料理人の休日

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カテゴリ:僕の料理人の道 91~103章( 13 )

~第103章 帰国して、シェフに ~  <僕の料理人の道>

いつものように、何事もなく、
フランス修行、最後の一日が始まり、
そして終わろうとしています。


カンヌで一番有名なレストラン、
“ル・ムーラン・ド・ムージャン”の裏口にある、
白い鉄のドアの向こうに広がる大きな厨房。
この厨房で、ロジェ・ベルジェ氏の太陽の料理が作られます。
広くて綺麗で、整頓された厨房。

オードブルからデザートまで、
各セクションのチームが、
それぞれ一部の狂いもなく、手際よく動き、
それを指示するシェフ・ド・パルティエの声は、
夜が更けるとともに大きくなっていきます。

鍋がガチャガチャ音を立ててぶつかり合う音が僕の耳に、
肉を焼いているときの脂っぽく力強い匂いが僕の鼻に、
オーブンの中でこれでもかと言わんばかりに思いっきり膨らんで、
薄く茶色に色づいた、ふわふわのパンのようなスフレが僕の目に。
すべてが一緒に僕の中にに飛び込んできて、
それはとても心地いい。



音も匂いも消えはじめ、オーブンの中のスフレも全部なくなり、
にぎやかだった厨房が静かになったころ、
僕たち戦士はシャンパンで乾杯しました。
別れを告げ、握手を交わし、夢を分かち合いました。

何人かの仲間は、この日を最後に、それぞれの世界へ旅立つことに。

一人はアメリカへ、
一人はスイスへ、
一人はイタリアへ、

そして、僕はニッポンへ。





飛行機の中、僕は眠れず、
真っ暗な機内でぼんやりしていました。
何かを考えるわけでもなく、何も考えないでもなく、
ただぼんやりと。


帰国したら、僕は東京のフレンチレストランのシェフになります。
100席もある、大きなレストランの料理長です。
不安がないといえば嘘になりますが、自信はありました。
僕はフランスの一流レストランで修行してきたんだ、という自信が。
でも、そんな自信は、いとも簡単に崩れかけます。




美味しい料理を作る。ただそれだけでは、シェフは務まらない。
そんな壁にぶつかるのに、料理長に就任してから何日もかかりませんでした。
この厨房には、僕の部下となる料理人が5人。しかも、大半は僕より年上。
まだ27歳という若造の僕には困難すぎる状況。
もちろん、スタッフの大半が僕より年上であることは知っていました。
知っていて、尚、僕はやってみることにしたのですから。
妬みや嫉妬。そして先輩料理人の見習いへの暴力。
料理を作ることもままならない状況で、僕は悩み、苦しみました。

シェフとはチームのリーダーであるということ。
一流のレストランで修行したのだから素晴らしい料理が作れる、なんてことはなく、
チームを動かすことが出来ない限り、素晴らしい料理なんて出来ない。
料理は、一人で作るわけじゃないから。

僕は、今まで何を見てきたのだろう。
ずっと、一流のチームの中で修行してきたはずなのに。
一流のチームを見てきたはずなのに。

僕は、「料理を作る」ということは「チームを作る」ということなのだと、
シェフになって痛感しました。
いくら素晴らしい技術を習得しても、
人を動かす力がないと、その技術は生かしきれず、
それはイコール、お客様を満足させる料理は作れない、ということだと。
僕の見てきた一流のシェフたちは、みんなそれが出来ていました。


僕は、6年間の雇われシェフ時代に、このことを学びました。
そして、次のステップへと向かいます。

シェフ、そして、経営者という道に。






***************

ブログを読んでくださってるみなさん、
「僕の料理人の道」なかなか進まなくて申し訳ございませんでした。
僕の修行時代のことを少しずつ(本当にゆっくりでしたが)書いてきました。
つづきも、いつか書き始めると思います。

僕は、この後、2007年にエルブランシュをオープンしました。
経営者という、本当に重たくて重たくて、
時にはひざを地につけてしまうほど重たい責任をしょって、
それでも今、前に歩いています。

この記事を読んでくださっている方に若い料理人の方もたくさんいると思います。
夢を持って困難を恐れず前に前に進んでください。
僕のような若輩者が言うのはおこがましいですが、
生きていると、必ず二つの分かれ道が目の前に何度も現れます。
この別れ道、どちらを選べばいいのか迷うでしょうが、
いつも、困難だと思う道を選ぶといいです。
きっとその道は夢につながっていると思います。
困難だと思う道を選ぶということは、挑戦するということでしょう。
挑戦し続けて、前に進むことが夢への近道ではないでしょうか。
夢は必ず叶う、そう信じて間違いありません。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。


エルブランシュ
シェフ 小川智寛
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by le-tomo | 2012-05-07 16:10 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第102章 きらきら輝く白い羽 ~  <僕の料理人の道>

この日は早くに目が覚めました。
窓の外がまだ薄暗い、午前五時。
今日がムーラン・ド・ムージャンで働く最後の日。
そして、フランスで働く最後の日。

ルームメイトのシルヴァンはまだ熟睡中なので、そおっとベットから降りて、
顔を洗い、服を着替えて散歩に行くことにしました。
ちょっと肌寒いけど、澄んだ空気がすがすがしい晴れた朝です。
しーんと静まり返ったこの早朝の感じと、
今日が最後だという寂しさとが重なって、
なんだか不思議な世界に自分がいるような気がしました。
まるで、今までのフランスでの生活が夢だったような...。



もやのかかっている坂道をムージャン村に向かって登りながら、
僕は「太陽の料理」のことを考えました。
太陽の光をさんさんと浴びた、
元気一杯の食材をふんだんに使って作る太陽の料理。
ロジェ・ベルジェ氏の料理がそう呼ばれる由縁は、
このカンヌの外れにあるムージャン村に来れば分かることでしょう。
そしてもう一つ、
ロジェ・ベルジェ氏はいつも真っ赤なズボンをはいていました。
調理場では、時には厳しく、時には優しく、
僕ら料理人たちを覆い尽くすようなたくさんのエネルギーを与え、
客席では、お客様に最高の笑顔でお出迎えする、
そんな彼自身もまさに太陽のようでした。




そんなことを考えながら曲がりくねった坂道を歩いていると、
ふと、目の前に転がっている小さな石が気になり、
何気なくその小石を蹴ってみました。
最初は勢いよく転がるのですが登り坂の為、急にスピードが落ち、
思ったより前へは転がりません。
何回かこの石を蹴りながら歩いているうちに、
僕も、いつも誰かが後ろから蹴り上げてくれてたんだろうなぁ、
と思い始めました。
僕が専門学校に行くための授業料を、何も言わずに仕事に行く前、
朝早くから、かまぼこ工場でアルバイトをして稼いでくれた父の背中、
そして、挫折してレストランから逃げ出そうとした時のあの父の言葉。
僕を一人前の料理人にしようと厳しく、そう必死に厳しくしごいてくれた、
勝又シェフをはじめ、僕の尊敬するレストランのシェフたち。
落ち込んでいる僕を飲みに連れて行って励ましてくれた先輩や仲間たち。
本場フランス修行という、僕の夢への大きなチャンスを与えてくれた請川支配人。
もちろん、東洋人の僕をこころよく受け入れてくれたフランスのグランシェフたち。
考えれば考えるほどきりがないほどたくさんの人達が、
僕を、どんな坂道でも蹴り上げてくれていた。
時には力いっぱい、時には優しく。


僕には、尊敬する父がいて、師と仰げるすばらしい先輩達がいて、
そしてたくさんの仲間がいます。
上を目指すと抵抗も大きく思ったように前には進めませんが、
そんな時、いつも誰かが僕を前へ前へ蹴飛ばしてくれていました。
そんなことを考えると、自分一人の力の小ささを感じると共に、
僕の背中を押してくれるいろんな人たちに感謝の気持ちが湧いてきました。


いつの間にか空が明るくなっていて、もやもなくなっていました。
上を見上げると、ほんの少しの白い雲と、どこまでも続く青い、青い空。
突然、一羽の鳥が目の前の木の上から飛び立ち、
真っ白な羽が1枚、僕の前に舞い降りてきました。
その白い羽を僕はそっと手に取ると、
真っ白な細い毛が一本も狂わず真っ直ぐきれいに並んでいて、
美しく、完璧に羽の形を整えています。
太陽の光を反射して、きらきら輝く白い羽。
光の加減か、時おり、虹色に色を変えたり銀色に光ったり。
この白い羽の美しさに目を奪われ、一瞬立ち止まったその直後、
なんだか急に勇気が湧いてきて、体が勝手にそわそわし始めました。


さて、寮に帰ってコックコートに着替えよう。
今日が、僕のフランス修行最後の修行日。


いつものように、裏口の白い調理場のドアを開け、
大きな声で叫びました。

「ボンジュール!」



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2010-10-07 01:59 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第101章 フルコースの最後 ~  <僕の料理人の道>

パティスリーは面白い。
砂糖や小麦粉、卵が、全く想像できないデザートになっていく。
一体誰がこんなことを思いついたのだろう?
フィリップの大きな手から作られる、
かわいらしく繊細なお菓子の数々。
コースの最後の締めくくりは、あまい魅惑のデザート。
そして、僕のフランス修行最後の締めくくりも同じく
デザート部門のパティスリー。


僕のフランス修行時間は残りあと少し。
そう、僕はもうすぐ東京に行かなければなりません。
シェフになるために...。
僕は、かねてからオファーのあった東京のレストランに、
シェフとして行く事になっています。

フランス最後の修行がデザート部門。
僕のフランス修行は、
まるでフルコースのように幕を閉じようとしています。
あれから、3年、
言葉もままならないまま、憧れの地、フランスに訪れ、
肌の色のちがう仲間と、ふれあい、戸惑い、そして、励ましあいながら、
そうやって、僕は本場のフランス料理に身をおいてきました。
僕はフランス料理を学べたんだろうか...。
僕は東京で通用するのだろうか...。
そんな不安を感じながら、もうすぐ終わるフランス生活に寂しさを感じながら、
それでも、今までやってきたことと、自分を信じて前へ進む覚悟を決めました。



「トモ、これ持って行け、日本に。」
不意に、フィリップが僕に一冊の本を手渡しました。
その本は「Compagnon et Maitre Patissier」と書かれてあります。
「この本で俺はパティスリーを学んだんだよ。きっと役に立つ。」
それは、僕がこのレストラン、
ムーラン・ド・ムージャンを去る前日のことでした。

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つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2010-07-05 02:03 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第100章 一輪のバラ ~  <僕の料理人の道>

表面がこんがり色づきながらどんどん膨らみ、
香ばしくていいにおいが部屋いっぱいに漂ってくる。
入れたら最後、
出来るまで、決して開けてはならぬ、開かずの扉。
その向こうで起こるミステリーに、
僕は引き寄せられるような思いで、
魔法のようなパティスリーの中にとけてゆく。

この世界は、たしかに魅惑の世界。

この扉を開けることが出来るのは、
シェフパティシエのフィリップだけ。
彼は大きな手で、真っ黒の鉄板をオーブンから引き出す。
30分前とは全く姿形を変えて横たわる
小麦色の肌をした、パリッパリのパイ。


さっきまではうす黄色のただの粘土だったものが、
こんなに甘い香りを放ち、
こんなに大きく膨らんで、
こんがりとおいしそうに変わる。
パティスリーの魅力はここにある。

フィリップは、巨人なのに手先が起用で、
飴細工も得意なようでした。
ある日、仕事が終わった後、
ランプを照らしながら、分厚いゴム手袋をして、
熱々の飴で、バラの花を作っていました。
僕は興味津々でのぞきに行くと、
「やってみるか、トモ」
と、声をかけられ、
僕はすぐさま、フィリップの隣にすわりゴム手袋をはめました。
渡された熱々の飴は弾力があり、ゴムのよう。
花びらを一枚一枚指で形作って、
最後に組み合わせるとバラの花が出来るのですが、
花びら一枚の形を作るのすら、初めての僕には難しいです。
二人でもくもくと、何枚もの花びらをつくり、
フィリップが、その中からきれいなものだけを選び、
一輪のバラを完成させえる。
僕のつくった花びらは二枚しか選ばれなかったけれど、
でも、たとえ二枚でも、このバラには僕の花びらも加わってる。
なんか、このバラにとても愛着がわきました。
このバラはアクリルのケースに入れられ、作業台に飾られました。
仕事中でも僕がいつでも見れるようにと。

「さて、帰ろうか」

フィリップと一緒に調理場を出るとき、
今日は何のために飴細工をしていたのか尋ねると、
「コンクールに出店する作品を考えてたんだ」
フィリップはにこやかにそう言いました。
「そりゃ、悪かったな。邪魔した?」
僕は何も知らずにずかずかと横に座って、
役に立たないバラを作らせてしまったなと後悔しました。
「いや、逆に助かったよ。行き詰ってたから。」
「トモのおかげで、完璧じゃない美しさもあるなって思えた。」
やっぱり、僕の花びらは下手だったんだ...あたりまえだけど。
でも少しでも役に立ったならよかった。

フィリップの乗るワーゲンが、
街灯の乏しい暗い山道へ消えていく後ろ姿を、
僕はしばらく見送っていました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2010-02-16 12:19 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第99章 ようこそ、魅惑の世界へ ~  <僕の料理人の道>

一夜明けて...。

昨日の興奮が、まぶたの奥をふるわせている感覚がまだ残っています。
満足感、達成感が、胸の奥でじんじんしています。
この感覚が消えるまもなく、
ムーラン・ド・ムージャンでは瞬時に通常の営業スタイルにもどります。
容赦なく訪れるグルメでセレブなお客様を
一日、百人以上こなさなければなりません。
いつまでも、過ぎ去ったことの満足感にひたっているわけにはいかないのです。
気持ちをちゃんと入れかえなければいけません。
僕たちはプロなのですから。
そして、ここは世界的に有名な一流レストランですから。





僕は幸運にも、
ムーラン・ド・ムージャンの一大イベントに参加できたことを感謝し、喜んでいました。
でも、僕はこのレストランとの契約がもうすぐ終わろうとしていました。
僕には、東京のレストランオーナーとの料理長契約が迫っていたのです。
あと数週間後、
僕はこのフランスをあとにしなければなりません。
東京のフレンチレストランのシェフになるために。
寂しさと期待感が入り混じり、複雑な心境でした。


コラボのイベントまでは、
イベントに参加できるという喜びで頭が一杯でしたが、
終わって一夜明けると、急にそんな複雑な心境になっていきました。
僕の力では、この心の動きをコントロールすることはできません。
そんなとき、
ショレイシェフからお呼びがかかりました。
「トモ、明日からパテスリー(デザート部門)に行け。
もう少しで、日本に帰るんだろ。最後はパティシエだ。」
「はい、ありがとうございます。」



“最後”
この言葉に強く反応してしまいます。
フランスに来て三年が過ぎようとしていました。
“そういえば、三年前に、はじめてフランスに来て、
最初はオードブル部門からはじめたんだよなあ。
最後はデザートで締めくくりか。
フルコース、全部味わえそうだな。”
僕は心の中で自分に対してちょっとだけ笑い、
寂しさを消そうとしました。




「よろしくお願いします。」
パテスリーの場所は、厨房の左はじにあります。
デザートのシェフはフィリップという名の丸坊主の大男。
ポワソニエのシルヴァンより大きな体です。
手も、僕の倍くらいはあります。
そんな丸坊主で大男の彼がつくるデザートは、
なんと(!)チャーミングで繊細。
彼は、体は大きいですが、
とても優しく穏やかな口調で話します。

「ようこそ、誘惑の世界、パティスリーへ。」



つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2009-03-23 00:45 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第98章 オニバ! ~  <僕の料理人の道>

「オニバ!(レッツゴー!)」


現場を仕切るショレイ氏の掛け声で、
一斉に皿が並べられ、
最初のアミューズ・ブーシュ(付き出し)が、
手際よく盛りつけらられていきます。



いよいよ、超豪華ディナーの始まりです。
同じ厨房にいる、全世界から集まった精鋭たちの
胸の鼓動が、息遣いが、
まるで耳元で鳴っているかのように感じます。
二百人近い盛大なディナー。
それは、今まで体験したこともない緊張感と緊迫感、
そしてなんといえぬワクワク感。
胸が張り切れそうなのを、精一杯抑えて、
僕は無我夢中になり、
荒っぽく早口で飛び交うフランス語を、
すべて聞きとるために耳をすまし、
1ミリも狂わないほど精確に料理を盛り続けました。





僕たちが任されているセクション、
魚料理の出番が近づいてきました。
目の前の鉄板にオリーブオイルをひき、
仕込んであったスズキを皮目からそおっと丁寧に焼いていきます。
オイルのはじける音、白く立ち上る煙、漂う潮の香り、
すべての五感を研ぎ澄まし、
スズキを完璧に焼き上げなければなりません。
表面をきれいに焼き色をつけたスズキを、
バットに並べて、180度のオーブンに入れます。
一度に二百人前もの魚をオーブンに入れてしまうと、
盛り付けているうちに火が入りすぎてバサバサになってしまいます。
盛り付けるスピードを見ながら、
少しずつ時間差でスズキをオーブンに入れて
焼き上げていかなければいけません。


「アレー、ヴィット、ヴィット!(急げ急げ!)」

みんなの盛り付けるスピードどんどん速くなっていき、
逆に僕がスズキをオーブンで焼き上げるスピードが遅くなってきました。
僕はあせりました。
“スズキに火が入らない!どうして!!”
頭の中が真っ白になっていきます。
あせった挙句に、スズキを一人前、床に落としてしまいました。
(もちろん、数人前は余分に作ってあります。)
あわてて、そのスズキをゴミ箱に捨てようと、
拾い上げたときに、ハッとしました。
“冷たい!”



鉄板で焼き色をつけられたスズキはバットに並べられ、
オーブンに入れられる順番を待っているうちに、
どんどん冷めていっていたのです。
一枚目のバットのスズキと十枚目のバットのスズキでは、
スズキ自体の温度が違っていたのです。
そのため、どんどんスズキに火が入るスピードは遅くなっていき、
冷めた分、オーブンに長く入れなければいけませんでした。
それに気がつかなかった僕は、
予定の時間で火が入らないことにあせっていたのです。


1/3ぐらいまで進んで、
ようやく、そのことに気づいた僕は、
少しずつ、オーブンに入れるのを早めにしていき、
なんとか追いつきました。







“ふう”
と胸を撫で下ろす間もなく、
次の料理の準備にかかります。
こうして、最後のデザートを出し終わった瞬間、
“フーー、ハアーー”
と、水中から顔を出して息をしたときのように、
深く呼吸しました。
まるで呼吸をするのを忘れていたかのように。







無事、ディナーは終焉を向かえ、
ドレスアップした紳士淑女が、
少し赤らいだ、至福の笑顔を振りまきながら、
ムーラン・ド・ムージャンをあとにしていきます。
彼ら彼女らは、今、最高の幸せを感じながら、
「あのオードブルは最高だったわ。」
「肉料理も文句のつけようがないよ。」
「デザートはもう一皿おなかに入りそうよ。美味しかったわ。」
と、今日出会ったその至福のひと時を振り返るように
おしゃべりに花をさかせながら自慢の車にのって、
ムージャン村の坂を下りていきました。




今回のコラボレーションは大成功に終わり、
うちあげの宴会は、
さっきまで戦場だったこの厨房でのシャンパンパーティーでした。
ガチャガチャと押し迫るような鍋の音はあとかたもなく、
みんなの笑い声と、満足そうな笑顔で満たされています。
お客様に至福のひと時をあたえ、
僕たちも最高の満足感をもらえる。
こんなにすばらしい料理人という仕事を選んだことに、
喜びと感動を覚え、誇りを持ちました。




外はもう真っ暗ですが、
決して多くはない街灯が、
ひときわ明るく道を照らしています。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2009-02-01 04:30 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第97章 いよいよ当日 ~  <僕の料理人の道>

二大シェフコラボレーションイベント当日。
僕は昨日からワクワクしてよく眠れませんでした。
“こんなイベントに参加できるなんて、夢見たい!”
いつもより、早く起きて、
ムーラン・ド・ムージャンの厨房に駆け足で向かいました。
まだ誰もいない厨房で、僕はまな板をセットし、
みんなの来るのを待っていました。
最初に来たのは、シェフパティシエのフィリップでした。
デザート担当というより、肉料理担当といった感じの、
彼もシルヴァンと同じくらい大男で、丸坊主の28歳。
彼がくるやいなや、次から次へとスタッフが集まってきました。
この日のメンバーは二十人弱といったところでしょうか。


シェフのショレィ氏が自慢のフェラーリでやってきて、
みんなをデシャップ前に集めました。
「今日は大事な日だ。
ムーラン・ド・ムージャンにとって歴史に残る一日になるだろう。
気を引き締めて、打合せどおりに、完璧に仕事をこなしてくれ。」
目の前にいる多種多様な国から集まった精鋭たちの前で、
大きな声を張り上げました。
「ウィ、ムッシュ!」
いっせいに全員がフランス語で返事しました。
そこへ、オーナーシェフのロジェ・ヴェルジェ氏が、
レ・ザンバサドゥールのドミニク・ブシェ氏と共に現れました。
「紹介しよう。
オテル・ド・クリヨンのレ・ザンバサドゥールの総料理長、
ムッシュ・ドミニク・ブシェだ。
私は、今日のこのコラボレーションを、
彼と、そしてみんなと、大いに楽しみたい。」
彼の声は少し低めで、落ち着きのある澄んだ声でした。


そのあと、みんなは一斉に自分の持ち場に行き、
200人近くの予約があるディナーのために、
いつも以上に集中して準備を始めました。
僕の役割は、魚料理に使うスズキを三枚におろすことからでした。
レ・ザンバサドゥールから来た
色白で背がひょろっと高いスタッフの指示に従って作業を進めていきます。


張り詰めた緊張感の中、
ベルジェ氏とブシェ氏は、
ゆっくりと各セクションを見回り、
厳しくチェックし、細かい指示をしながらも、
どこかにこやかで楽しそうに見えました。
ブシェ氏は僕の後ろから、僕のさばいたスズキを見て、
「あららら、骨に全く身がついてないじゃないか。
これじゃあ、骨からいいダシが出ないじゃないか。」
と、笑いながら話かけてきました。
思わず、
「す、すいません。」
と謝ると、
「いいんだよ。さすがジャポネ。
魚を渡したらみんなサシミになっちゃうな。ワハハハハッ。」
と、大声で笑いながら去っていきました。





いよいよ、ディナーがはじまります。
レストランの駐車場は、
瞬く間に、まるで車の博物館のように、
フェラーリやカウンタック、リンカーンやリムジンで一杯になりました。
世界各国からセレブと呼ばれる人たちが、
今日の二大シェフコラボレーションを体験しようと集まってきます。
まるで、カンヌ国際映画祭の会場のように、
エナメルの靴を履いたムッシュに手をとられ、
背中の大きく開いたドレスを着たマダム達が、
毛足の長い絨毯を、ハイヒールで音もたてずに踏みしめながら、
テーブルへと案内されます。


そのころ、厨房では料理人たちが忙しく動き、
鍋の音はだんだん大きくなっていました。
選ばれた精鋭たちの集中力いっぱいの息遣いが、
重たい鍋やフライパンがぶつかるガチャガチャする音が、
今からはじまる華やかで贅沢なディナーの幕開けを、
まるで盛り上げるかのように。
同時に僕の鼓動もどんどん早くなっていくのが分かりました。
どんどん、どんどん。
僕はうれしくてたまりませんでした。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2009-01-11 23:43 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第96章  大盛りのマカロニグラタン ~  <僕の料理人の道>

「トモ、今週は休みなしだ。」
シルヴァンは、僕を見下ろすようにいいました。

僕は、その言葉が何を意味するのか、すぐににわかりました。
うれしくて、顔の筋肉がゆるみ、すぐにはもとに戻せませんでした。
「トモ、3日後のコラボレーションには、俺たちと一緒に、
ムッシュ・ブシェのアシスタントをしてもらう。」

まさに、願ってもないチャンス。
でも、なぜ?
なぜ、僕がメンバーに選ばれたのでしょう?


なんと、あのシルヴァンが、ロジェ・ヴェルジェ氏に、
僕を推薦してくれたからのようです。
あの、外人嫌いのシルヴァンが、です。
ありえない話しですが、本当に、彼が僕を選んだんです。
彼の包丁を砥いだ恩がえしのつもりでしょうか?

「ありがとう、シルヴァン。」
僕は、緩んだ顔の筋肉を戻すことが出来ず、
ニヤニヤしながら、お礼を言いました。
「まかない、なくなるぞ、トモ。」
彼は、にやっと笑って、歩き始めました。


“あいつ、いいやつだな”
僕は、こんな調子のいいことを思いながら、
まかないのマカロニグラタンをとりに、お皿をもって並びました。
僕の前には、大男、シルヴァンが並んでいます。
本当に、大きな背中です。
もう、熱々ではなくなったマカロニグラタンと、
トマトのサラダ、ヨーグルトをとり、
僕は、彼の前に座りました。
僕はいつもより、大盛りで、マカロニグラタンをお皿に盛っていました。
「どうして、僕を選んだんだ?」
まじめな顔で、僕は聞きました。
彼は、マカロニグラタンを食べる手を止めて、こういいました。
「トモ、お前、日本では1000番目より下なんだろ?
せめて、100番目くらいにはなれよ。」
「えっ、あぁ。」
なんだか、よく分からない答えでしたが、
とりあえず、僕は、ふたりの巨匠のコラボーレーションという、
魅力的な大イベントに参加できることになりました。


ロジェ・ヴェルジェ氏が言った、
「君は幸運だ。」
とは、このことでした。
日本からきた研修生が、
こんな大事なイベントに立ち会えるなんて、
僕のような駆け出しの料理人料理人にとっては、
大きな、大きな幸運です。



あと3日、
僕はワクワクしてきました。




つづく




*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-08-02 13:31 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第95章 君は幸運だ ~  <僕の料理人の道>

彼が、優勝を逃したなんてことに、
この戦場のような調理場は、いつまでもかまっていませんでした。、
まるで、そんなことすらなかったかのように、
いつものピリピリとした張り詰めた空気にもどっていました。
あの、なんとも気まずい空気はたった一日だけ。
彼も、いつものように、目の前の魚を正確に焼き上げ、
手際よくソースを仕上げていました。
それには、ひとつのわけがありました。




実は、何ヶ月も前から、
そう、僕が、このレストランに来る前から、
ひとつの大きなイベントが計画されていました。
それは、太陽の料理人、ル・ムーラン・ド・ムージャンの
我らが偉大なるオーナーシェフ、ロジェ・ヴェルジェと、
パリの超高級ホテル、
オテル・ド・クリヨンの総料理長、ドミニク・ブシェの饗宴。
オテル・ド・クリヨンといえば、パリでも有数の超一流ホテル。、
メインダイニングのレ・ザンバサドゥールは、
ミシュランの2つ星を獲得しています。


ドミニク・ブシェ氏が、ムーラン・ド・ムージャンで、
ロジェ・ヴェルジェ氏と、たった一日だけコラボレーションするという、
なんとも魅力的な企画です。
そう、このふたりが、一緒にメニューを考え、ここでそれを作るのです。
僕にとっては、いえ、ここにいる料理人全員にとって、
とてもとても興味深いイベントです。
だってそうでしょう、
一流シェフ、二人と同時に仕事が出来るのですから。



ただし、このコラボレーションに、厨房スタッフとして参加できるのは、
ここにいる、全員ではありません。
ドミニク・ブシェ氏も、自分の厨房から腕利きのスタッフを連れてきますから、
ここにいる料理人のうち、3分の1は不幸にも、その日は休日となります。
僕は日本から来た研修生みたいな扱いですから、
当然、メンバーには選ばれることはないでしょう。、
この大事な日は、不本意ながら、休日になる予定です。
悔しいですが、こればかりはどうしようもありません。

コラボレーション当日、僕は、調理場の裏の窓から、
彼らのふたりのコラボレーションの様子をそっとのぞきにこようと、
密かに思っていました。
こんなチャンス、みすみす、部屋でゆっくり寝ているわけにはいかないのです。
僕は限られたフランスでの修行期間中に、
出来るだけたくさんのことを学ばなければなりません。
ドミニク・ブシェって、どんな人だろう?
ふたりは一体、どんな料理を作るんだろう?
気になって仕方がありません。





その、魅力的なイベント当日が3日後に迫っていたのです。
各セクションのシェフは、ロジェ・ヴェルジェの下、
夜遅くまでミーティングを重ね、準備を進めていました。
オードブルからデザートまでを、ふたりのシェフが交互に出すスタイルです。
魚料理は、ドミニク・ブシェ氏の担当です。
ただ、こちらのポワソニエ・セクション(魚料理部門)のチームが、
ドミニク・ブシェ氏の指示に従って、実際は調理をします。
もちろん、向こうの料理人も数名はきますが、
準備も、アシスタントもこちら側ですることになっていました。


当日は参加できなくても、せめて準備だけでも手伝いたい、
と思っていましたが、僕の仕事は、
いまだに、大した仕事は与えられていませんでした。
コラボレーション当日まで、あと3日、
うちのセクションシェフ、シルヴァンは、
ロジェ・ヴェルジェ氏となにやら二人で話をしていました。
お昼の営業が終わって、みんなはまかないを食べに、
ぞろぞろと調理場をでていきました。

僕もまかないに行こうと、調理場を出ようとしたとき、
不意に「トモ!こっちに来て!」
と彼から呼ばれたのです。
“なんだろう?次のセクションへ移動かな?”
僕は、ここで、すでに、ロティスリー、オードブル・セクションを経て、
今はポワソニエのセクションにいます。
あと残すのは、パティスリー・セクション(デザート部門)。
とりあえず、彼とロジェ・ヴェルジェのところへ、小走りでむかいました。

僕が彼らふたりのところへたどり着くと、
ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕の肩をたたいて、
「がんばれよ、君は幸運だ。」
にこやかな笑顔で、僕に微笑みかけるように言い、
そのまま、その場から立ち去りました。
シルヴァンは、立ち去るロジェ・ヴェルジェ氏に
「ありがとうございます、ムッシュ!」
と大きな声で言いました。

僕にはさっぱり、なにがなんだかわかりません。
ただ、ロジェ・ヴェルジェ氏は、僕に「君は幸運だ」と言いました。
さて、僕はどんな幸運を手にするのでしょう。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-07-29 03:33 | 僕の料理人の道 91~103章

~ 第94章 みんなの期待 ~  <僕の料理人の道>

僕は、いつも通り、いつもの時間に調理場へはいりました。
朝9時、10分前。
そこには、すでに、
コンクールへ出発する準備をしているシルヴァンがいました。
今日が、出発の日です。
少し、緊張している様子でした。
約1時間後...10時を過ぎたころ、
彼は、荷物を全部、白いバンの車に詰め込み、
みんなに見送られて出発していきました。



みんなの期待を背負って。
今にも雨が降り出しそうな、どんより曇った空の下、
彼の乗った白いバンは、軽快に走り出し、
白いコックコートをきた仲間達はみんな、
手を振りながら思っていました。

“彼ならきっと優勝できる”

僕も、そう願いました。
このときばかりは、

“仲間を応援しよう”

そう思ったのです。







3日後、彼は戻ってきました。
いつも以上に険しい顔をして。

結果は...、


どうやら、3位だったらしいです。
彼はひどく重い表情でした。
もともと、明るい表情なんてあまりみせず、
いつも難しい顔をしていたのですが、
今回は、落ち込んでいるのが一目でわかりました。
それでも、「3位なんてすごいじゃないか」と思いましたが、
とてもそんな言葉で励ませそうになかったので、
無意識のうちに、僕は彼に近づこうとしていませんでした。
ポワソニエのセクションのみんなも、気を使ってか、
誰も、あまり声をかけないようにしているようでした。
唯一、調理場を仕切っている、ショレイ氏だけが、
彼の肩に手をかけ、言葉をかけました。
「気にするな、お前はまだ23歳だ。次もある。」
「もちろん、分かってます。ありがとうございます。」
彼は無愛想に、そう答えました。



彼はそれだけショックを受け、落ち込んでいても、
オーダーが入り始めると、その仕事ぶりには寸分の狂いもなく、
いつも以上に険しい表情で、オーダーをこなしています。
遠くから、僕は、そんな暗く険しい表情で、
何かにとりつかれたようにオーダーをこなす彼の姿を見て、
“プロだな”と感心しました。



最後のお客様に料理を出し終えて、
帰り支度を始めると、
彼は、僕のほうに向かってきました。
“わぁ、どうしよう、なんて声かければいいんだ”
と、内心、ちょっと焦りました。
とうとう、何も思い浮かばず、彼は僕の目の前まで来てしまいました。
2m近くある大男です。かなり威圧感があります。
僕は思わず、
「おめでとう。3番目なんてすごいね。」
と、僕は彼を見上げるようにして言いました。
僕は、本当にそう思っていたのです。
彼は、優勝できなかったことで落ち込んでいるのに、
僕は、全く空気の読めてない言葉を言ってしまったと、
次の瞬間、後悔しました。
彼は、僕の言葉に苦笑しながら、
「ジャポンでは、みんなから優勝できるって期待されてたやつが、
優勝しなくても、おめでとうって言うのか。」
と、僕の目をにらみながら言いました。
「えっ、3位になったんだろ、すごいじゃないか。
フランスで3番目なんだろ。
僕なんか、コンクールに出たことないけど、
多分、日本で100番より、1000番よりも、もっとずっと下だよ。
でも、こうやって、フランスの一流レストランで、
修行しているなんて、すごいなぁと思ってるよ。
フランスで3番目なんて、とんでもなくすごいよ。」
全然、励ましにもなっていませんが、
焦った挙句、思ったことをそのまま言いました。
彼は、クスッと笑って、
「トモの砥いでくれた包丁、よく切れたよ。ありがとう。」
そう言って、調理場を出ていきました。

外はもう真っ暗です。
外灯がぼんやり、辺りを照らしているせいか、
彼も、ぼんやり光っているように見えました。
僕は、彼のことが好きではありませんでしたが、
心の奥では、彼のプロ意識を認めていました。
ぼんやり輝いている彼の後姿を眺めながら、
ほんのちょっぴり、彼のことが分かったような気がしました。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-07-28 00:20 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


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