料理人の休日

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カテゴリ:僕の料理人の道 81~90章( 10 )

~第90章 急な坂道 ~  <僕の料理人の道>

レストランは、寮を出て左側に山を下りるようにして、
歩いて5分くらいのところにあり、
ムージャン村の中心は、寮を出て右側に、
山を登るように道沿いに歩いて、
だいたい30分のところにありました。

僕は、淡いカラフルな色の建物がたくさん並んでいる、
かわいらしいムージャン村が大好きで、休みの日には、
むしろ、はなやかな高級リゾートの街、カンヌより、
のどかでかわいらしいムージャン村へ、
てくてくと歩いていくのが大好きでした。
ときには友達に誘われて、カンヌへ遊びに行くこともありましたが、
一人でのんびりとムージャン村のカフェで、
エスプレッソを飲みながら、ロジェ・ベルジェ氏の料理本を読み、
太陽の料理に酔いしれている時間もとても幸せでした。



その日は、雲ひとつない、空一面が真っ青の、
とても気持ちのいい休日でした。
気がついた時、すでに時計の針は午前10時をまわっていました。
とりあえず、シャワーを浴びて、目を覚まし、
さて、今日もムージャン村へ散歩にでも出かけようかと、
身支度をして、部屋のドアを開けると、
珍しく、エマニエルがどこも行かずに部屋にいました。
窓を全開に開けていたので、彼女が部屋にいることが分かったのです。
あまり気にせず、エマニエルの部屋の前を通り過ぎようとしたとき、
後ろから、彼女の声が聞こえました。
「ボンジュール、トモ!どこへ行くの?」
彼女は、窓から身を乗り出していました。
「ああ、エマニエル、ボンジュール。」
「今日は部屋にいるんだ、珍しい。僕はムージャン村まで散歩へ行くところだよ。」
一旦は立ち止まったものの、すぐに僕は歩き始めました。
「ちょっと待ってて、トモ。私も行く。」
「えっ。」
彼女は、全く僕の都合も聞かずに、勝手についてくることを決めました。
もちろん、一人でぶらぶらするより、
かわいらしい女の子が横にいたほうが楽しいに決まっています。
「まぁ、いいけど。」
僕はすぐに了解の返事をしました。
窓から乗り出していた体をひっこめて、部屋の奥に入っていったと思ったら、
すぐに玄関から出てきました。
今日の帽子は、空の色より少し薄めの淡いブルーのブレードハット。
「日本に帰ってから自慢できるように、
一度くらいはイタリア美女とデートしておいた方がいいわよ。」
彼女は恩着せがましく僕にこういいました。
“なるほど、それはそうだな”と、僕も簡単に納得してしまい、
何も言い返せませんでした。


寮を出て、右側の大き目の道を登り始めようとしたとき、
「こっちの方が近道よ。」
と目の前の、ほぼ真っ直ぐに登っていく、急な細い坂道を彼女は指差しました。
確かに、ここを登っていけば近道っぽいです、
が、この道は結構急な坂道です。
彼女は容赦なく、その道を選び、とっとと歩いていきました。
“デートって言ったんだから、こっちの緩やかな大きな道を、
のんびり歩いていけばいいんじゃないか。”
そう思いながらも、僕はこの不満を一言も口に出さず、
彼女の後をだまって追っかけていきました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-30 05:06 | 僕の料理人の道 81~90章

~第89章 M.O.F~  <僕の料理人の道>

M.O.Fとはフランス最優秀職人章と呼ばれる勲章です。
オードブルセクションのシェフは、
この数少ないM.O.Fを取得しているすごい人でした。
彼はまだ30代半ばで若く、まじめで、仕事に厳しい職人肌の人でした。
エマニエルも彼のことを尊敬していて、
自らこのオードブルセクションを希望したのです。
もの静かなこのシェフは、怒鳴ることもなく、
ただひたすら、みんなと一緒に黙々と仕事をしています。
あっちこっち素早く動き回る、体の小さいエマニエルと違って、
彼の動きは小さく、ゆっくりと流れるようでした。



どしゃぶりの木曜日でした。、
彼は目の前にあるテリーヌ20本の仕込をあっという間に終えて、
僕を呼びました。

「トモ、こっちへ。」
僕は、急だったので、ちょっとびっくりして、
慌てて、彼のところへ小走りでいきました。
「今から、まかない用の鶏をローストチキン用にブリデするから、
よく見ておきなさい。私が最初にやって見せるから、あとはトモがやるんだ。」
目の前には10羽以上の鶏が置いてありました。
「は、はい。」
このセクションに来て1週間が経とうとしていました。
Brider(ブリデ)とは肉の形を整える為にタコ糸などの紐で、
肉を縛ることです。
僕は、ブリデなど今さら教わらなくても、すでに出来ました。
でも、MOF受章者の彼が僕に教えてくれるのです。
教わっておいた方がいいと思いました。

ロース針と呼ばれる10cmくらいの金串の穴にタコ糸を通して、
まず鶏の足のひざ裏あたりに右から左へ、縫うように貫通させる...。
基本どおり、正確に、スピーディに鶏をブリデする彼の姿は、
美しくも見えました。
“速い” 彼のブリデは30秒もかかりませんでした。
僕が感心して見ていると彼は、
「この大きさの鶏をブリデするにはこの方法が基本だ。
だが、今日はこっちの方法でブリデしてもらう。」
今度はロース針を使わず、タコ糸だけで鶏をブリデしました。
“・・・!えっ!”
速すぎる...10秒かかったでしょうか。
僕は目を疑いました。
3Kgくらいある鶏がまな板の上でくるっと一回転したと思ったら、
その時はすでに糸で全体を縛られていました。
鶏をロース針を使わずタコ糸だけで縛るのは小さな鶏の場合。
鳩やうずらなどです。

「いいかトモ、基本は大事だ。いろんな基本を知っておいた方がいい。
そして、それを自由に、状況に応じて使い分けるんだ。
今仕込んでるのはまかない用だ。
1羽1羽、きっちり縛るより、1秒でも早く終わらせることが大事だ。
さぁ、始めろ。」

彼にブリデされたまかない用の鶏は、
両足をきちんとそろえ、ぴーんと胸を張り、堂々としていて
まるで芸術作品のようでした。

ブリデをみて感動したのは初めてのことでした。
まるで機械のように正確に素早く動くあの手は、
修練を積み重ねた結果、そうなったんだろうな、
と感心しつつ、目の前の、まだ8羽くらい残っている鶏を
彼の手さばきをイメージしながら、片付けていきました。




美しいものを作る人は、
それを作っているときの動きも美しいと、僕は思いました。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-20 13:54 | 僕の料理人の道 81~90章

~第88章 青い瞳の少女~  <僕の料理人の道>

エマニエル。
青い瞳で栗毛色の髪を持つ、22歳の少女。
この戦場のような厨房で、たった一人の女の子でした。
国籍はイタリア。
ただ、純粋なイタリア人ではなく、ハーフのようでした。
そして、不思議なオーラを持っていました。

エマニエルは、小柄で可愛らしく、
帽子が大好きで、お気に入りのいくつかの帽子を代わる代わる、
その日の気分でかぶっていました。
休みの日にはお化粧をしてカンヌに出かけ、
ショッピングを楽しみ、
寝る前には、イタリアにいる彼氏に手紙を書き、
寂しくなるのか、必ず僕たちの部屋にやってきて、
一言、二言、話をしてから、部屋に帰り、眠りについていました。
彼女の部屋は、僕たちの部屋の向かいにありました。

彼女は、たった一人で、イタリアから、このセレブの集う名店に乗り込み、
男達に負けない気迫と努力で、
ギャルド・マンジェと呼ばれるオードブルセクションのチームの中で
毎日、200食近いオードブルをこなすつわものでもありました。
一旦、仕事が始まると、男も女も関係なくなるこの戦場で、
彼女は、小柄な身体をめい一杯動かし、
2m近くある大男の横で、押しつぶされるどころか、
逆に、体当たりしながら働いていました。
手には、持ちきれんばかりのお皿を持って、
デシャップ台という、料理を盛り付ける台に、
きれいに、素早くお皿を並べたと思った瞬間、
すぐに、サラダを盛り始めていました。
この速さは、この戦場で一番でした。



僕は、ロティスリーから、
エマニエルのいるオードブルセクションに移動になりました。
シェフが、僕が日本に帰るまでに
全てのセクションを回らせようとしてくれたのです。
そして、エマニエルが、部屋が向かい同士というよしみで、
ギャルド・マンジェの仕事を教えてくれました。

「トモ、言っとくが私は厳しいよ。ちゃんとついてきなよ!」
いきなり、厳しい言葉を浴びせられました。
「余裕だよ。どんどん来なよ!」
僕も負けてられません。
ところが...
“マジで早い”
彼女のスピードについていくのがやっとでした。
「トモ、遅いよ!もっと速く、もっともっと速く!」

“こんなんじゃ、追いつけない。言われてからでは遅すぎる。流れを覚えなきゃ。”

僕は初日から、必死でした。
女に負けてなるものか!

オードブルセクションは、最初の料理を出すところです。
オーダーが入ったら、全力で、一秒でも速く料理を出さないと、
後が詰まってきて、大変なことになるのです。



仕事が終わり、街灯が薄暗くぼんやりと光ってる道を、
エマニエルと一緒に帰りました。
僕はクタクタで無口になっていると、彼女は僕に、
「何だよ、疲れたのか。明日も満席だよ。」
と、男のくせに情けない、くらいの感じで言いました。
「初日だからだよ。明日は余裕だよ。」
僕はとりあえず言い訳をして、男のメンツを保とうとしました。
「まぁ、よく頑張ったよ。明日も頑張ろうね。」
僕が、彼女のセクションに入った途端、彼女は上から目線の言い方になっていました。
でも、仕事を覚えるまでは仕方ありません。
悔しいけど我慢、我慢。
早くこのセクションにも慣れてやる、僕はそう思いました。
寮の明かりが見えてきたころ、彼女が僕に
「なぁ、トモ。日本に帰ったらレストラン開くんだろ?」
と、おもむろに聞いてきました。
「すぐには無理だけど、いつか、自分のお店を持つよ。」
「エマニエルは、イタリアに帰ったらフレンチレストランを開くの?」
僕の問いに彼女は、真顔で答えました。
「イタリア料理もフランス料理も関係ないよ。私は私の料理を出すレストランを作る。」
部屋の前まで来ると、エマニエルは、
「ボンニュイ(おやすみ)、トモ。明日はもっと速くだよ。
じゃないと自分のお店、持てないよ。」
そう言って、部屋に入っていきました。



彼女は芯のしっかりした、強い女の子です。
まだ、22歳。
彼女の料理をいつか食べてみたいと思いました。




つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-05-05 04:17 | 僕の料理人の道 81~90章

~第87章 太陽の料理人~  <僕の料理人の道>

毎日のように世界中から、ドレスやタキシードを来た、
セレブといわれる人々がやってきて、
高額なシャンパンがどんどんあけられる。
そんな、エレガントなパーティーが毎晩のように行われる、
映画のようなレストランがここにありました。



僕はソースのベースにとなるフォン・ド・ヴォーを、
離れにあるもう一つの調理場へとりに行くとき、
裏口から見える駐車場に、
ベンツはもちろん、フェラーリやポルシェ、ロールス・ロイスなどの、
写真でしか見たことのない高級車がどんどん入ってくる光景を目にし、
まるで、ハリウッド映画にエキストラとして出演しているような気分になりました。
その状況の中、一瞬、呆然と立ち尽くし、
何をしようとしていたか忘れることも
しばしばありました。


これが、世界のセレブ達、
そして、ここがセレブ御用達の超高級レストラン...。
エレガントなカクテルドレスに身をまとった、まるで女優のような美女が、
タキシードを着たジェントルマンの手を借りて車からゆっくりと優雅に降り、
一言、「メルシー、ムッシュー」とささやくようにお礼をする。
今まで、いくつもの有名な高級レストランで働いてきましたが、
こんな、うっとりとするような光景を目にするのは初めてでした。

どれくらいたったのでしょうか、
僕は慌てて自分の仕事に戻りました。
そこは、さっき出会った光景とはまるで正反対。
調理場は戦場のようでした。




フォンド・ヴォーを入れた鍋を火にかけ、ソースを作りながら、
僕は思いました。
“今、ここで作っている料理をあのセレブ達が食べるんだ。”
そう思うと、俄然やる気が出てきます。
より味わい深く、より繊細に。
僕はあのドレスを着た女性と、彼女に手を差し伸べた紳士を思い浮かべ、
目の前の黒っぽい液体、フォン・ド・ヴォーを、
彼ら、彼女らのように輝くようなソースに変えることに集中しました。


太陽の料理人、ロジェ・ベルジェ、
彼の料理はどれも輝いていました。
それは、きっと、彼のレストラン、ムーラン・ド・ムージャンに来る、
まばゆいばかりに輝いているセレブな男女のため。

太陽の料理人、ロジェ・ベルジェ、
彼の作る料理は太陽のように輝き、
ドレスアップした美男・美女を照らし、
より輝きを与えるために、考えられています。


僕はこの太陽の料理を全力で学びました。
僕も、彼のような輝くような太陽の料理をいつか作るために。



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           <ロジェ・ベルジェ氏と>


つづく


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by le-tomo | 2008-04-24 13:24 | 僕の料理人の道 81~90章

~第86章 僕の上司はイタリア人 ~  <僕の料理人の道>

髭をはやした50歳くらいの小柄な男性が、
ちょっとヨレヨレになったコックコートで、僕に近づいてきました。

「ボンジュール」
彼は笑顔で僕に話しかけてきて、とても気さくで親しみやすい感じでした。
彼の名はショレイ。
この名店の厨房を切り盛りするシェフです。

彼の指示で、若いアプランティ(見習い)が僕を寮まで連れて行ってくれました。
レストランから歩いて5分ほどのところに寮があります。

・・・決してきれいとはいいにくい、ちょっと傾いてるんでは?といった建物です。
仕方ありません。
一つの部屋に2人づつ。
僕を連れてきてくれた彼が、これから一緒に寝泊りするルームメイトのようでした。

早速、荷物を置いて、コックコートに着替え、
調理場にルームメイトのシルヴァンと一緒に向かいました。
フランスでは、到着するやいなや、即仕事にはいるのはよくあることです。

僕の最初のセクションはロティスリー。
主に肉料理を担当する部署です。
日本人は魚料理を担当するセクション、
ポワソニエになることが多いと聞いていましたが、
僕はなぜかロティスリーに配属されることが多かったのです。

毎日、毎日、大量の仔羊や鴨をさばきました。
今まで僕が、フランスで働いたレストランの中で、ここ、ムーラン・ド・ムージャンが
もっとも大きなレストランだったので、料理人の数も半端じゃないのですが、
食材の量も半端じゃなかったのです。
30数人いる料理人が、各セクションで自分の分担する仕事をテキパキとこなし、
朝、大量に届いた食材は、ランチが終わる頃には全部下処理を終え、
大きな、大きな冷蔵庫にしまわれます。

調理場も無茶苦茶大きく、離れにももう一つ、調理場がありました。
この離れでまかないも食べました。
これだけの人数が働いていると、まかないも半端じゃない量です。
ちょっとした宴会のようでした。

ここで僕は肉をロティ(ロースト)したとき、
一定時間、オーブンから出した肉を休ませることの重要性を叩き込まれました。
もちろん、今までもそうしてきました。
でも、ここでは肉を休ませることをとてもうるさく言われました。
そのため、ディナーが始まるとすぐに、
仔羊や鴨なんかの肉をある程度の数だけ焼きはじめていたのです。
そう、オーダーを待たずに。
ゆっくり、ゆっくりと休ませながらじっくりと火を入れていったのです。
しかも、できるだけ大きな塊で。
そうやって焼かれた肉は、中がきれいなピンク色で、
その切り口は、本当に美味しそうでした。

もう一つ、驚いたことに、
この調理場には、肉と魚を焼くところ、それぞれに鉄板が設置されていました。
あの、日本では、お好み焼きを焼くような鉄板が。
この鉄板はとても便利でした。
フライパンを一回一回洗わなくてもいいのですから。
もちろん、その便利さより重要なのは、食材を焼くのにもっとも適しているということ。
分厚い鉄板は、薄いフライパンと違って、肉や魚を置いてもそう簡単に温度が下がりません。
それは、きれいな焼き色をつけるのにはもってこいです。
焼くむらもほとんど出来ないのです。
僕が、自分のお店を持つことになったら、鉄板を置こうと、このとき思いました。

ムーラン・ド・ムージャンは世界的に有名なレストランです。
料理人も世界中から勉強に来ています。
イタリア人、ポルトガル人、アメリカ人、スペイン人...。
調理場はフランス語か英語が飛び交います。
ロティスリー部門の、僕の上司はイタリア人でした。
なんだか、不思議な感じです。
これだけ国際色豊かな調理場はそうないと思います。

これが世界に名をはした、
ロジェ・ベルジェ氏のレストラン「ル・ムーラン・ド・ムージャン」なのです。



つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2008-03-11 00:02 | 僕の料理人の道 81~90章

~第85章 開きっぱなしのドアの向こうに~  <僕の料理人の道>

そこには、30人以上の様々な国の料理人たちが、
統率のとれた動きで、きびきびと働いていました。

レストランに程近いバス停で降りて、歩いて1,2分ほど、
「LE MOULIN DE MOUJINS」
と書かれた大きなブルーの看板が目印の決して派手ではないレストラン。

僕はスーツケースを転がしながら、恐る恐るエントランスを覗き込みました。
すかさず、レセプションの女性が「ボンジュール、ムッシュー」と
何かご用ですか?と言わんばかりに言葉をかけてきました。

「すいません、今日からここでお世話になる料理人で日本人のオガワと申しますが...」
「少々、お待ちくださいませ」

女性は、こんな状況には慣れているらしく、驚きもせずに奥に歩いていきました。
午前10時。厨房は仕込みの真っ最中です。

奥のほうからタキシードを着たサービスマンがやってきました。
「ボンジュール、ムッシュー」
「さあ、そこに荷物を置いて。まずは、私がレストランを案内しましょう。ムッシュー・オガワ」

「えっ、あっ、はい。」
僕はちょっと驚きました。
今までのレストランでは、まずこれから寝泊りする部屋やアパートにつれてかれて、
コックコートに着替え、厨房に向かうのが普通でしたから。

慌てて、スーツケースを邪魔にならなさそうな墨の方に置くと、
「私がお預かりしておきますから、安心して。」
と、さっきのレセプションの女性が僕に声をかけてくれました。
「メ、メルシー、マダム」
僕は予測外の出来事に、驚きを隠せない表情のまま、
タキシードを着たサービスマンの後を、緊張しながらついて行きました。

エントランスの正面にあるのは、古い古いムーラン(風車)。
オリーブをつぶしてオリーブオイルを作るためのものだったそうです。
それから、いくつかに分かれるレストランの客室を案内してもらいました。
ガラス張りのテラス席の大きなガラスにたくさんの著名人のサインが残されていました。

ここがあの世界的に有名なロジェ・ベルジェ氏のレストラン、ムーラン・ド・ムージャン...。

ロジェ・ベルジェ氏の作った世界的アーティストが集う空間で、
僕は口を空けたまま、ただ呆然とあたりを見回すだけ。
まるで、そう、夢の中の世界に引きづりこまれ、抜け出すことが出来ないような感じ。

「ムッシュー、それでは先ほどのレセプションへ戻りましょう。寮へご案内します。」
「あっ、はい。ありがとうございます。それから、あの...僕のことはトモでいいです。」
「わかりました。トモ、行きましょう。今日からトモは私達のチームの一員です。」

荷物の置いてあるレセプションに戻ると、先ほどの女性が笑顔で僕達を迎えてくれ、
僕を連れて、裏のほうへ向かいました。
そこは厨房の裏口。

開きっぱなしのドアの向こうでは、30人以上の様々な国の料理人たちが、
統率のとれた動きで、きびきびと働いていました。
僕は今日からこの30人の中で働きます。



つづく


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by le-tomo | 2008-02-04 03:27 | 僕の料理人の道 81~90章

~第84章 風になびく洗濯物~  <僕の料理人の道>

まばゆいばかりの太陽。
僕が足を踏み入れたこの地は、さんさんと降り注ぐ太陽の光で照らされ、
石の色、土の色、人の色、全てがはっきりと見えます。

約束の1日前に僕はニースに着きました。
ムーラン・ド・ムージャンはカンヌからバスで10分ほど
山の方へ登ったところ、ムージャン村にあります。
ニースからカンヌまでは電車で30分ほどです。

ニースで1泊することにした僕は、安ホテルを探して、荷物を置き、
早速ニースの町をぶらっと散歩することにしました。
観光客らしき人が多いこの都会の町のメインストリートには、
たくさんの人々でにぎわっていました。
そして有名な海岸沿いの道、プロムナード・デ・ザングレ。
目の前に広がる真っ青な海に目を奪われながら、
僕は海岸へ降りてみました。
足元は砂ではなく小さな砂利。
そう、ここニースの海岸は砂浜ではなく玉砂利の海岸です。

この海岸から少し奥に入ったところに旧市街があります。
この旧市街は、今まで歩いてきた街並み、高級リゾートといった感じは全くなく、
迷路のように細い路地だらけで、上を見上げると洗濯物が風になびき、
生活をしている人の笑顔であふれている庶民的な風景でした。
僕はこの旧市街で、庶民の人々と同じように食事をとることにしました。
ニース名物、野菜の煮込みラタトゥイユ、ニース風サラダ、
ヒヨコ豆をひいた粉で作ったクレープのようなソッカ、
地中海の魚介のエキスがたっぷり入ったスープ・ド・ポワソンなどなど。
みんな、楽しそうに食事をしながらわいわい騒いでいます。
この辺のお店のテーブルはどこも路地にはみ出しています。
というより、ほとんど外にテーブルがあります。
お洒落に言えば、オープンテラスといったところでしょうか。
そうこうしているうちに辺りはすっかり暗くなってきました。
さっきまで風になびいていた洗濯物はいつの間にかとりこまれていました。

明日、いよいよカンヌ。
太陽の料理、ロジェ・ベルジェ氏がオーナーシェフの
ムーラン・ド・ムージャンに向かいます。
少し興奮気味の夜をニースでむかえました。


つづく


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by le-tomo | 2008-01-25 13:55 | 僕の料理人の道 81~90章

~第83章 カフェオレとクロックムッシュー~  <僕の料理人の道>

TGV(新幹線)に乗って、ブルターニュ最大の駅、
サンブリユーからパリにまずは向かいます。
そういえば、数ヶ月前、初めてブルターニュの地に足を踏み入れ、
期待とともに向かった2ツ星のレストランで門前払いをくらい、
途方とともに、同じサンブリユー駅からパリに向かったなぁ、と
あのときの絶望感を思い出しながらも、
今回は期待を胸にパリに向かっている自分がいる、この状況を、
なんとなく不思議だと思いながら、2時間ちょっとの旅を楽しんでいました。

パリに着くと、
なんとなく懐かしい風景が目に入り、
やはり、フランスの首都はパリなんだとしみじみ感じました。

田舎と違って、都のパリには様々な人種が入り混じり、
話す言葉はフランス語だけれども、
肌の色はみんなそれぞれ。
それでも、フランス的な感じを漂わせるパリは、やはりフランスの中心地。

フランスに来る前は、パリは観光客がブランドのバックを買いに来るためにあるようなものだ、
と勝手に決めつけ、意図的にパリを避けて、修行の旅を続けてきた。
ひょんなことからパリに滞在せざるおえなくなり、そのとき初めて僕は、
パリの魅力を知った。

パリの16区、パーシーに住んでいたあの頃が懐かしい。


パリで一泊して、明日はカンヌへ向かう。
憧れのレストラン、ル・ムーラン・ド・ムージャンへ。


パリでの一泊、出来るだけ安い宿を探し、
一泊100フラン(2,000円)のシャワー付き、共同トイレのぼろホテルを見つけ、
荷物を置いて、昔通った生演奏を聞かせてくれるビストロ“シェ・ドリス”に一人で向かいました。
僕のお気に入りのアコーディオニスト、ダニエル・コラン氏の演奏は無かったものの、
シャンソンを聴きながらの贅沢なディナーを、僕は楽しみました。
あと、数ヵ月後には僕は日本へ帰国する予定です。
そう思うとなんだか寂しくもなりました。

明日にはカンヌへ。
僕にはまだフランスでやるべきことがあります。
カンヌの、いや世界的に一流なレストランでの最後の修行が。
ジャック・ギヨーシェフが僕にくれた、最高のプレゼントが待っています。

翌朝、早朝。
僕はパリの街中を1時間ほど散歩して、目に留まったカフェで朝食をとりました。
カフェオレとクロック・ムッシュー。
そうして、僕は再びTGVに乗り、カンヌへ、
フランス最後の修行先、ル・ムーラン・ド・ムージャンへ向かいました。


つづく


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by le-tomo | 2008-01-10 02:52 | 僕の料理人の道 81~90章

~第82章 カンヌへ~  <僕の料理人の道>

「すごいじゃないか、トモ。ムーラン・ド・ムージャンなんて。
きっと勉強になるよ。素晴らしいレストランだ。」

ディディエが僕の部屋へいつものようにビールをもって遊びに来ました。
「俺の兄貴も、カンヌのマジェスティックホテルのメインダイニングでソムリエをしてるんだ。」
「いつか、兄貴と一緒にコートダジュールでレストランを開きたいと思ってる。」

ディディエはパティシエですが、料理もかなりの腕前でした。
そんなディディエはお兄さんとデザート中心のレストランを開きのは夢で、
その構想を僕に話してくれました。

「トモ、頑張れよ。いつか、日本へ行くから。トモのレストランへ。」



ブルターニュ、最後の夜。
仕事が終わると、シェフがシャンパンを開けてくれて、
全員で僕の新たな出発を祝ってくれました。

このブルターニュの内陸にある、ミュール・ド・ブルターニュ村でも、
素晴らしい仲間と出会う事ができました。
翌朝、僕がカンヌへ出発する日、仕込みで忙しい手を止めて、
みんなで見送ってくれました。

駅まで車で送ってくれたのは、
なんと、隣の肉屋さんのご主人です。
いつもまかないの肉を買いに行くお店です。

みんなに見送られながら、
フランス最後の修行の地、カンヌへ向かいました。

フランスへ来てから、もう3年が経とうとしていました。
いまだに僕はスーツケース1つで旅しています。
3年前と何も変わらず。

つづく



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by le-tomo | 2007-12-28 12:44 | 僕の料理人の道 81~90章

~第81章 ル・ムーラン・ド・ムージャン~  <僕の料理人の道>

あれから何日かが過ぎましたが、僕はいつもどおりにストーブ(ガスレンジ)前に立って
オーダーをこなしながら、見習いスタッフに指示を出し、
料理を仕上げるギヨーシェフを隣にして、
あと残りわずかであろうグランメゾンでの仕事に集中していました。

ランチタイムがいつものように終わり、みんなが休憩にはいったとき
ギヨーシェフが僕を調理場の片隅に呼びました。
多分、ここにいつまでいれるかという話しだろうと思っていました。
11月には日本に帰らなければいけないので、10月一杯、ぎりぎりまでいようと思っていました。
ギヨーシェフはいつものように、僕の目をじっと見てしゃべり始めました。
「トモの今後のことだが...」

僕は思っていたとおりの話なのですぐに答えました。
「はい。僕はぎりぎりまでここにいます。10月31日まで大丈夫です。」
ギヨーシェフは、さらに僕の目を強く見つめてこう言いました。


「いや、トモは今月一杯でやめてもらう。」
“えっ!そんな...” 驚きました。
声になりませんでした。僕を必要としてくれていたはずだったのでは...。
代わりが見つかったのだろうか。そうだよな、僕の都合でやめるといったんだからなぁ。



ギヨーシェフは話を続けました。
「来月からカンヌへ行きなさい。
ル・ムージャン・ド・ムージャンのシェフにトモのことは私が話しておいた。
あと少し、そこで勉強しなさい。私がトモへ出来ることは今はこれだけだ。
きっと、勉強になるだろう。日本に帰っていいシェフになりなさい。」


さらに、僕は驚きました。
ギヨーシェフが僕の為に用意してくれた、フランス最後の修行の場所。
コート・ダジュール、カンヌ近郊、ムージャン村にある世界的有名なレストラン
<ル・ムーラン・ド・ムージャン>
オーナーシェフはロジェ・ベルジェ氏。
イヴ・サン・ローラン、クリスチャン・ディオール、カトリーヌ・ドヌーヴ、
ピカソ、ジャン・コクトーなど著名人が訪れた超一流老舗レストラン。
今でもハリウッドスターや世界のセレブが集う高級レストランです。
*現在はアラン・オルカ氏がオーナーシェフ


「ありがとうございます。ムッシュー・ギヨー」
頭は真っ白でしたがかろうじて感謝の言葉を声にできたといった感じでしょうか。
心の底からギヨーシェフに感謝しました。
ムーラン・ド・ムージャンで働けることも嬉しかったのですが、
何より、ギヨーシェフがそこまで僕のことを思ってくれていたことが本当に嬉しかったのです。
この感謝の気持ちを表すのに、僕は、日本人のくせで深々と頭を下げました。
フランスでは通用しないことはわかっていますが、
僕にはこれが精一杯の感謝の気持ちを表す方法でした。

そんな僕の姿を見て、ギヨーシェフは、
「私が一緒に働いた日本人の中でトモが最高のキュイジニエ(料理人)だよ。
次は、日本に帰って最高のシェフ(料理長)になってくれよ。」
と言って、僕の肩をたたき、調理場を出て行きました。


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        <ジャック・ギヨーシェフと>


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-12-02 22:33 | 僕の料理人の道 81~90章
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東京のエルコーポレーションと福井のマイナーリバーズの2つの会社を経営し、エルブランシュのオーナーシェフをしています。


by le-tomo
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