歯なのに下の歯が痛く感じることもあるんですって。お分かりですか?」

いいや、よく分かります。全て理解しました。ここ数ヶ月間日本語を聞いていなかったので、改めて言葉が分かるって素晴らしいなぁと思いました。

さて、この謎の日本人はいったい...。

その後、治療は時々分からないこともあったのですが順調に進み一回目の治療は終了。支払いをしようとしたらあと一回こなければならないからその時でいいとのこと。そして500フラン用意してくるようにと言われました。日本円で約1万円です。高いのでしょうが、思っていたほどとられなくてほっとしました。

そして、歯医者を出て僕は地図を見ながらあるところへ向いました。

実はさっきの電話の謎の日本人女性から日本人の方がこの村にいるなんて珍しいことだから是非会いたいと言っていただいたのです。そして道順を教えてもらいそのメモを持ってそこへ向かったのです。村のほぼ中心に彼女の家はありました。チャイムを鳴らすと50歳くらいの女性が出てきました。
「こんにちは。ようこそ。どうぞお入り下さい。」

彼女のあとをついて2階に上がるとテーブルが真ん中にあり、年配の男性が座っていました。彼は旦那さんだそうで、もう退職していましたが以前は裁判官だったとの事です。すでに70歳を超えていました。彼女はフランス人の彼と結婚をしてからずっと、もう20年以上フランスで生活していると話してくれました。陶芸をしながら生活をしていて名前を“妙”(たえ)と言います。

こうして彼女が入れてくれたコーヒーを飲みながらいろいろと話をしていると時間を忘れいつの間にか2時間以上経っていました。

夕焼けが窓の外を真っ赤に照らすころ、一人の女の子が学校から帰って来ました。彼女の名前は“Noemie”(ノエミ)。妙さんの一人娘です。ノエミは当時17歳、高校生でした。彼女は見知らぬ僕がいても全然平気で人見知りなどしない明るい知的な感じの女性です。フランス語はもちろん、日本語もぺらぺらで会話には全く困りませんでした。

あつかましくもその日は夕飯までご馳走になって思う存分日本語を話すことができ、清々しい気分で薄暗い街灯の中、僕はレストランへ帰っていきました。ノエミとは、週に一度程度日本語とフランス語の交換授業をする約束していました。とは言っても彼女はすでに日本語はぺらぺらなので僕がフランス語を教わるだけになりそうですが。

こうして、フランスで初めて言葉の通じる友達が出来たのです。このことは僕にとって心強い支えになりました。


つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-02-01 22:32 | 僕の料理人の道 21~30章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by le-tomo
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