料理人の休日

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カテゴリ:考えたこと、想うこと( 11 )

Think different

1997年のApple社の広告スローガン

Think different

去年からこの言葉が(今更だが)ずっと頭に残っていて、
今年の年始のミーティングでスタッフ全員に話した。
ちょっと変わった視点、考え方で物事を見てみようと思い、
今年の僕たちのスローガンは「変わる」ことをテーマに店作りを進める。

とは言ってはみたものの、そう簡単に頭が柔らかく揉み解せる訳ではない。
カチカチに固まっている僕たちの頭は、すでに石と化している。
その石に、水をかけたり、熱を加えたり、はたまた手で揉んでみたり...

全然柔らかくならない。
なぜなら、石だから。

じゃあ、いっその事粉々に砕いてすり潰して、パウダー上にしてから、
水を加え、熱を加えたら、もしかして見た事も無い形になるかも。

という訳で、まずは姉妹店「アジルジョーヌ・テラス」で、
ブランチを始める事にした。
フレンチでブランチを提供してる所は聞いた事無いし、
(そもそもフランスにブランチという習慣が無いし)
ブランチと言えばエッグベネディクトとか言うのがちまたでは流行っている。
全くフレンチではないが作ってみることにした。
ほほう、ソースはオランデーズソースとなっている。
まさにこれは我々のソースではないか!

という訳で「アジルジョーヌ・テラス」では、
毎週土日祝日にブランチ営業を始めています。

まだまだ、私たちの石にはヒビすら入っていませんが、
これからもっといろんな事に挑戦し、
新しい価値観を作り上げるお店を目指していきたいと思います。




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by le-tomo | 2015-03-25 14:36 | 考えたこと、想うこと

フォアグラの波紋

ファミリーマートがフォアグラ弁当の販売を中止したことで、
僕のお店の一つ「フォアグラバル」に取材が殺到している。
フォアグラの飼育方法が残虐だということで波紋が広がっているから。

僕が使っているキャスタンのフォアグラは、放し飼いによる飼育方法で、
餌も人の手で丁寧に与えるという伝統的な方法なのだが、
中には機械で強制的に餌を与えるという近代的、
且つ工業的な飼育をしている粗悪な生産者もいるという事実に、
僕は、とても残念に思う。

フォアグラに限らず、家禽でも農産物でも、人の手で育てて食材にするということは、
少なからず、太らせて(大きく実らせて)美味しくするということになるだろう。
その方法が残虐かどうかという判断はとても難しく思う。
ただ、目を覆うような光景はやっぱり見たくないものだ。
改善できるならして欲しい。
それによって、価格が高くなっても仕方ないのではないのだろうか。

僕は、キャスタンさんを信じて、
むっちゃ高いけど(さらに2月から値上がりするけど)、
これからも、放し飼いの鴨のフォアグラを使うことにする。
(だからといって、その鴨たちが幸せなのかどうかまでは、僕には分らないが)

今の僕に、「だからといって」
フォアグラを使うのをやめるという選択肢は無い。


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by le-tomo | 2014-01-29 22:30 | 考えたこと、想うこと

フォアグラバルという構想

「バル」という言葉はスペイン語で「バー」の意味ですが、
日本では「バル」と「バー」とではイメージが違いますね。

「バー」とはワインバーやカクテルバーのように、
落ち着いた大人の雰囲気をかもし出していますが、
「バル」となるとカジュアルで楽しい感じがします。
気軽に、美味しいワインと酒の肴が楽しめるのが「バル」ではないでしょうか。

僕はフォアグラ料理をスペシャリテにしています。
おかげさまで、ほとんどのお客様が、
「魔法のフォアグラ」と呼ばれる、僕のフォアグラ料理を目当てに、
エルブランシュにご来店いただいています。

僕のフォアグラ料理のバリエーションを、
もっとカジュアルに楽しめたらなあ...。

そこで思いついたのが「フォアグラバル」というスタイル。
フォアグラ料理を中心にワインが気軽に楽しめるバルスタイルのフォアグラ屋。
クオリティを落とさずに価格はカジュアルに。
カジュアルでハイクオリティなお店です。

フォアグラのテリーヌ、フォアグラバターのブルスケッタ、フォアグラのコロッケ、
フォアグラのパテ、フォアグラのリゾット、ロッシーニなどなど。
もちろん、その他にもタパスメニューやシャルキュトリー、お肉料理もあります。

美味しいフォアグラと美味しいワイン。

ちょっと贅沢な気分で楽しく飲めるお店です。

なんて、構想しながら...。
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by le-tomo | 2013-06-01 13:30 | 考えたこと、想うこと

愛されたマダム。

あれから10年…

10年前の今日、思いがけないことが起こったのです。
平塚にある、僕の大好きなレストランのマダムが48歳の若さで亡くなりました。
4年もの間、彼女は癌と闘っていたなんて...。
僕は全く知らなかった。
それもそのはず、彼女の病気のことは、
本人と夫であるシェフ以外に誰も知らなかったのだから。
それが彼女の気遣いでした。
お客様に気を使わせたくないという、彼女の愛でした。


マダムとの出会いは、
僕がまだ20歳そこそこの見習い料理人のとき。
箱根のレストラン「オー・ミラドー」で修行していたときのこと。
支配人の紹介で、平塚のレストラン「マリールイーズ」のシェフと知り合い、
数少ない休みのときや、仕事を終わったあとの真夜中に、
時々勉強のため働きにいっていました。
このレストランに、マダムはいました。
毎日、笑顔でお客様へ心をこめてサービスしている、
芯の強い、素敵なマダムでした。





ある日、仕事の後、みんなでワインを飲む機会があったときのこと。
僕は調子に乗って、グラスに赤ワインを並々注いで一気飲みしたことがありました。
下っ端の僕は、先輩もいるこの場を盛り上げようと思ってのことでした。

「パチン!」
僕の頬を、マダムのビンタが一発。

「あんたね、ワインをそんな飲み方するなら、
フランス料理なんてやめちまいな!」

僕は、恥ずかしくなった。

数日たって、僕は平塚に向かった。
「謝らなきゃ。」
レストランのドアを開けると、マダムはグラスを拭きながら僕の方を見た。
「あら何しに来たの?」
手ぶらの僕を見てさらに、
「まさか、コックコートも持ってこなかったんじゃないでしょうね。」
お客さんはもうみんな帰ったあと。
調理場ではシェフが鍋を洗っている。
「ボーっとしてないで、早く調理場片付けなさいよ。」
僕は、ちょっとほっとした。
「この前はすいませんでした。」
僕は、マダムに軽く頭を下げ、そのまま調理場に入って、
腕をまくって洗い物を始めた。

後片付けが終わり、お店を閉店した後、
マダムは赤ワインのボトルを持ってきて、コルクを抜いた。
そして僕の前にグラスを置き、その赤ワインをマダムは丁寧に注いだ。
すごく優しく、とても大事に。
赤ワインがグラスに注がれる「トクトクトク」という音がとても綺麗だった。



シェフに殴られ、マダムに怒られ。
未熟ゆえに、ほめられることなんてなかったけど。
でも、彼らの暖かさは僕の心に伝わっていた。
マダムはいつも、僕ら若い料理人のことを心配してくれていた。
お説教しながら、たくさんのことを教えてくれた。
そして、美味しいワインを飲ませてくれた。
だから、僕は一生懸命になれた。
疲れた身体に鞭打ってでも、若さゆえにできた無理。
それでも、今思うと楽しかった。
お金なんてもらわなかったけど、僕にはもっと大切な財産ができた。
「お客様を心から愛する」ということをマダムが教えてくれた。
よくただ働きなんてするよな、なんて言う仲間もいたけど、
その時、僕はお金より大事なものをもらってた。





マダムは、立てなくなるまでお店に出ていたそうです。
そして、病気のことは誰にも言わなかった。
どんなに体調が悪くても、いつも笑顔で接客していた。
誰にも気を使わせたくないと。

マダムは、みんなを愛し、そしてみんなに愛されていました。

マダム…、
今でも、見守ってくれている気がします。




10年前の今日、平成14年10月23日。
尾鷲愛子さんは、享年48歳の若さでこの世をさりました。
あれから10年。
マダムの愛は今でも、僕たちを包んでくれています。

ありがとうございます、マダム。




小川智寛
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by le-tomo | 2012-10-23 22:05 | 考えたこと、想うこと

電話ボックスの中の僕。

夜道を散歩するには気持ちのいい季節になりました。

○○銀座という、東京ならどこにでもあるような商店街のネーミング。
僕の住んでる町にも銀座の名のつく商店街があります。

大きな川があって、大きな橋があって、
そこから右斜めに入ると、その商店街があります。
その商店街の出口付近に、今時めずらしい「電話ボックス」が、
暗闇にふんわり浮き上がるように立っていました。

その電話ボックスを見て、僕は、
「そういえば、料理の世界に入ったばかりの見習いの時、
寮の近くの電話ボックスから父親に電話したことがあったなあ。」
と、夜遅く、暗闇の中、父親に電話したことを思い出しました。
まだ、携帯電話が無かった頃です。

「お父さん。もう、耐えられん。」
あまりの修行のつらさに弱音を吐いた時でした。
「いいよ、帰って来い。でも、二度と包丁を持つなよ。」
この言葉は僕の胸を突き刺し、僕は、逃げ出すことを躊躇しました。
料理人はやめたくない。子供の頃からの夢だから。

そして、数日後、シェフに呼ばれました。
僕の母からシェフ宛に手紙が届いたようです。
「智寛を、もっと厳しくしごいて下さい。」
シェフは、僕に言いました。
「小川。お前、ガルド・マンジェのシェフやれ。」
当時の僕には荷が重過ぎる責任で、つぶれそうでした。
ここからは逃げ出したいけど、料理人は続けたい。
そんな甘い考えでしたが、それを父は許しませんでした。
母は、僕を厳しく追い込みました。深い愛情を持って。
僕は、二度、血を吐いて倒れました。

両親の厳しさと愛情。
おかげで僕は一度も逃げ出すことなく、今でも料理人を続けています。
自分のお店も持ちました。

誰でも逃げ出したいときはあります。
その時、周りに誰がいるかで、その後の人生は大きく変わるんだ、
ということを、電話ボックスを見て思いました。

電話ボックスの灯りは、ほんのりと暗闇に浮かんでいました。
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by le-tomo | 2012-07-09 14:23 | 考えたこと、想うこと

なぜなら、マヨネーズがあったから。

なぜ、僕はフレンチを選んだのだろう?
ふと、そんなことを思い、昔を思い出しました。

当時、18歳の僕は、一流の料理人になるという夢を持って、故郷を離れ、
大都会、大阪にある、日本で最高レベルといわれた調理師専門学校に通っていました。
毎日が新しいことばかりで、田舎者の僕には刺激的な街でした。

フランス料理の料理人を目指し、一日も休まず専門学校に通い、
いつも一番前の席を陣取っていました。
そしていつもまにか、号令係りになったりもしていました。
父の持っていた「荒川西洋料理書」という本で、西洋料理に興味を持ち
テレビ番組の「料理天国」を見てフランス料理に憧れ、
「ザ・シェフ」という漫画を読んでシェフになる夢を持ちました。
もともと料理人にはなりたいと思っていましたが、フランス料理を選んだのは、
こんな単純な動機が最初でした。

授業では西洋料理というくくりで授業があったので、
フランス料理とイタリア料理、どちらも勉強しました。
当時すでにイタリア料理はブームから定着へなりつつあり、
イタリア料理店はフランス料理店の数を抜く勢いでした。
イタリアンブームの中、フレンチではなくイタリアンを選ぶ仲間も少なくありませんでした。
僕は一瞬迷いました、イタリアンかフレンチ、どっちにしようか。
まだ大阪に出てきて間もない頃です。

そんな時、マヨネーズソースの授業があったのです。
先生はボールに卵黄とヴィネガーとマスタードをいれ、
サラダオイルを少しずつ、少しずつ、入れながら、慎重に混ぜていきます。
すると、驚いたことにどんどん黄色い卵黄が白くなっていき、見る見るうちに、
あの僕の知っているマヨネーズのように粘りが出てくるではありませんか。
僕は驚きました。
あのチューブに入っているマヨネーズがこうやって出来るなんて。
大体、マヨネーズがフランス料理のソースの一つ、
ソース・マヨネーズと呼ばれるものなんて!

イタリア料理の授業も、もちろん面白かったのには間違いありません。
僕の知っていたナポレタンスパゲッティなんてものは
本場イタリアにはないことを知ったのも、この頃でした。
ミートソースは、本当は「ボロネーゼ」なんて聞いたこともない名前だったり、
麺の太さでフェデリーニやスパゲッティなんていう風に名前が変わることを知ったり、
にんにくと唐辛子とオリーブオイルだけで、こんなに美味しいパスタが出来るんだと、
ペペロンチーネと呼ばれるこのパスタ料理には感心もしました。

でも、僕にはマヨネーズソースのような感動はありませんでした。
フランス料理のソースの奥深さはイタリア料理では見られず、
僕はやっぱりフランス料理がいいな、とこの道を選んだのです。
当時の僕の印象では、イタリア料理は、まるで中華料理のように、
手早く、スピーディーにパッパッと作るような感じに思えました。
フランス料理の方が複雑に作りこんでいく感じに思えていました。

実際はどうでしょう?
当時(15年前)は、
イタリア料理といえばB級グルメとも言われカジュアルな感じでしたが、
今ではフランス料理に負けずとも劣らないほどの高級イタリアンもたくさんあります。
フレンチかイタリアンか、区別するのが難しいくらいです。
それでも、イタリアンはカジュアルなイメージが、
一方、フレンチは今でも堅苦しいイメージがまだまだ残っているのではないでしょうか?

麺好きの日本人に、パスタのあるイタリア料理はスムーズに受け入れられて、
瞬く間にフレンチレストランの数を抜き、すっかり定着しているイタリアン。
誕生日や記念日などのハレの日にはやはりフレンチ、と揺るぎない地位を確保し、
ワインブームも追い風になって、グルメやワイン通に愛されているフレンチ。

たまにお客様から、「フレンチとイタリアンの違いって何ですか?」
と聞かれることがあります。

イタリアンは気軽に行けて、フレンチはここぞとばかりのハレの日に行く、
というのが日本では、イタリアンとフレンチの大きな違いでしょうか?
(フレンチも気軽に来て欲しいのですが...)
イタリアンにはパスタとピザがあって、フレンチにはないというのが大きな違いでしょうか?
(フランスにも南仏にはパスタ料理やピサラディエールというピザがありますし、
アルザス地方にもピザと同じような料理、タルトフランベがあるのですが。)

ちょっと専門的な話ですが、僕は、こう思います。
その一番の大きな違いは、フレンチにはマヨネーズがあることだと。
マヨネーズとは卵黄の水分と油(脂)を乳化させるソース。
この“乳化”させるソースが、フレンチにはたくさんあり、基本になっているのです。
例えば、ドレッシングも酢と油を混ぜ合わせ一時的に乳化させます。
それから、赤ワインソースなどのあたたかいソースの仕上げにバターを入れます。
これもソースの液体(水分)とバターという脂の乳化です。
この“乳化”の技術を得ることが、フレンチのソース作りでは大切です。



僕は、これからもフランス料理を作り続けます。
僕がフレンチを選んだわけは、フレンチにはマヨネーズがあったからです。
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by le-tomo | 2008-02-18 03:17 | 考えたこと、想うこと

一番見て欲しいのは両親のはず...

披露宴では両親はいつも末席。一番後ろの端に座っている。なぜ?
二人の結婚を一番祝ってくれているのは両親のはず。二人のこれからの人生を温かく見守ってくれるのは両親のはず。一番前で、一番二人の幸せな姿が見える席に座るべきでは?と僕は思っています。主賓席と呼ばれる、いわば会社の上司が座る席が本来両親が座る席でなないかといつも思います。しきたりだから?みんながそうするから?それが日本の常識?

両親が二人を一番近くで見れる席次を僕は提案します。
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by le-tomo | 2004-12-20 03:28 | 考えたこと、想うこと

最高のレストランウェディングを...

「レストランでウェディングを」今では珍しいことではありません。
美味しい料理でゲストの皆様をおもてなししようというカップルが増えたのでしょう。
もともとウェディングパーティとはホストである新郎・新婦が友人を自宅に招いてご馳走でもてなすこと(日本の伝統ある結婚式は別ですが)だと思います。ですから僕の思うレストランウェディングとはお二人の代わりに料理人が料理を作り、お二人の代わりにサービスマンが料理をテーブルに運びサービスする、ということです。新郎・新婦、お二人のお抱えの料理人と給仕人、そして自宅の代わりのレストラン、というイメージです。

僕がシェフを勤めるレストランでもレストランウェディングをしています。もちろん、先に書いたように心がけています。しかし、残念なことがあります。お客様が料理を食べ終わろうが終わるまいが容赦なく次の料理が運ばれることです。制限時間と進行が決まっている以上仕方がないのですが、それでも、せめてテーブルごとに料理を進行させることは出来ないのか。この問題はオーナーの理解もあり条件付ではあるけれど実現することが出来そうです。

ウェディングパーティには初めてフランス料理を食べるという方もいらっしゃいます。初めて食べるものがまずかったら、もう二度とフランス料理が食べたいなんて思わなくなるでしょう。これは責任重大です。このパーティをきっかけに初めてフランス料理を食べるという方やおじいちゃん、おばあちゃんにもフランス料理を好きになってもらいたいと願いながら料理を作っています。

レストランである以上、宴会だからといって料理のレベルは落としたくない。そのために作り置きはせず、冷たいものは冷たく、熱いものは熱く、そして100人分一度に同じ質のものをつくる努力と工夫を絶えず考えています。

これが、今、僕が料理人として出来ることです。

“最高のレストランウェディングを・・・”目指してみようと思います。
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by le-tomo | 2004-12-16 01:47 | 考えたこと、想うこと

魔法のレストランとサービスマン

サービスマンとはお客様の心を読む超能力者でなければいけないと思います。お客様が何を欲しているのか、何をしようとしているのかを瞬時に読みとりほんの少し先回りする。その為に、お客様の行動を細かく観察し、ある時は自分の気配を消しあるときはお客様同士の会話のきっかけを作り笑わせる。表情、声のトーン、歩くスピード、全てに気を使い全ての神経をお客様の満足感のために注ぐ。お客様がレストランに入ってから帰られるまでの至福の時間のストーリーをスムーズに、スマートに展開させる脇役に徹する。しかし、脇役ながらレストランを出た後のお客様の頭の中には存在を残す。そして、また来たいと思わせる。やはり“人を越えた能力”が必要なのではないでしょうか。

レストランに来られたお客様をどうやって満足させるか、そして感動させるか、サービスをする者と料理を作る者が共に日々考え続けなければならないことです。

人の心理を“悟る”サービスマンと感性を研ぎ澄まし、技を“極める”料理人がいるレストランがあるとすればきっと、そのレストランは来るお客様に“魔法”をかけることが出来るでしょう。“感動させる”ことは良い意味でお客様の期待を裏切り、上回る、いわば“魔法”をかけるということでなないかと常々思っています。

きっといつか、魔法をかけるレストランを...僕の夢です。
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by le-tomo | 2004-12-14 23:11 | 考えたこと、想うこと

料理は芸術?

よく、料理は芸術ですね、といわれるがはたしてそうでしょうか?辻静雄氏の書籍に料理は芸術ではないと書いてあったことを思い出します。

芸術とは進化しないもの。

ピカソやゴッホの絵画を今観賞しても、ベートーベンやショパンの書いた楽譜を当時のまま演奏しても芸術です。それに対して料理はどうでしょう。古き偉大な料理人エスコフィエのレシピを今再現しても現代の人々の口には到底合わないでしょう。さまざまな一流の料理人の手によって時代の流れにあったレシピに書きかえられていく。

料理は進化しています。

料理とは商品。ということは料理人とは芸術家ではないのでは。しかし料理人の感性はある意味芸術家のそれに近いようにも思えます。絵画や彫刻などのようにその形をいつまでも残すことができない、消えてなくなる儚いもの、そういう点では演奏されたときの音楽に似ているのかも知れません。

感じること、そしてそれを表現すること、そういう意味では料理人も芸術家のようにありたいと思います。
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by le-tomo | 2004-12-09 00:39 | 考えたこと、想うこと
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東京のエルコーポレーションと福井のマイナーリバーズの2つの会社を経営し、エルブランシュのオーナーシェフをしています。


by le-tomo
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