料理人の休日

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カテゴリ:僕の料理人の道 71~80章( 10 )

~第80章 僕なら出来る~  <僕の料理人の道>

「何を迷ってるんだい?東京のレストランでシェフの話だろ?
いい話じゃないか。怖がることなんかない。トモなら出来るよ。」

ギヨーシェフは僕の目をじっと見つめたまま、
一瞬たりとも目を離しませんでした。

「別に怖いわけじゃないんです。ただもう少しフランスで働きたくて。」
ギヨーシェフは僕が臆病風に吹かれていることを簡単に見抜きました。
僕は必死に否定しましたが、彼は全く僕の否定する言葉を信じる様子はありませんでした。

さらにギヨーシェフは、
「だったらもう少しフランスで働いて、それから東京のレストランのシェフになればいい。」

そんな都合のいい話はない、と思いました。
でも、ギヨーシェフはとりあえず頼んでみなさい。
だめならそのとき考えればいい、と。

ギヨーシェフの言うとおり、とりあえずもう少し待ってもらえないか、
東京のオーナーに電話で頼んでみました。
一年とは言わないがあと数ヶ月待ってもらえないかと。
電話の向こうで彼女(オーナー)は、
「分かりました。でもなるべく早く来てください。遅くても11月までには。」
なんとかお願いを聞いてくれましたが、もう7月です。
そう何ヶ月もありません。

それから彼女は僕に、
「あなたはウェディングはやったことありますか?
うちは年間100組くらいのウェディングパーティーがありますが、出来ますか?
1回に約60~80名くらいですが。」

「えっ!」
僕はそのときウェディング(披露宴)パーティーの料理など経験がありませんでした。
でも、思い切って、
「経験はありませんが、出来ます。」
と答えました。
ギヨーシェフの「トモなら出来るよ。」
という言葉が僕の背中を押してくれたのです。

“やるしかない”
“ここまできたら出来ないなんて言えない。やるしかないんだ。”

電話を切った後、不安はありませんでした。
きっぱり「出来ます」と言い切った後、なぜか不安は消えてました。

翌日、早速ギヨーシェフに報告しました。
待ってもらえたが11月には日本に帰らなければならないことを。
ギヨーシェフは、僕の顔を見上げながら、
「分かった。後は任せなさい。」

「???」
何を「任せなさい」なのだろう?
僕がやめた後のことだろうか?
多分、そうだろうな。
あまり深くは考えず、聞き流しました。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-11-20 04:10 | 僕の料理人の道 71~80章

~第79章 大きな分かれ道~  <僕の料理人の道>

電話を切った後、彼女の話を聞いて、
僕は冷静に自分の本心を探り、とるべき道を考えました。

本当は怖くて、この話を断ろうとしているのではないか...
もし、そうであれば、そんな後ろむきな考えで引き下がるのはだめだ。
前へ進まなければ...。
でも、今、日本に帰ることが本当に自分の為なのか。
もっと、フランスにいるべきでは。


どっらが正解なんてことはないと思います。
僕が、どちらかの道を選択して、
決めたならその道を信じて進むべきでしょう。

どっちが、僕が成長するための道か。
どっちが、苦難な道か。

そう考えているうちに自然と僕のとるべき道が見えてきました。
いずれ、日本に帰ることは決めていました。
期待され、帰国して、東京の大きなフレンチレストランでシェフを任され、
この大任を果たさなければならないほうが僕にとって成長の道であり、
苦難の道だと思いました。
そしてこれはチャンスだと思いました。


ただ、明日にでも帰国というわけにはいきません。
ここ、オーベルジュ・グランメゾンでも、僕は大任を任されている身ですから。
とりあえず、この話をギヨー氏に相談することにしました。

翌日の休憩時間にギヨーシェフの部屋に行き、このことを相談しました。
東京のレストランのオーナーから、シェフのオファーがあり、
断ろうと思っているのだが、オーナーの話を聞いて迷っている、
ということを。

ギヨーシェフは椅子に座ったまま、僕をじっとみつめたまま、
僕の話を聞いていました。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-11-17 13:30 | 僕の料理人の道 71~80章

~第78章 日本からの手紙~  <僕の料理人の道>

スー・シェフを任されてから数ヶ月...
みんなに助けられながらも順調に役目を果たし、
悩むことも失敗もありましたが、充実した日々を過ごしていました。

そんな時、一通の手紙が日本から届きました。
その手紙は東京の、あるフレンチレストランのオーナーだという方から。

内容は、当レストランの料理長になってもらえないか、というスカウトでした。
突然日本から、フランスにいる僕のことを知り、スカウトするなんて事はありえません。
実は数週間前に、友人に連絡をとったら、
都内のレストランでマネージャーをしてるとの事でした。
そのときに、
「もうすぐシェフがやめるんだけど、小川さぁ、帰ってきて、うちのシェフやってみない?」
と誘われたのです。

その時は、まだフランスにいるつもりだからすぐには無理だ、と答えました。
それから、しばらくして、この手紙が届いたのです。
オーナーの思いが書かれている手紙1通とレストランの資料が分厚い封筒に入っていました。
このレストランは、80席以上ある大型レストランでした。
場所は品川区。
大きな複合ビルの一角にあるフレンチレストランです。

僕がこんな大きなレストランのシェフに?
しかも、東京の。

“いやいや、僕はまだフランスに残るんだからダメだ。この話は断ろう。”
実は少しひるんだのかも知れません。
期待の大きさに。
このとき初めて、フランスで修行した者への期待が大きいことを知り、
そのプレッシャーに躊躇しました。

数日後、手紙の主であるレストランのオーナーに国際電話をしました。
僕を誘っていただいたお礼と、
今回の話は申し訳ないがお断りする旨を伝えるために。
電話の向こうで受付からオーナーに受話器が渡されました。
このレストランのオーナーは女性でした。

簡単な挨拶を交わした後、彼女は自分の思いと僕への期待を話し始めました。
10分ほど話したでしょうか。
僕はただ話を聞くだけで電話を切りました。

伝えるはずのことを何一つ伝えられずに...。



つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-11-12 02:47 | 僕の料理人の道 71~80章

~第77章 僕の下手なフランス語~  <僕の料理人の道>

スーシェフ初日。

いつもと変わらない朝でした。

いつものように仕込みをして、いつものようにランチの営業が始まりました。
ただ一つ違うのは、僕がストーブ(ガスレンジ)の前に立って、
みんなに指示を出さなければいけないことでした。

当たり前ですが、フランス語で。
僕の下手なフランス語でです。

でも、やると決めたら、下手なフランス語であろうが、
発音がおかしかろうが、
声を張り上げて精一杯叫びました。

「鳩より先に仔牛だ!仔牛を用意しろ!違う、このソースじゃない、こっちを火にかけろ!
塩が足りない、もっとしっかり塩をして!」

途中で何を言ってるのかわからなくなったり、
一瞬、頭が真っ白になったりも...

ディディエはパティシエルームからいつも僕の様子を伺って、
僕が伝え切れなかったことをうまくフォローしてくれました。
そして、誰一人、僕のおかしな発音のフランス語を笑う者はいませんでした。

みんなが協力してくれて、無事スーシェフ初日が終わろうとしていました。
そのときの最後の料理は「仔鳩のロースト、サルミソース」でした。
今でも覚えています。

メインの料理をすべて出し終えると、僕はすぐにパティシエルームへ向かい、
ディディエの手伝いをしました。
助けてくれた恩返しというわけではないのですが、
僕もデザートを勉強したかったので、出来る限り彼の手伝いをしました。

こうして、
次の日も、その次の日も、
みんなに助けられて僕は前へ前へ進むことが出来たのです。

僕に能力があったのではなく、
みんなが僕を信じてくれたからこそ、
お客様に最高の料理を提供し続けることが出来たんだなぁと、つくづく思います。

僕は、フランスでの仕事が楽しくて仕方がありませんでした。
いつか日本へは帰ることを決心していましたが、
そのときは楽しくて仕方がありませんでした。
僕は確実に、一流というものに向かって前進している実感がありました。
それには、反面、もう後には戻れないというプレッシャーもありました。
その後、日本に帰国する時がきますが、
フランス帰りという重いプレッシャーを背負って帰らなければなりません。
フランス帰りとは、
当然、フランス料理を、フランスの一流シェフと同じように作れる料理人であるはず、
ということです。
腕のいい料理人でなければいけないのです。
それでいて当たり前だと思われるということです。


その時、僕はそこまで気がついていませんでした。


つづく



*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-10-31 02:23 | 僕の料理人の道 71~80章

~第76章 スーシェフ~  <僕の料理人の道>

レストランの入り口を入ると受付があり、
そこにはいつもにこやかな美人のマダムがお客様を出迎えてくれます。
その後ろに待合室があり、さらに奥に事務所を兼ねたシェフの部屋があります。
SUSIをまかないで作った翌日、僕はシェフの部屋を訪れました。

「シェフ、すいません。この前いただいた、5年間の契約はお断りします。
もうしばらくフランスで勉強したら日本へ帰ろうと思います。」

僕は自分の決心を話しました。
せっかく、僕を認めてくれている、シェフの申し出を断るのが申し訳なく、
僕はシェフの目を見続けることが出来ませんでした。
思わず下を向いてしまいました。

「そうか...。わかったよ、トモ。」
「でも、もうしばらくはここにいてくれるんだろ?」
シェフは一瞬悲しそうな目をしましたが、
僕の目をしっかり見ていました。
「今週一杯でスーシェフのミカエルが辞めるから、
来週からはトモがミカエルの代わりを務めてくれ。」


「えっ...!  もちろんです。ありがとうございます。」
それでも、シェフは僕にスーシェフのチャンスをくれました。





2年前、僕がフランスへ来たときには考えられないことでした。
ただ呆然と厨房の隅に立って、何も出来ずに見ていただけのあの頃からは...。
スーシェフといえば2番手です。
ソースを仕上げる重要な仕事はもちろん、
なにより厨房を仕切らなければいけません。
10数人のフランス人しかいないこの厨房を。


アパートに帰るとディディエがいつものように
ぬるい缶ビールを2本持って僕の部屋に来ました。

「トモ、聞いたよ。断ったんだって。」
缶ビールを僕の目の前のテーブルに1本置き、
僕がそのビールを手に取る前に、彼はもう1本のビールを飲み始めました。

「うん、断った。でも、もうしばらくはここにいるよ。」

「スーシェフになるんだろ。」
彼の顔はにこやかででした。

「そうなんだ。僕に出来るだろうか。」
と、言いつつも、出来るような気が僕はしていました。

「大丈夫。俺がサポートするから。頑張れよ。」
それでも、彼の言葉は僕には心強く感じました。


僕がスーシェフの仕事を出来るような気がしていたのは、
ディディエがいるからだったのかもしれません。
彼は、いつも僕のことを気にかけて助けてくれていました。


ミカエルが最後の日、
彼が去る前に僕にかけた言葉は、

「トモ、前に進め。」

彼の言うとおり、僕は前に進まなければいけません。
みんなが応援してくれ、支えてくれているのですから。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-10-14 11:10 | 僕の料理人の道 71~80章

~第75章 僕はフランス人じゃなかった~  <僕の料理人の道>

そしてフォーク。

いや、フォークは別に驚くほどではありません。
僕が一番驚いたのは、テーブルの中央に細長く横たわっているバゲット(フランスパン)です。

お寿司をたべるのにバゲットなんて絶対無理です。
そのことをみんなに言うと、
「ここはフランスだから、当然バゲットは要るよ。」
とのことで、みんな当たり前のようにバゲットが置いてあることを受け入れていました。

“しょうがないか、ここはフランスだし。一緒に食べてみれば寿司と合わないことがわかるだろう。」

みんなが席に着き、僕もいつもの席に着きました。
「ボナペティ!」
僕が握った、見よう見まねのうそっぽいSUSI。
でも我ながらそこそこの出来です。形は一人前の寿司の形をしていました。

食事が始まると、全員がSUSIを食べながらバゲットを口に運びます。
“うそだろ”
美味しいわけがないはずです。寿司とパンなんて...。
それでもみんな初めてのお寿司を恐る恐る口に入れ、次にバゲットを美味しそうに食べます。

ブルターニュ人は魚介になれているせいか、あまり抵抗なくSUSIを食べ、そしてバゲットも一緒に食べてました。
驚きました。というか、ショックでした。
お寿司とバゲット...。
そんなばかな。

その時、僕は、やはりフランス人ではないことを実感しました。
“僕はフランス人じゃない。フランス人にはなれない。”
僕がフランス人であるはずはもちろんありませんが、あまりにも違う感覚に、僕は呆然としました。
これが文化の違いというか習慣の違いというものでしょうか。
もう、僕は2年以上フランスで生活しています。
フランスの生活には慣れ、今は楽しんでいるくらいです。
この光景を目の当たりにして、何かがふっ切れました。
迷いが消えました。

“ブルターニュに、いやこのままフランスに残るのはやめよう。いつか日本に帰ろう。”

“僕はフランス人じゃなかった...。”




つづく


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by le-tomo | 2007-09-19 13:18 | 僕の料理人の道 71~80章

~第74章 SUSI~  <僕の料理人の道>

「ありがとうございます、シェフ、マダム。とても楽しかったです。」
別れ際にお礼をいうと、シェフは、
「そうか、そうか。それはよかった。」
ギヨーシェフが僕を見つめる目は、どこか悲しくも優しくも感じられました。
“返事を待ってる”
僕にはそんな風にも見えました。

“5年間の雇用契約。5年間ブルターニュに残る”

僕はまだ迷っていました。
あの時、ラ・ボールの美しい海岸を見たときは残ろうかと思いました。
...が、やはり迷っていました。




翌日...

僕はギヨーシェフと普通に挨拶をし、彼も何もなかったように振舞っていました。
まるでラ・ボールでの衝撃的な告白は夢だったかのように。

その日の夜、
ディディエが部屋にやってきました。
生ぬるいビールを2本持って。
そのうちの1本を僕に差し出し、
「シェフから聞いただろ?」
と、おもむろに話しかけてきました。

「えっ!」
僕が驚くと、彼はシェフからもっと前に話を聞いていたといいました。
当然です、こんな大事な話。
ディディエはもう5年近くもギヨーシェフの右腕として、
オーベルジュ・グランメゾンのシェフ・パティシエとして務めてきたのですから。

「どうするんだ、トモ?残るのか、ここに。
このことを知っているのは多分、俺とトモだけだよ。
シェフから最後まで見届けてくれと頼まれた。
俺はまだ残るよ。最後まで見届けれるかどうかはわからないけど。」

「ああ...。わからない。」
僕の返事はあいまいでした。

「そうか、慌てることないさ。ゆっくり考えればいいよ。
トモは自分のいいようにすればいいよ。」


「そうだね。」
“なぜ、僕は迷ってるんだろう...”


ディディエは話題を変え、
「そうだ、トモ、SUSIを作ってくれよ。日本のSUSIを!」

「いいけど。」
とは言ったものの、もちろん僕は寿司など握ったことはありません。
でも、父親が寿司職人だったこともあり、握っている姿は何度か見ていました。
“なんとかなる”

最後に残ったビールを2人で一気に飲み干し、
寿司をまかないで作ることをまず、シェフから許可をもらい、
来週中に、僕が寿司を握ることに決め、
お互いベットに向かいました。




次の日、早速シェフにこの話をすると、
ギヨーシェフは快くOKの返事をくれ、ネタの発注をディディエと計画しました。

準備が整い、僕がフランスで日本を代表して寿司を握る日がやってきました。
寿司酢は日本から送ってもらい、ネタはすべてブルターニュ産でそろえました。

ヒラメ、タイ、スズキ...
玉子も焼きました。

チューブの山葵を日本から送ってもらったのですが、
それを見た見習いの子が「これは何?」と
僕に尋ねたので、
「日本のグリーンマスタード」
と答えると、
彼は指の上に少し山葵を絞り出し、ペロッとなめました。
次の瞬間...

彼は鼻を押さえてのたうちまわりました。
当然ですが。

それを見てみんな山葵は勘弁、ということになったので
仕方なく、サビ抜きのSUSIを握り各皿に盛りました。
みんな、初めて見るSUSIを食い入るように見つめていました。

そして、みんなが席に着いたとき、
僕は驚く光景を目にしたのです。

お皿に盛られたSUSI、小皿に入れた醤油、脇には割り箸。

そして...。
ここはやはりフランスでした。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-09-10 17:16 | 僕の料理人の道 71~80章

~第73章 人々を幸せにする料理~  <僕の料理人の道>

ブルターニュの太陽は、南仏のようにぎらぎらとまぶしくはなく、
穏やかで優しい光で全体を覆っているような感じです。
そんな優しい朝日で目が覚め、再び海岸に向かいました。
昼食をとってから帰るとのことだったので少し時間があったのです。

昨日と同じ海岸を、どこまでも続く白い砂浜を歩き、
その後、街に向かいました。

海や魚や貝をテーマにしたお土産を売っているお店がほとんどでしたが、
その中で青い看板の本屋さんを見つけました。
その土地土地で地方料理がありますが、
ここブルターニュの地方料理を紹介している本がないかと、
その本屋さんに入りました。

たくさんの、ブルターニュ料理を紹介した本があり、
そのほとんどがやはり魚介料理でした。
その中で、水色のきれいなハードカバーの本が目につきました。

タイトルは
「La cuisine du bien-etre (キュイジーヌ・デュ・ビアンネートル)」

“ビアンネートル?”
僕にはこの意味がわかりませんでしたが、
きれいな本だったのと
bien-etreという言葉に魅かれて思わず買ってしまいました。

早速、帰ってギヨーシェフにこの本のタイトルの意味を聞きました。
「人々を幸せにする料理ということだよ。」
と僕に教えてくれました。
僕はますます、この本のタイトル「La cuisine du bien-etre」という言葉を
好きになりました。

この本は、有名なミネラルウォーターのエヴィアンが経営する
ル・ドメーヌ・デュ・ロワイヤルクラブ・エヴィアンというホテルが著者で
そのレストランのレシピが100種類のっています。
どれもこれも身体に優しそうな料理です。

この本に書いてあるレシピも素晴らしいのですが、
僕は何より「La cuisin du bien-etre」という言葉に
魅かれたのでした。
(後に、僕はこの言葉をテーマに料理を作るようになります。)

ギヨーシェフの友人のレストランでみんなで昼食をとり、
たらふく海の幸を堪能してから
ギヨーシェフの夢の詰まったレストランのある
ミュール・ド・ブルターニュに帰りました。

ギヨーシェフはあれから、
マダムの前では病気の話や今後のことなど全く話しませんでした。
僕も何も聞けないままレストランに着きました。

車を降りたとき、僕の手には
小さなバック一つと、水色のハードカバーの本が1冊、
しっかりと握りしめられていました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-09-10 14:46 | 僕の料理人の道 71~80章

~第72章 このままブルターニュに~  <僕の料理人の道>

しばらくの時間海を眺め、再び歩き出して数分後、
店頭で生牡蠣を並べている一軒のシーフード料理専門店が僕の目に留まりました。
このあたりでシーフード料理店なんて別に珍しくもないのですが、
僕が気になったのは、店頭に並んでいる数種類の牡蠣の中にあった
エメラルドグリーンの牡蠣です。

“こんな牡蠣見たこともない”

なんと、牡蠣の身のはらわたの部分が綺麗なエメラルドグリーン色をしているのです。
僕は引き込まれるようにこのお店に入って、このエメラルドグリーン色の牡蠣を
1ダース頼みました。

“すごいなブルターニュは。こんな牡蠣があるなんて。”
僕はますます、ブルターニュが好きになりました。

どこまでも続く白い砂浜、
とびっきり美味しい魚介類、
そして、今、目の前にある綺麗なエメラルドグリーンの生牡蠣。

まだまだ、あります。
りんごから作るほのかに甘い発泡酒のシードル、
誰もが大好きなクレープとそば粉のガレット。

フランスなのにフランスとはちょっと異国の雰囲気をもった
独自の文化をもつブルターニュ。

1ダースもある生牡蠣をものの5分ほどでたいらげ、僕は店を出ました。


“生牡蠣にシードルで作ったジュレを合わせたら美味しいだろうなぁ。”
この時、頭をよぎったのはこんな料理でした。
僕はいつのまにか、ブルターニュ料理を考えていました。


夜、ベットに入り眠りにつくまでの間、これからのブルターニュでの生活を考えました。
まるで、ブルターニュに残ることを決めたかのように...。



つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-08-30 02:49 | 僕の料理人の道 71~80章

~ 第71章 どこまでも続く白い砂浜 ~  <僕の料理人の道>

「実は...、私は病気なんだ。」

「そんなに長くは働けない。5年以内に引退するつもりだ。トモ、私の右腕になってくれないか。そして、トモが希望するなら、オーベルジュ・グランメゾンを引き継いでくれないか。」


「....。」
僕は言葉をなくしました。


ギヨー氏の夢を託したレストラン。
グランメゾンを目指し、レストラン名にグランメゾンとそのままつけました。
妻を愛し、家族を愛し、メニューにもマダムの名前がついているミルフイユがありました。
Maitre-Cuisinier de France(メートル・キュイジニエ・ド・フランス)の会長も務め彼は若い料理人の育成にも積極的に励んできました。
ブルターニュ料理の伝承も、彼の使命の一つでした。
そして、レジオンドヌールという勲章も国から授かるほどの料理人でした。

そんな、彼の弱気な姿を目の前にして僕は返事にためらいました。
僕にとってこの話がいい話かどうかなんて、そのときは考えられませんでした。


言葉をなくした僕に、彼は言いました。

「私の夢を託すなんて重荷を与えるつもりはないんだよ。ただ、しばらくトモと一緒に働きたいと思ったんだよ。気にしないでくれ。」

「もし、トモがブルターニュにこのまま残るなら、この海岸を、白い砂浜をいつでも見ることが出来る。私は引退したら、妻と一緒にこの海岸を毎日見ながら余生を過ごすつもりだ。素晴らしいだろ、こんなに美しい海岸が毎日見れて。」



「ありがとうございます。」
僕は、力のない声で、あまり意味のない言葉を彼に返しただけでした。
僕には迷いがありました。
どうすればいいのか...。



マダムが買い物から帰ってきて、僕は一人で海岸に行きました。

ギヨー氏が愛するマダムのために用意した海岸。
僕はその海岸を一人で歩きながら考えました。
このままブルターニュに残るべきか、それとも...


いつまでも、どこまでも続く海岸を歩いていると、あまりの美しさに心が惹かれ、
“このままブルターニュに残ろうか”
と思うようになってきました。



つづく


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by le-tomo | 2007-08-28 00:03 | 僕の料理人の道 71~80章
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オーナーシェフとしてのいろいろ。


by le-tomo
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