料理人の休日

ryorinin.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:ロティの星( 10 )

ロティの星 (その10)

フランス料理にはロティのほかにも、
たくさんの調理法があります。


食材がどんぷりとつかるくらいのワインやフォンをいれ、
何時間もぐらぐらに煮て、食材をやわらかく仕上げる、ラグー。

食材の1/3程度のだし汁を入れ、蓋をして、蒸し煮にする、ブレゼ。

水又はブイヨンなどで茹でる、ブイイール。

格子状に焦げ目をつけて焼き上げる、グリエ。
(焦げたところと、焦げてないところのギャップがたまりません)

食材がジャンプするように、炒めるようにフライパンで焼く、ソテー。

フライパンに蓋をして、
内部を小さなオーブンのような状態にして蒸し焼きにする、ポワレ。
(現代では、どこか一辺以上が平らな食材を、
動かさずじっくりフライパンで焼くことを指すことが多いです)

油で食材を揚げる、フリール。

あらかじめ調理しておいた食材にソースをあわせて、
表面にパン粉やチーズをふって、焼き色をつける、グラタン。

蒸気をつかって蒸し上げる、ヴァプール。

どれも、フランス料理をつくるために必要なすばらしい調理法です。

そして、これらの調理法の中でも、
特に、ロティ(ロースト)には、無限の創造性がひそんでいます。



たとえば僕は去年、
とある高級インドレストランで、生まれてはじめて、
「ほんとうにおいしいタンドリー料理」を食べました。
驚きました。
そのインド人のシェフは、
あらかじめマリネしてある鴨の小片を、
金属の串に刺し、タンドリー釜に入れ、
その炉のようなオーヴンを使って、
ざっと五分で鴨の小片を焼き上げるのです。
ざっと五分で焼きあがった鴨は、
釜の温度が300度であることを示していました。
(フランス料理なら210度がきっかけの火入れです)。



しかもインド人シェフが僕の目の前でタンドリー釜を相手に
料理を進める光景は僕にとって興味深いものでした。
シェフは途中で、釜の蓋を加減し、
(タンドリー釜の温度管理はすべてシェフの長年の経験からくる勘です)、
仕上げの一分くらいはいったん鴨を取り出し
アルミホイルに包んで、ふたたび釜に入れていました。
しかも焼きあがってサーヴされたタンドリー鴨は、
鴨の断面に、肉の外側からと(中心にある金串が、釜の底で燃える炭の熱を伝え、
したがって肉の中心部からも加熱されています)、
そして肉を切ってみるとその断面には、
まさに二方向から加熱されたことを示す焼きむらがあって、
そのグラデーションが、
心地よい食べ心地を生んでいました。



おいしかった!
そのおいしさは、フランス料理の目指すおいしさとはまったく違っていながら、
それでいて一流の料理としてまったく遜色がありませんでした。


フランスでも、もちろん、
大昔にはオーヴンなどなかった時代があります。
薪をくんで、火をおこし、
その火を自在にあやつる昔の料理人は、
まさに、ロティの達人だったでしょう。
温度管理が出来るオーヴンが出来てから、
まだ百年?くらいしかたっていません。

このインド人シェフのように、
体で熱を感じ、炉を自由自在にあやつり、
そして、食材をロティしていく、
しかも美しく、完璧に...。


僕はまたしても、ロティの無限の可能性を、
見せつけられるおもいがしたものです。
同時に、僕のロティなんて、
まだまだ、体全部、五感全部を使ってない、
ということも思い知らされたように感じました。

そして、同時に、
たとえ古代ギリシアーローマ時代であろうと、
必ずやすばらしい料理人はいたはずだと、
そう、温度管理のつまみなんてなくても、
ロティ道は歩んでいける、そしてたどりつける。
彼のタンドリー鴨が、その技術が、
僕にうったえかけているようにも思えました。



僕はいまでも、十五年まえのあの日、
アピシウスの高橋徳男シェフのつくった、
「吉野鴨のロティ、サルミソース」を
リアルにおもいだすことができます、
切り口は美しいロゼ色、ソースは濃いブラウン
(ほとんどまっ黒です)。
そして食べはじめた瞬間の感動を。
口に入れたときのしっとり感、
うまみがぎゅっと凝縮した感じ。
口のなかに広がる肉汁、
薄くスライスされ、皿いっぱいに盛られたこの料理は、
すばらしく美しく、
立派な画家が仕上げた油絵のように、
輝いて見えはじめましたものでした。

僕の目の前に、まるで神のごとく、
まぶしい光を放って座っている、
堂々とした貫禄の高橋シェフ。
彼は、あのとき僕に、
最高のロティのヒントを、
たった一つだけくれました。

「イメージだよ。イメージ。」



あの夜から僕は、最高のロティを、
そしてロティの道の可能性を追い求めつづけています。
肉をオーヴンに入れるときの器の形状、 材質、
オーヴンに入れる時間とベンチタイムの時間の関係、
温度と湿度のつかいわけ。
探求に終わりはありません。




僕は自分のレストラン、エルブランシュをつくるにあたって、
最高のロティを、最高のポワレを実現するために、
厚さ3センチの鉄板を導入し、
さらには(湿度が調節できる)スチームコンベクションを導入しました。

「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース」
僕のスペシャリテであるこの料理は、
まだ、僕にとって第一期の集大成にしかすぎません。
さらなる集大成を目指します。
それこそが、僕の、料理人としての成長そのものですから。




ロティとは、
決して手の届かない、夜空に輝く星のような存在です。
それでも、僕は精一杯手をのばします。

ロティ道、
この道がどんなに険しい道のりであっても、
僕は前へ前へと進んでいきます。


僕は、厨房に立ちつづける限り、
永遠にロティを追い求めつづけるでしょう。
なぜならロティこそ調理法の女王、
僕のフランス料理の永遠の夢ですから。




おわり
[PR]
by le-tomo | 2008-10-22 05:03 | ロティの星

ロティの星 (その9)

肉は、短い眠りのあいだにも、
ひそかに自分自身をすばらしくおいしくしています、
そこにはまさに料理の神秘が息づいています。
料理人は、その神秘を眩しく見つめながら、
細心の注意を払い、経験を重ね、
ロティ(ロースト)技術を高め、
創造性をつちかってゆくことができます。




フランス料理の火入れのテクニックは、
ロティール、ポワレ、ソテー、グリエ、ブレゼ、ラグー、ミジョテ...
と十種類以上ありますが、
歴史的に見ると、すべてロティとラグー(煮込み)が
分岐し、個別に発展していったものです。
たとえば中世からルネサンスにかけて、
調理法の基本は、ロティとラグーだったようです。
料理書を眺めると、おもしろいことにいろいろ気がつきます、
たとえば中世からルネサンスの時期に、
大きな串に肉を刺し、水平に火にかざし、
肉を回転させながら焼いていたようです、
あれは見た目は派手で景気もいいですが
しかし現代の料理人にいわせれば、
ずいぶんもったいないことを・・・
とおもってしまいます。
なぜってせっかくのおいしい肉汁を全部、
落としながら焼いていたわけですから。




僕はけっして料理の歴史の専門家ではありませんが、
僕の考えでは、
〈近代フランス料理の調理法の発展は、
肉汁をいかに活かすか〉
からはじまったのではないか、とおもっています。
〈肉汁をいかに活かすか〉、
そこから(ちいさなオーヴンとして)フライパンが生まれ、
同時に(?)オーヴンも誕生します。
余談ながら、十九世紀初頭におけるソースの独立は、
ラグーからの分岐・独立・発展といえなくもありません。




ロティこそ、フランス料理の精髄。
厳しいクォリティ、その遥かなる高みを支える技術の背骨であり、
調理法の女王です。
僕の料理観は、
一にも二にもロティであり、三も四もロティ、
五番目がようやくポワレです。
(そもそもポワレは、ロティの親戚のようなものです)。




しかもロティには無限の創造性がひそんでいます。




つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-10-18 02:23 | ロティの星

ロティの星 (その8)

僕のロティ(ロースト)技術は、
こうして、フランスの星つきのレストラン、
ブルターニュのオーベルジュ・グランメゾンや、
アルザスのランスブルグ、
そして、カンヌのル・ムーラン・ド・ムージャンで認められ、
僕も料理人としての自信をもつことができました。




鴨や仔羊肉は、きれいなロゼ色に、
鶏肉や豚肉は、しっとりと。
今では、意識しなくても頭の中で、
肉の中の肉汁が円を描くように対流して、少しづつ中心に熱を運び、
おいしく焼けていく様子をイメージできるようになりました。



しかしその後も僕のロティの追求はずっと続いています、
もちろん帰国して東京のフレンチレストランの料理長になってからも、
僕は自分のロティを追い求めました。
ロティを追求しつづければ、
未知の料理の可能性がいくらでも拓けるのではないか。
僕はそう信じて努力を続けました。




そんなある日、生まれたのが、
僕のスペシャリテ
「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース」です。


僕のこの一品は、ふつうならば堅めのフロマージュのようなフォアグラを
円を描く肉汁の対流をイメージし、
ふたつの温度をつかいわけて加熱し、
ベンチタイムを挟むことで、
外側の輪郭だけを残し、プリンのように
ぷるんぷるんに仕上げます。
この料理は(小品ですから)ポワレと呼んではいますが、
じっさいにはオーヴンを使いますし、
僕のイメージは、実は、ロティです。




この焼き方にいたるまで、
僕は何百回もフォワグラを焼きました。
そして、同じだけ失敗しました。
ちょっとでも火加減を間違えると、脂がどんどん溶け出し、
輪郭はくずれ、小さくしぼんだようになってしまいます。
ちょっとでも長くオーヴンに入れすぎると、
がちがちに固まって、食べるとパサパサです。
それでもなお、僕は、僕の理想を信じ、
今までのフォワグラの焼き方を捨て、
フォワグラを焼き続けました。
なぜなら、僕は、今までの経験で、
この料理の完成を確信していました。
僕の理想のフォワグラのポワレはきっと出来ると。
フレッシュのフォワグラを、
普通より、かなり分厚く切って、
小麦粉はつけずに、塩、胡椒だけし、
外側の輪郭だけをぎりぎりで残して、
中はプリンのように ぷるんぷるんに仕上げる、
それが、僕の理想のフォワグラの焼き方、ロティ。





おもえばフォアグラこそはまさに、
ロティを尊び、ロティを愛する料理人のための
食材にほかなりません。
なぜなら、なんとも繊細な食材で、
なにしろフォアグラはデリケートで扱いにくく、
加熱すると、どんどん脂が溶け出してしまうので、
調理するには、充分な注意と、
完璧なロティ技術、そして明快な方針が必要ですから。





僕のスペシャリテ、
「フォワグラのポワレ、シェリーヴィネガーソース」を
ぜひ一度お召し上がりください。
きっと、今まで経験したことのない未知の世界へ、
そして創造の世界へ、あなたを導いてくれるでしょう。
また、僕にとって、この一品は、
ロティという調理法が僕に与えてくれた
さまざまな夢の結晶であり、
それと同時に僕の料理人人生の最初の八年のすべてが、
この一品に結実していると言っても、過言ではありません。




つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-10-01 11:58 | ロティの星

ロティの星 (その7)

中心で浮かび、外側で沈む。



それを見て、僕はハッとしました、「これだ!」
水分は熱せられると対流を起こします、円を描くように。



僕のイメージはそれまで、
肉汁は直線的に(放射線上に)
外側から中心へ向かって動いてゆく、
そんなイメージでした、
しかし、そのとき、沸騰した鍋のなかの野菜の動きを見た瞬間、
実は、肉汁の対流のイメージは、
むしろ〈肉汁は、円を描くように対流する〉、
そんなイメージをもつようになりました。




〈肉汁は、円を描くように対流する〉
そのイメージとともに、
僕は、ふたたびロティに挑戦しました。

鴨のロティのオーダーが入ると、
まず、鴨の皮の方から、じっくりと、
脂を溶かすように焼き色をつけ、
ころあいをみて裏返します。
裏側はあまりしっかり焼かず、
軽く色がついたら、オーヴンへ。
さあ、ここから
〈肉汁は、円を描くように対流する〉
イメージを、頭の中で描きます。
僕の頭に中では、
鴨の肉の内部の肉汁が、じわじわと円を描くように、
外側から中心に向かっていきます。
重要なのは、肉汁が中心に向かうスピードの変化です。
焼き色をつけた鴨肉は、
この時点では、ほとんど肉汁の動きはありません。
200度以上の高温のオーブンに入れて、
1、2分すると、肉汁が動き始めます。
ゆっくりと、中心に向かって。
そして、あるタイミングで、スピードがぐっとあがります。
ここです!ここ!
このタイミングでオーブンから取り出し、
アルミホイルをかぶせて、保温するんです。
そして、このアルミホイルに包まれて、
鴨肉がしばし、眠っている間にも、
肉汁は円を描くように中心に向かっていきます。
15分くらい眠ったころ、
熱々に熱せられた肉汁が中心にたどりつき、
そのときの温度は約60度。
僕の頭の中では、こんな風にイメージします。
すると、いい感じにしっくりくるようになりました。
鴨肉を切ると、中はきれいなロゼ色です。




それからというもの、僕は、必ず、
円を描くような対流のイメージで、ロティすることにしました。
そう、この時点で、僕の理想のロティの、
半分は完成していました。


ただ、頭の中で、肉に火が入ることをイメージすることに集中するあまり、
目の前の肉を焦がしたり、オーダーを聞き逃したりと失敗もあり、
ときには、「日本へ帰れ!」と、危うくクビにもなりかけもしましたが。




僕は、自分のロティを完成させるべく努力しました。
その甲斐あって、なんと
ブルターニュにある当時一つ星のオーベルジュ・グランメゾン、
そして、アルザスにある当時二つ星のランスブルグなどで、
ロティスリーを任されるようになりました。




駐車場には、ベンツはもちろん、
黒塗りのリムジン、 ポルシェ、フェラーリ、カウンタックなどの、
高級車がずらりとならび、
エントランスにはふたりのドアボーイが、
美しく着飾ったお客様をお待ちしていました。
僕はいまでも思い出すことができます、
毛足の長い絨毯の上を歩く、
エナメルのつやつやの革靴、真っ赤なピカピカのハイヒール。
ウェィティングルームで次々と抜かれる
ドンペリやクリュグなどの高級シャンパン。
見上げると大きなシャンデリアが煌々と輝いていました、
僕の見たことのない別世界を照らし出すように。




つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-27 12:41 | ロティの星

ロティの星 (その6)

いったいなぜ、ロティにおいて、
ベンチタイムで、肉がいっそうおいしくなるのでしょう?




僕はそれまでも、オーヴンから出した肉を
しばらく休ませることは知っていました。
余熱でゆっくりと肉に火が入ってゆき、
美しいロゼ色が生まれるということも経験で理解していました。
しかし、具体的には、いったいどういう行程で、
余熱で肉がロゼ色になるだろう?
それについて僕はそれまで一度も考えたことがありませんでした。
いえ、なんとなく疑問には思ってはいましたが、
よく分からないままでした。




そして、僕はあるとき気づきました。
焼いても焼いても、次から次へとオーダーが入る、
鴨や、鳩を、あせらず、落ち着いて、丁寧にロティして、
止まること知らずに、お皿に盛り続けていたときでした。
塩茹でした牛の骨髄を混ぜたパン粉を塗って焼き上げる、
ロジェ・ベルジェ氏のスペシャリテのひとつ、
骨付き仔羊の骨髄入り香草パン粉焼きのオーダーが入り、
僕は、あらかじめ下準備してあった、
仔羊肉を210度のオーブンに入れました。
この仔羊肉は、すでに、210度オーブンで焼かれていて、
その後、オーブンを60度に設定して、
ゆっくり余熱で火をいれてあります。
いつも、ディナータイムがはじまったら、
その日の分を予想して、焼きはじめていました。
1個、約1kgくらいの大きなかたまりでロティするので、
オーダーが入ってからでは間に合わないためです。
僕は、それをふたたび高温のオーブンにいれ、
熱々になった仔羊肉を、骨と骨との間に包丁を入れ、
表面につけてある、パン粉を落とさないように、
一気に切りおとしました。
そのとき、熱々の肉汁が、ジュワジュワっとあふれてくるのを、
僕は不思議に感じたのです。

焼く前の冷たい肉には、まったく感じられなかった肉汁が、
オーブンから出したての熱々の肉を切ると、
どこからか、肉汁がどんどん湧き出てきたのです。
その時、分かったのです。
なぜ、ロティにおいて、
ベンチタイムで、肉がいっそうおいしくなるのか?


その答えは、加熱によって、
まず肉の部分ごとの温度差が生まれ、
この温度差を条件に、ベンチタイムに、
肉の内部の肉汁が、肉の内部で対流を起こすからなんです。




この気づきは、僕にとって、新鮮な驚きでした。
僕は、目が醒めたような、
視野がいきなり拓けたような、
新たな次元にはじめて立てたような
そんな興奮を感じたものです。





具体的に話しましょう。




オーブンで熱された肉の肉汁が暖まり、
内部の温度差によって対流を起こし、
肉の中心までゆっくりと熱を運んでいくとき、
そのとき肉はロゼ色になる。




たとえば、ローストビーフなら、
中心温度が60度になったとき、
あの、ピンク色のおいしそうなローストビーフができあがる。
したがって、中心温度が60度になるように、ロティすれば良い。
重要事項を理解するのはかんたんです、
しかしそれを実現するのはけっしてかんたんではありません。


なぜなら200度以上のオーヴンに入れるわけですから、
オーヴンに入っている時間が
もしも長すぎたなら肉汁は蒸発して、ぱさぱさの肉の塊になってしまいます。
逆に、時間が短かすぎるなら、生です。
したがって高温のオーヴンで、肉汁の対流を起こし、
対流が起こったタイミングを見計らって、オーヴンから出し、
60度くらいの暖かい場所で保温すれば、
肉汁の対流で、ゆっくりと肉に火が入ってゆくわけです。



その日から僕のロティ道は、
イメージ・トレーニングの段階に踏み込みました。


肉汁の対流をイメージすること。
肉の中にある肉汁が暖まって、肉の中心に向かって対流する、
頭の中でそのイメージをビジュアル化するわけです、
(たとえていえば天気予報の天気図のCGのようなイメージです)。
しかし、最初は、いったいどういう具合に、肉汁が対流するのか、
けっしてその動き方、運動の流れを、
どうイメージしたらいいかわかりませんでした。



ある日、ストーヴ前(ガスレンジ前)で、
ちょうど火にかかった鍋のお湯がグツグツと沸騰していました。
見習いの料理人が、そこへ野菜を入れました、
(下準備として、野菜を茹でるためです)。
そのとき、僕は彼が鍋に入れた野菜が、
いったん浮き上がって鍋の周縁部(壁側)に向かい、
鍋の壁に沿って沈み、
こんどは中心から、ふたたび浮かんで様子を
見ていました。



中心で浮かび、外側で沈む。




それを見て、僕はハッとしました。





つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-18 02:43 | ロティの星

ロティの星 (その5)

では、いったい、ロティの難しさはどこにあるだろう?
たとえばラグー(煮込み)ならば、
基本はコトコトと弱火でじっくり火を入れる、です。
一時間のラグーが、一時間十分になろうと、
味に大差はない場合が多い。
きょくたんなはなし、
ラグーならばアマチュアの料理好きの人でも、
完璧なラグーを目指すことができるでしょう。
しかし対照的に、ロティは緻密です。
自分のオーヴンの特性を知った上で、
高温と低温を自在に使い分け、
さらにはベンチタイムも活用します。
しかもロティはシェフごとに考え方の違いがあり、
アプローチが違います。
きっかけの火入れ(高温)にアクセントを置くシェフもいます、
他方、きっかけの火入れは短時間ですませ、
じっくり低温で仕上げてゆくシェフもいます。
しかも時間配分、温度の使い分け、すべて緻密であり、
しかもその緻密は、お菓子をつくる緻密とは違って、
いくらか直感力さえ要求されます、
たとえば同じ重量の肉でも、骨量には個体差があり、
その違いは馬鹿にできません。
もちろん外側から見ただけで骨量などわかるはずもありませんから、
そこはもう長年の経験による直感の領域です。
僕は、どんどん、ロティのとりこになってゆきました。








当時ロジェ・ヴェルジェ氏がオーナーシェフだった
ル・ムーラン・ド・ムージャン。
駐車場には、ベンツはもちろん、黒塗りのリムジン、
ポルシェ、フェラーリ、カウンタックなどの、高級車がずらり、
まるで博物館のようです。
ふたりのドアマンが、お客様をエントランスで待ち構え、
お客様の車がくると、駆け足で駆け寄り、
車のドアを両手で丁寧に開けます。
そしてキラキラのドレスを着た美女が、
車から降りかかると、そっと手を差し伸べます。






僕はいまでも鮮明におもいだすことができます、
毛足の長い絨毯の上を歩く、エナメルのつやつやの革靴。
ウェィティングルームでは、
ドンペリやクリュグなどの高級シャンパンのコルクがぽんぽん抜かれ、
優雅に会話を楽しみながら食事をしているテーブルに、
真っ赤なパンツをはいた銀髪の初老の太陽の料理人、
ロジェ・ヴェルジェシェフが、にこやかに挨拶に訪れます。
ロジェ・ベルジェ氏の雰囲気は、
もしもとなりに、スティーブン・スピルバーグ監督や、
ハリソン・フォードが、並んでいてもまったく違和感のない、
そんなオーラをかもし出しています。






この世界のスターやセレブが集まる、
ムージャン村のレストラン、
ル・ムーラン・ド・ムージャンで僕は、
ベンチタイムの大切さを、
嫌というほど聞かされました。
そう、最高のロティに欠かせない秘訣、
それはベンチタイムでした。
そう、オーブンから出した肉を、
しばらく休ませること。
このベンチタイムこそが、肉を美しいロゼ色に焼き上げ、
すばらしくおいしくすること。
すでに僕は、優秀なスタッフとして、
すばらしくおいしく肉を焼き上げることは
できるようになっていました。




でも、そのときの僕は、
なぜ、ベンチタイムが肉の焼き上がりをすばらしくするのか、
そのロジックはまったく理解できていませんでした、
見当もつきませんでした。
その頃、僕は、見よう見真似で、シェフから言われるがままに、
ベンチタイムの秘密を会得していたにすぎませんでした。
では、いったいなぜ、ロティにおいて、
ベンチタイムで、肉がいっそうおいしくなるのでしょう?
僕は、なんとか自分の手で、その
最高のロティの秘密、
ベンチタイムの謎を、なんとしてでも自分の手で、解きたい、
と思いはじめていました。


すばらしいロティをマスターしただけでなく、
そのロジックを理解できなければ、
先へは行けない、そんな気持ちが僕をせきたてるのでした。






つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-14 01:46 | ロティの星

ロティの星 (その4)

二十四歳の僕は、初めて買ったフランス行きのチケットと、
初めてつくったパスポートをにぎりしめ、
関西国際空港にいました。
「必ず、フランスで、本場のフランス料理を習得するまでは、
ふたたび日本の地をふまない。」
そう、決意して、日本を飛び立ちました。





僕はすでに日本で、日本を代表するフレンチレストラン、
オーベルジュ・ド・オーミラドーでの修行などで、
ひととおりの調理技術はマスターしていましたから、
フランスへ行っても便利で重宝なスタッフになれる自信はもっていました。
それでも僕はフランス語はできなかったし、
また三ツ星レストランという未知の世界で、
ほんとうにやってゆけるか不安もまた自信と同じくらいありました。






僕が最初に働いた三ツ星レストランは、
アルザスのランスブルグです。
アルザス地方、バエランタル村という、
ひと気のほとんどない山奥にある、
レストランに、夜になると、
どこから現われるのかのか、ベンツやリムジンに乗って、
はたまた、ヘリコプターに乗って(!)
お洒落な洋服に身を包んだ素敵な人々がやってきます。
みんな、ランスブルグのオーナーシェフ、
ジャンジョルジュ・クライン氏の、
斬新で大胆な料理を楽しみに、
世界中からやってくるのです。



お客様がテーブルにつくと、
三種類ほどのアミューズ・ブーシュがサーヴされ、
そして、緑色の液体の入ったシャンパングラスがふるまわれます。
サーヴィススタッフはおごそかに伝えます、
「一気にお飲み下さい。」

お客様はふしぎな顔をしながら、
それでも好奇心に導かれながら、
グイッと口の中に一気に緑色の液体を流し込みます。




次の瞬間、ちょっとした事件が起こります。
誰もが心の中でさけびます、
「えっ、なに!?? なんだこれは!」
お客様はそれを飲み干したあと、グラスをテーブルに置き、
やがて表情に微笑が生まれます。



実は、それは細長いシャンパングラスの
下半分に冷たいグリンピースのスープを入れてあり、
その上に、そーっと、熱々のスープが注がれていたわけです、
混ざらないように、そーっと。
したがってお客様がこのスープを飲みはじめると
まず、あったかいスープがまず口のなかにひろがり、
次の瞬間、急に冷たいスープが口のなかに流れてきます。
思ってもいない、この出来事に、
舌の温度センサーは追いつけず、
一瞬、なにがおこったかわからなくなるという仕組みです。





それはまさに驚きに満ちた、世界最高のディナーの幕開けにふさわしい
ちょっとしたサプライズでした。
世界中から集まった食通たちは、
これからはじまる、このうえなく素敵であろうディナーに、
胸おどらせ、ワクワクしながら、
目の前に上品に座っているドレスアップした素敵なマダムとの
会話に夢中になってゆきます。








このレストラン、ランスブルグでも、
そしてその後も、ブルターニュにある、
ジャック・ギヨーシェフのオーベルジュ・グランメゾン、
カンヌの小高い山の上、ムージャン村にある、
ロジェ・ヴェルジェシェフのル・ムーラン・ド・ムージャンでも、
僕はロティスリーに配属されました。
僕は、毎日毎日、鴨や仔羊、仔鳩やほろほろ鳥を、
次から次にロティし、ポワレしました。
次々にかかるオーダー、
僕の目の前にはどんどん肉が運ばれてきます。
熱く熱したフライパンに、バターを入れ、
ジュッという音ともにけていくバターが焦げないうちに、
塩、胡椒した鴨肉を、皮のほうからそっと入れ、
肉が焼けて脂が溶け出す音に耳を傾け、
ころあいを見て裏返します。
香ばしく、すこし濃い目に焼けた鴨肉の皮の様子を見て、
僕は満足げに、オーヴンに放り込みます。
すでに、僕の目の前には次のほろほろ鳥が、
順番待ちをしています。



いつしか僕はあることに気づきました。
高級店になればなるほど、肉を煮る(ラグーする)ことよりも、
焼く(ロティする)ことが多いということに。
そう、メニューを見ても、高級レストランにおいては、
メインの料理はロティやポワレ、ソテー、
いわば〈焼く〉という調理法が、だんぜん多い。






イチジクのピューレを塗った鴨胸肉のロティ、
仔鳩のロティ、野生の茸のソテー添え
仔牛ロース肉のポワレ、オレンジソース、
仔牛の腎臓のロティ、マスタードソース、
仔羊背肉のロティ、オニオンのコンフィ添え...



「やっぱりそうだ。一流のシェフたちは、
最高のロティ(焼く)こそを、誇っているんだ。
最高の料理人のプライドの証、それがロティなんだ。
フランス料理にすべてを賭けて、
長い年月かけて調理を極めてきた料理人が、
まさに自分の料理人としての誇りとして差し出す調理法
それがロティなんだ。


僕は、自分の直感が間違ってなかったことをよろこびました。
このまま、ロティを極めるんだ、完璧なロティを。
それが、僕にとって、世界でいちばんおいしいフランス料理への
最短距離なんだ。」
そしてそのヒントが、イメージ。
そう、僕が二十歳のとき、高橋徳男シェフからもらった言葉です。









つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-13 02:39 | ロティの星

ロティの星 (その3)

僕がようやくロティ道(ロースト道)の
最初の一歩を踏み出したのは、
京都のお店に移って、ストーヴ前(ガスレンジ前)に
立つようになり、
実際、毎日、自分で魚や肉を焼くようになってからです。
鴨や仔羊を、実際にロティするポジションにたって、
シェフから怒られながらも、なんとか、
お客様に出せるロティができるようになりました。
そのとき、僕は理解し、
その技術をある程度、自分のものにしていました、
そう、〈肉を休ませ、余熱を利用し、おいしく焼きあげること〉
そのすべてのプロセスをコントロールすることを。




おもえばその頃には、いつしか
ポワレ、ソテー、グリエ、ブレゼ、ラグー、ミジョテ…など、
調理法全般もいちおう身につけていました、
シェフに蹴られ、殴られ、ときには涙を流しながら。

そうなんです、いつしか、
僕は、ロティという調理法を意識しつづけているうちに、
その他の調理法も、身についていたのです。
それは、とても不思議なことのように思いました。

なぜだろう...。




僕はあることに気づきました。。
ロティのときの、食材に火が入るイメージを、
いつの間にか、無意識でなんとなくイメージしていたことを。
そして、その他の調理法でも、
そのイメージがあったからこそ、
(まだ未熟ながらも)習得できたのではないか、
そう思ったのです。

もしも僕が最高ロティ、完璧なロティをマスターしたときには、
そのときには僕のほかの調理法のレベルも
おのずと自動的に上がってるんじゃないか。
二十歳のときの直感は、間違っていなかったんだ、
と、おもいました。

そう、あの日、僕が、
アピシウスの高橋徳男シェフの
「吉野鴨のロティ、サルミソース」と出会って、
ロティにレストランフランス料理の技術のエッセンスを感じ、
なんとしてでも完璧なロティを会得することを決意した
そんな自分の直感はけっして間違っていなかった、と。


「イメージ...」

あのときの、高橋徳男シェフの言葉を思い出しました。


そうです、
食材に火が入っていく様子をイメージする。
まずは、なんとなく、無意識でしているこのぼんやりしたイメージを、
もっと、はっきりと、明確にすることが、
理想のロティへの近道。
そのとき、僕はそう思いました。
いえ、そう決めたといっていいでしょう。



しかし、僕のロティ道はまだはじまったばかりでした。
完璧なロティの会得がどれほど緻密で、
しかも創造性の余地があり、
多彩なアプローチがあり、
それゆえ料理人にとって無限におもしろいものであること、
それをおもい知ったのは、
フランスにわたってからのことでした。
そう、フランスで僕はおもい知ることになります、
きょくたんに言えば料理人の数だけ異なったロティがあり、
ものすごく技術差、能力差が現われる領域であるとともに、
ロティには、創造性や、直観力さえ要求されることを。




つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-06 12:24 | ロティの星

ロティの星 (その2)

まだ駆け出しの、まかないくらいでしか、
魚や肉を焼く機会もない、
二十歳そこそこの未熟な料理人の僕が、
いくら、脳みそをひねっても、
答えなどに行き着くはずもなく、
とりあえず、ロティスリーの先輩のやり方を盗むことに、
全精力を傾けました。
当時、僕の働いていた、オーベルジュ・ド・オーミラドーで、
ロティスリーの先輩は、
どうやって肉料理の数々を仕上げているか、
具体的な関心をもつようになりました。
僕は下働きながら忙しく目が回りそうでしたが、
ロティの仕方を、技術の秘訣を
一瞬でも盗み見ようとしました。

ロティスリーの先輩は、
まずフライパンで、肉の表面に、
綺麗に焼き色をつけていました。
次にオーヴンに入れ、
数分後、オーヴンから出し、
肉の弾力を指で触って、
火の入り具合を確認し、
今度は肉にアルミ箔を巻いて、
ガスレンジの上にある棚の上に、
寝かせていました。
そして、いよいよその肉料理を
サーヴする時がくると、
もう一度、オーヴンでさっと温め、
それから肉を切り分け、
お皿の上に盛りつけ、
ていねいに仕上げのソースをかけます。
そしてその皿を
サーヴィススタッフが、運んでゆくわけです。




僕はまさに魔法の現場に立ち会っていました、
しかし(哀しいことに!)当時の僕には、
いったいどこがどう魔法なのか、
さっぱりわかりませんでした。

なぜ当時の僕がロティの要諦について
なにも理解できなかったか、
いまの僕にはその理由がよくわかります。
いまにしておもえば、当時、僕は、
〈余熱で肉に火を入れること〉の
その重要さが、まったく分かっていませんでした。
いいえ、学校で学びはしていました、
肉をフライパンで焼いて、オーヴンで加熱し、
その後、肉を休ませて、余熱を利用して、焼き上げること。
たしかに調理師学校で習いはしましたが、
しかし、当時の僕は、疑問をもっていました、
オーヴンから出してから、
肉に火が入っていくことなんてことが本当にあるだろうか?
ただ肉が冷めていくだけじゃないだろうか?



そのときから、僕は、まかないの当番がくるたびに、
肉を焼きました。いえ、ロティしているつもりでした。
あるとき、いつもは一人前ずつカットしてから焼いていた、
ポークソテーを、かたまりで焼いてみることにしました。
一人前にカットした豚肉は約100gですが、
二十人前分の大きな豚肉のかたまりは、2,1kgもあります。
先輩がやっていたように、まずはフライパンで表面に、
綺麗に焼き色をつけて、それからオーブンに入れます。
確か、オーブンの温度は210度。

さて、どのくらいの時間、オーブンに入れればいいんだろう?
いつもは、100gくらいの豚肉を、4、5分オーブンに入れれば、
十分に火が入っていたから、
その20倍以上あるこの肉は、だいたい、1時間半くらいかな?

オーブンに、綺麗に焼き色をつけた、2,1kgもある豚肉を入れ、
タイマーを90分にあわせました。


その光景を、ずっとみていた、ロティスリーの先輩が、
僕にむかって叫びました。

「おい、小川!お前どんだけオーブンに入れるつもりなんだよ!
90分もオーブンにいれてたら真っ黒になっちまうよ!お前はバカか!」

「えっ!は、はい。すいません。」

「30分だ!30分したら、一度肉の中心にむかって、金串を刺すんだ。
そしたら、その金串をこうやって、下唇の下にあてて、
熱いとおもったら、アルミでまいて、ガスレンジの上で寝かせとけ!
焼けどするほど熱かったらだめだぞ。熱いとおもうくらいだ、いいな。」

「は、はい。」
僕は、慌てました。

「それから、そんなに大きな豚肉のかたまりをロティするのに、
210度は高すぎるよ。180度に温度を下げろ!」

「は、はい。」
僕は、はい、を繰り返すだけでした。

100gの肉を焼くのに4,5分かかるのに、
その二十倍もある豚肉のかたまりが、たった30分で火がはいるのか?
と、いうことは、単純計算じゃだめだな、やっぱり...。

僕は、単純に5分×二十倍の重さで計算し、
約100分という答えを算出し、
さらに、ちょっと早めに、肉の火の入り具合を確認するために、
(先輩が指で肉の弾力をたしかめて、火の入り具合を確認していたように)
マイナス10分で、90分、オーブンに入れることにしたのです。
まったくもって浅はかな考えです。


そう、当時の僕は、ロティ道の
最初の一歩すら踏み出していませんでした。


つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-03 02:45 | ロティの星

ロティの星 (その1)

僕が二十歳の、見習いの料理人のころ、
そう、いまから十五年まえのことです。
先輩につれられて、都内の高級フレンチレストランに、
食事に行ったときのことでした。


そこは、キラキラ光るゴージャスなシャンデリアがぶら下がっている、
重厚なつくりの、まさに超高級といった感じのレストランでした。
真っ黒のタキシードに、蝶ネクタイ、
真っ白のワイシャツとナプキン、
背筋がピンと伸びた、ゆっくりと優雅に歩く、
四十代くらいのサービスマンのうしろに、
銀のプラッターを胸のところまで持ち上げ、
足早に、スマートに料理を運ぶ、
白いジャケットを着た、ギャルソン。
ホールの真ん中には、大きな花瓶に、
これでもかってくらいの、大きな色とりどりの花が
それはそれは美しくいけてあります。

有楽町にある、この超一流レストランは、
当時、高橋徳男料理長の率いる、「アピシウス」。
世界最古の料理書「料理大全」を書いたと伝えられている、
古代ローマ時代の美食家、「アピシウス」の名前を店名にした、
まるで、美術館のような内装のレストランでした。

こんな、豪華で、セレブな内装に、決して劣ることのない、
最高の料理の数々。
次から次へ運ばれる料理に、
僕は、どれにも感動を覚えました。
当時、僕が働いていた、オーミラドーの料理とは対照的な、
どっしりとした、贅をつくした、クラッシックな料理。
日本で三本の指にはいる、グランメゾンに間違いはありません。

そして、この日、僕は、
将来、僕の料理観を左右するくらいの、
とてつもない料理に出会ってしまいました。
そう、僕の、調理法に対する考え方を決める、この重大な一皿。
その後、僕は険しく厳しい、苦難の道を進むことになります。
険しく厳しい苦難の道...、
でも、この道は、僕にとって、一番おいしいフランス料理への、
最短距離でもありました。




切り口は美しいロゼ色、ソースは濃いブラウン
(ほとんどまっ黒です)。
たった二色の、決してカラフルではない料理、
しかし食べはじめた瞬間、僕はびっくりしました。
なにしろ完璧なロティです、
口に入れたときのしっとり感、
うまみがぎゅっと凝縮した感じ。
口のなかに肉汁が広がります、
そうなるともう目の前の皿、
薄くスライスされ、皿いっぱいに盛られたこの料理は、
すばらしく美しく、輝いて見えはじめました、
立派な画家が仕上げた油絵のように。

それは、僕の目の前にあるこのメイン料理、
「吉野鴨のサルミソース、三種の野菜のピューレ添え」
僕は、おどろきました、そして感動しました。

いったいどうやったら
こんな凄い焼き方ができるだろう?



食後に、エスプレッソとミニャルディーズ(小菓子)が出されると、
調理場から、小走りで高橋徳男シェフがやってきました。
僕を、アピシウスに連れてきてくれた、
斜め向かいに座っている先輩は、
以前、このアピシウスで修行されていたこともあって、
それで、高橋シェフが、わざわざ出てきてくださったのです。
そのとき、僕は、まるで憧れの芸能人にでも会ったかのように、
心臓がドキドキして、緊張し、
目の前のエスプレッソコーヒーを飲むのを忘れていました。
もちろん、ミニャルディーズなんか、目にも入ってませんでした。

それでも勇気を振り絞って、たった一つだけ質問をしたことを覚えています。
「あの...、どうやったら、あんなにすばらしいロティが出来るんですか?」
まったくもって、ダサい質問だと、
聞いた直後すぐに、恥ずかしくなりましたが、
あまりにも、鴨のロティがすばらしかったので、
思わず、聞いてしまったのです。

「イメージだよ。」

彼は、僕の目をじっと見つめました。

僕は、その視線に耐えられず、
「ありがとうございました。」
と、この言葉の意味も理解していないのに、
さっさとお礼を言い、下を向いてしまいました。



当時僕は下働きの見習いで、ロティ(ロースト)はおろか、
食材に火を入れることなど、
まかないを作るときくらいしかありませんでした。
僕は、そのときから、ロティという調理法のとりこになっていました。
まずは、ロティだ、完璧なロティをマスターするんだ。
すべてはそれからだ。

「イメージ...。」

高橋シェフが言った言葉の意味を、
僕はずっと考えていました。



つづく
[PR]
by le-tomo | 2008-09-02 12:40 | ロティの星
line

エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by le-tomo
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite