料理人の休日

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ブルターニュ料理食事会

今回は(前回野菜と水のフレンチを依頼した)お客様からブルターニュ料理の食事会をしたいと頼まれました。

目玉はフランス、ブルターニュから空輸で取り寄せた活けのオマール海老ブルトン。

メニューをご紹介します。



Menu

甘エビ包んだフォワグラのテリーヌとアーティーチョークの温製マリネ

茨城産岩牡蠣を林檎とヨーグルトのソースとシードルのジュレで

北海道産の帆立貝のポワレ、ポワロー葱とムール貝のクリームソース、ほのかなカレーの香り

オマールブルトンとリ・ド・ヴォーのラグー、コリアンダー風味

仔羊背肉のロティ、アサリのだしと仔羊のジュのソース、バターソテーしたほうれん草添え

ブルターニュ産有塩バターを添えた熱々クレープ




お客様が写真をアップしてくれたので是非、ご覧下さい。

ブログ「もう一枚の鏡」

フォトアルバム
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by le-tomo | 2005-08-27 02:41 | その他いろいろ...

~第12章 フランスへ行きたい~  <僕の料理人の道>

時が経ち、オー・ミラドーのスー・シェフ稲葉さんの紹介で京都のレストランで働くことになりました。紹介されたレストランは、今もうはなくなってしまったんですが麩屋町六角通りにあった“ラ・ヌーヴェル・フォンテーヌ”というレストラン。稲葉さんがフランス修行時代、アルケストラート(アランサンドラス氏がシェフを勤めていた今は無き3つ星レストランの名店)で一緒に働いていた友人がオーナーシェフのレストラン。

14席しかない小さなレストランですがセンスのいい素晴らしいレストランでした。僕が行ったときにはシェフとマダム、そしてサービススタッフが1人だけ。14席しかないので当然といえば当然なのですが。

オー・ミラドーは総勢25名のスタッフがいて分業制でしたがここは、サービスはマダムとスタッフの2人、調理は僕とシェフの2人。シェフの横についてアシスタントすることになるのでオードヴルからデザートまで全てに携わることになります。最初は戸惑いましたがここではシェフの仕事を間近で見ることができ、料理の流れを把握することが出来ました。

それにしても“ラ・ヌーヴェル・フォンテーヌ”のシェフの仕事振りはすごかった。なんせ10年近くもフランスで修行したつわもの。料理をしている時は誰も近寄れないような雰囲気です。もちろん僕は近寄らないわけにはいきませんけど。

ある日、フランス人のお客様が一人で食事に来られてシェフの料理を食べて泣いたことがありました。サービスのスタッフが心配して声をかけると彼は

「美味しい、感動した。」 …と。

京都のレストランで働いているうちにシェフを見ていて僕はフランスへ行きたいと強く思うようになりました。

シェフの話を聞き、彼の仕事振りを見て。そして人を感動させる料理を感じて。

僕は行くことに決めました。本場、フランスへ…。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2005-08-15 00:43 | 僕の料理人の道 11~20章

野菜と水でフルコース

先日、ある常連さんからこんな依頼が...

「肉なし、魚なし、卵なし、ヴェジタリアン・フレンチ・フルコース を作って下さい。」

「えっ!ということは野菜と水だけですか...」

ということで野菜と水だけのフレンチフルコースに挑戦しました。合計16名様の食事会。
お客様の中でその様子を写真つきでブログに書いていただいたのでご紹介します。

d.hatena.ne.jp/yasno/20050804

いやあ、難しかった。でも、楽しかった。
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by le-tomo | 2005-08-09 01:55 | その他いろいろ...

~第11章 シェフ・ド・パルティエ~  <僕の料理人の道>

ある日突然、ムッシュ(勝又シェフ)に呼ばれました。シェフルームへ来い…と。“なんだ、どうなるんだ”初めてムッシュに呼ばれて入るシェフルーム。緊張しまくりました。ムッシュの目の前に座り心臓のドキドキ音は更に加速。僕にとってムッシュは神様のような存在で直接話すことなんてほとんどありませんでした。

そしてムッシュは  「頑張ってるな」  と一言。

「は、はい」 僕は慌てて返事をしました。そして、更にムッシュの言葉が続きます。

「小川、お前来月からギャルド・マンジェのシェフをやれ。出来るだろ?」

意外な言葉に 「は、はい」 また、慌てて返事を。

ギャルド・マンジェとは食材の監理とオードブルをつくるセクションです。そして、来月から僕はそのセクションのシェフ。

どうしよう…、まだ何にも分からないのに。

そうして、不安いっぱいでもチャンスを目の前に“成し遂げたい”という気持ちで更に頑張れる。

やめなくてよかった。

シェフと付いてますがあくまでギャルド・マンジェ(一番最初のセクション)のシェフですが、それでも20歳の僕には荷が重く、そして充分にやりがいのある仕事です。



挫折しかけた未熟な僕を踏みとどまらせた父の言葉。料理人としての才能が無いんだと勝手に諦めかけていた僕に、今しなければならないことの“道”を示してくれた稲葉さんの言葉。人の言葉の力とは凄いものですね。その言葉に今でも支えられ僕はシェフになったのですから。


つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2005-08-05 12:22 | 僕の料理人の道 11~20章
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オーナーシェフとしてのいろいろ。


by le-tomo
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