料理人の休日

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カテゴリ:僕の料理人の道 51~60章( 10 )

~ 第60章 芸術の都、パリ ~  <僕の料理人の道>

パリに向かう電車の中、前にもこんな気持ちで電車に揺られたことがあったことを思い出しました。ブルゴーニュ地方のレストラン「オーベルジュ・ド・ラトル」を突然やめなければならなくなり、プロヴァンスの「マス・ド・キュル・ブルス」のポマレード夫妻の元へ一旦戻る道のりのことを。

“一体どうなってんだ”

僕は確かに、OKの返事をもらってました。電車の中。その手紙を読み直しましたが、やはりOKの返事でした。
フランスでは、雇い入れの手紙をもらっていても、約束の日までに別の日本人を雇ってしまうという例は結構あるようでした。本当にいい加減なものです。

運がないなぁ、としょぼくれながらパリに着くと友人の家に再び転がり込みました。
そして、友人の日本人と香港人のジャーナリストの女性との3人の生活が始まったのです。3部屋あったのですが、僕と友人は一つの部屋を2人で使いました。お金がなかったので、少しでも節約しようと、大家さんに相談して格安で一部屋を使わせてもらいました。確か一ヶ月90フラン(約18,000円)だったと思います。まだ新しく綺麗なマンションでパリの中心地までもRER(高速地下鉄)にのって20分くらいでした。

香港の女性ジャーナリストはほとんど部屋にはいなく毎日夜遅くに帰ってきていました。仕事が忙しそうでした。同じアジア人なのに変ですが、共通の言葉はフランス語です。

すぐにこの生活には慣れましたが、毎日なにもやることがありません。失業中ですから。ただ、レストランへの手紙は書き続けていました。友人も同じく無職で次のレストランを探しているところです。

宛てもなくパリをぶらついたり、映画をみたり、美術館に行ったりと、一見優雅に見える生活ですが、内心ハラハラものでした。このまま無職が続けばお金がなくなってしまいます。貯金が底を突くまで、そう時間はかからなそうでした。

彼の友人の音楽家のたまごが近くのマンションに女性3人で住んでいました。彼女たちは、偶然日本人ばかり、このシェア型のマンションに入ったらしいです。
なんだか、こうして音楽家達と知り合うと、パリにいるんだなぁと実感してきました。パリは芸術の都ですからね。彼女達と知り合ってからは、よくシャンソンを聞きにいくようになりました。こうやって音楽にふれられたことも僕にはいい経験だったような気がします。日本にいたらこんな経験はできなかったでしょうから。

無職でやることがなくても、この時間を無駄にするのはもったいないですよね。
料理とは直接関係なくても、音楽に触れることもきっと自分を磨くことになるでしょう。

せっかくパリにいるのだから出来る限り芸術に触れるよう心がけました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-02-05 03:52 | 僕の料理人の道 51~60章

~第59章 雨の日が多いブルターニュ~  <僕の料理人の道>

日本で言うと大晦日の日に僕はパリに向かいました。
ブルゴーニュのレストランへ行くまで少し日にちがあったので、パリに住んでいる友人宅にしばらく居候することにしたのです。彼は僕と同郷で、フランスに料理の勉強に来てはや5年が経とうとしていました。彼はその時、4年間勤めたルーアンのレストランをやめて次の職場を探しているところでした。

パリからRER(高速地下鉄)にのって、ディズニーランド方面に向かう途中に彼の住んでいるマンションはありました。そこは3LDKの間取りに3人でルームシェアするタイプのもので、香港人の女性も一緒に住んでいたのです。それにはちょっと驚きました。国籍も、性別も関係なく誰が一緒に住むことになるのか分からないなんて日本ではちょっと考えられないですから。

2,3日そこで寝泊りして、僕はブルターニュのレストランに向かいました。
去年、アルザスから手紙を出してOKの返事をもらった2つ星のレストランです。
ブルターニュは海の幸の宝庫。多分、フランスで一番、魚介料理が豊かな地方でしょう。
プロヴァンスもブルゴーニュもアルザスもそれぞれに素晴らしかったのですが、海の幸をふんだんに使ったブルターニュ料理は、これから日本へ帰ったあともきっと役に立つと思ったのです。

僕は魚介料理が得意なブルターニュ地方に凄く興味がありました。
あと、ブルターニュといえば、クレープやシードルなども有名ですよね。

駅を降りスーツケースを引きずりながらレストランまで行きました。
エントランスで受付の女性に、去年もらったOKの手紙を渡し、説明しました。
5分ほどして、男の人が現れました。

「ボンジュール、ムッシュー。今日からお世話になります日本人のオガワトモヒロといいます。」

と挨拶をすると、彼は思いがけないことを僕に言いました。

「悪いが、あなたはここでは働けないよ。ちょっといろいろあって雇えなくなった。帰ってくれ。」

僕の頭の中は真っ白です。
何!?何が起こったの!?

「えっ!雇い入れるという返事の手紙を頂いています。お願いします。他に行くところがないんです。」

必死に食い下がりましたがダメでした。

僕はその日から働くはずのレストランから追い出され、ドアを閉められた後もしばらく呆然と立ちすくんでいました。

どうしよう...

後ろを振り返り、とりあえず駅のほうに向かうと電話ボックスが見えました。

“とりあえず彼に電話しよう”

昨日まで居候させてもらった友人に電話しました。

彼は僕を心配してくれて、快く迎え入れてくれました。
再度、今来た旅路を憂鬱な気持ちで戻ることになったのです。
来るときは晴れていた空が曇りだして、今にも雨がふりそうです。
ブルターニュ地方はフランスでも雨の日が多い地方でした。

つづく



*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-01-27 01:35 | 僕の料理人の道 51~60章

~第58章 忘年会~  <僕の料理人の道>

12月30日、この日はランスブルグの忘年会です。
シェフの友人のレストランでこの忘年会は行なわれました。
夜8時スタート。この前のケータリングのときみたいにみんな、おのおのの車にのりドイツの国境沿いのレストランに向かいました。このレストランはミシュランで1つ星の評価を受けていて、目の前の川を渡ったらドイツに入ってしまうほどぎりぎりの国境添いにありました。
全員が席に着くと、このレストランのシェフが挨拶に来て、まずは乾杯酒がサービスされました。

もちろん、乾杯はアルザスのシャンパン「クレマン・ダルザス」です。

そして、料理が続々と運ばれ、みんな好き好きにおしゃべりをしながら食事を楽しみました。
この一年間にあったこと、来年のこと、料理のことなどそれぞれおしゃべりを楽しみました。すでに上下関係は全くなくなっていました。
16歳の見習いはシェフのクレイン氏とサッカーの試合のことで言い争っているくらいです。

辺りを見回すと、僕たち以外のお客さんが見当たりません。
どうやら、貸し切りらしいのです。

僕は明日パリに向かいます。このディナーがアルザス最後の夜です。
とにかく、みんなとおしゃべりを楽しみました。僕はそんなにフランス語は上手ではありませんが、この際、上手い下手は関係ありません。とにかく思うままにしゃべり続けました。そして笑い続けました。

いつの間にか11時を過ぎていました。乾杯してからすでに3時間を超えていたのです。いよいよデザートが出てきました。そしてコーヒーがサービスされランスブルグの忘年会も終盤かと思ったのですが、とんでもありません。
更にお酒が運ばれてきます。食後酒の時間です。

そして、運ばれてきたお酒は…

なんと「KRUG(クリュッグ)」のヴィンテージ。(年代物)
そうです。シャンパンが運ばれてきたのです。しかもフランス最高級のシャンパンです。
これには驚きました。
普通はブランデーやカルバドスなどのアルコールの強いお酒を食後酒として楽しむのです。

まだ、終わりません。
次は年代物の赤ワイン、「シャトー・ラフィット・ロートシルト」
ボルドーの一級ワインです。年代は忘れましたがかなり古いものでした。

食後酒として年代物のシャンパンや赤ワインを楽しむなんて聞いたこともなかったのです。

シェフ曰く
「食後にコニャックやアルマニャックもいいけど、やっぱり上質のシャンパンやワインが最高だろ」
との事でした。

こんな楽しみ方もいいなぁと感心していましたが、僕はすでにかなり酔っ払っていました。
わいわいガヤガヤと忘年会は楽しく進み、そろそろ終わりに近づいた頃、シェフ、クレイン氏が僕に1冊の本を渡しました。

「トモ、この本を読みなさい。」

この本は当時アルザスに3件ある3ツ星のレストランのうちの一つ「ビュルイーゼル」の本でした。ランスブルグはこの時2ツ星でしたが、この時クレイン氏は「近いうちに3ツ星を必ずとる」と僕に言いました。(1年後、ランスブルグは本当に3ツ星を取りました。)

僕はその時、クレイン氏に「僕も負けません」と言ったのを覚えています。
酔っ払っていたので気が大きくなっていたのでしょう。

忘年会が終わりレストランを出たときには朝の4時でした。

つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2007-01-12 22:01 | 僕の料理人の道 51~60章

~第57章 あと数日~  <僕の料理人の道> 

誰もいない、静まり返った広い店内で、2人だけのクリスマス。しかも男2人。
それでも、目の前に広がるご馳走と、飲みきれないほどのワインが僕達2人をワクワクさせ、たった2人でも充分すぎるほど楽しく幸せな気分になりました。
何より、シェフやマダムの気遣いが心に響き、あと少ししかない、僕のランスブルグでの時間がとても尊く思いました。

「もっといたい。」「また戻ってきたい。」

この1日で僕は強くそう思いました。実際には昨日から気持ちは盛り上がっていましたが。
この時、僕はこの気持ちがレストランのサービスにつながる大切な事だと思いました。
今までももちろん、それぞれのレストランのオーナーやシェフの心遣いや優しさに胸を打たれる事は多々ありましたが、このように意図的に仕掛けられて幸せを感じた事に、彼らのプロ意識を感じました。

レストランに来たお客様が、食事を終え、レストランを出るときに「また来たい。」「また、来よう。」と思う。そんなレストランを僕はいつか目指したいと思いました。それにはレストランで食事している間の2~3時間程度の間に、ちょっとしたワクワク感と小さな驚きや感動の連続を演出する事なのではと思いました。

さて、あれだけ用意された料理が見る見るうちになくなり、ワインも進んで上機嫌になっていました。ジョルジュに今後どうするのか聞いたところ、彼は来年、ドイツに戻り、親のレストランを手伝うと言っていました。そしてそのレストランを継いで、いつか星付きのレストランにするのが夢だそうです。そのために、ランスブルグに修行に来ているらしいのです。僕は、来年、ブルターニュの2つ星「ル・ブルターニュ」に行く事が決まってると話しました。そして、僕も負けじといつか日本に帰ったらシェフになって、何年か後には自分のレストランを持つことが夢だと話しました。2人で自分の夢について言いたい放題言い合って、べろべろに酔っ払って、気が付いたら12時をまわっていました。

「こんなクリスマスもあっていいよな。」
2階の部屋に向かう途中、彼は僕に言いました。
「もちろん、いいよ。楽しかったよ、ジョルジュ」

ヨーロッパではクリスマスの日は家族と過ごします。彼にとって友人と2人で過ごすクリスマスは今までになかったのでしょう。

あと数日…

あと数日ですが、僕はまだまだ目いっぱい学んで、次のステップへ上がります。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-12-23 01:57 | 僕の料理人の道 51~60章

~第56章 メリークリスマス~  <僕の料理人の道>

部屋から出てきたジョルジュもスーツに身を包んできちっとネクタイをしています。
僕と2人しかいないクリスマスディナーで外へ行くわけでもないのにちょっと変ですが、これも雰囲気作りです。昨晩、飲みながら2人でこうしようと決めたのです。

階段をおり、レストランに入ると、明かりがついていないので暗く、誰もいないので静かでした。電気をつけると、窓際の一番眺めのいい席に2人分のセッティングがされていました。きらきら光る澄んだグラスが並び、手垢一つない磨かれたナイフやフォークが整列していて、中央には引き込まれそうなくらい綺麗な飾り皿が優雅に置いてありました。そしてその飾り皿の中央に一輪のバラがひっそりと置いてあり、一枚のカードが添えてありました。

“Joyeux Noel”(メリークリスマス)

カードには手書きでそう書いてありました。

マダム役のシェフの妹、カティが用意してくれたものでした。
他のテーブルもセッティングはしていないものの、綺麗なテーブルクロスがきちんとしわを伸ばしてかけてあり、椅子もどれ一つ乱れずテーブルに納まっていました。

これが一流といわれるレストランの当たり前の気遣いなのか、シェフやカティ、2人の心意気なのか、とにかく僕は、最高のもてなしを受けようとしている、そんな緊張感すら感じました。そこにはジョルジュ以外、誰もいないのに。

…ただそこには、一流のレストランを作り上げ、一流と呼ばれる人たちのもてなしの思いがはっきりとありました。存在感を感じるくらいに…。

とりあえず調理場に向かい、人が入れるほど大きな、部屋のような冷蔵庫の中から、僕たちの為に用意されたご馳走を出してきて、温め始めました。前菜には牡蠣や帆立や海老などの魚介類の盛り合わせ。そしてオマール海老のボイル、シャポン(去勢鶏)のローストなど、食べきれないほどの量が用意されていました。

ジョルジュは冷やしてあったシャンパンやワインを用意し、グラスやお皿を用意していました。



さて、男2人のクリスマスディナーの始まりです。

まずはシャンパンで乾杯。
「メリークリスマス!」

そして、魚介がたっぷり盛ってあるお皿を目の前に、これから始まる、おそらく人生で最高のクリスマスの夜を迎えている事に僕は深く感動していました。


つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-12-02 01:18 | 僕の料理人の道 51~60章

~第55章 ガンプラ~  <僕の料理人の道>

さて、クリスマス当日がやってきました。
レストランには僕とジョルジュの二人だけです。静まり返るレストランの2階が僕達スタッフの寮になっています。

昨日はジョルジュと一緒に少し飲み過ぎました。
起きたらお昼の12時を回っていたのです。

僕が部屋をでるとジョルジュの気配は感じられず、多分まだ寝ているのだろうと物音を出来るだけ立てずに部屋でゴロゴロしていました。しばらくして2,3日前に日本にいる弟から届いた小包を手に取り、その箱を開けました。

「さて、作るか!」

この小包は弟が日本から送ってくれた「ガンダムのプラモデル」です。
クリスマスのプレゼントのつもりでしょうか。
フランスではプラモデルを見かけたことがありません。そもそもアニメ自体、日本のものがフランスでも大人気で、「ドラゴンボール」や「シティハンター」をよく見かけます。
フランスにいなくとも懐かしい、通称「ガンプラ」を手に取り僕は少し興奮気味に説明書を丁寧に見ながら、作り始めました。
約30分ほどで「ガンプラ」は出来上がり、結構あっけなかったと、小さい頃苦労して作っていたことを思い出しました。

そうしているうちにジョルジュが起きてきて、僕の部屋に寝ぼけたまま入ってきたのです。
僕が手にしているガンプラをみたジョルジュは、一気に目が覚めたように声を上げたのです。

「すげ~!何だこのロボットは?」

僕は彼があまりに驚いていたので得意げにガンダムの話を彼にしました。
彼は、いつかガンダムを見に日本へ来るとまで言っていました。

外は激寒なので、今日は、2人で決めたクリスマスディナーの時間まで、暖かい部屋の中でゆっくりと過ごしました。みんなは今頃、家族そろってクリスマスを楽しんでるだろうなぁ、とうらやましく思いながらも、シェフが用意してくれたディナーのおかげで僕たちにも楽しみがあることを、イエス・キリストに感謝しました。...アーメン。
いえいえ...シェフのクレイン氏に感謝しました。

さて、いよいよ約束したクリスマスディナーの時間が近づいてきました。
僕は出来るだけおめかししようと、持っている少ない服のから一着しかないスーツを引っ張りだしてきて着替えることにしました。もちろん、一本しか持ってないネクタイもしました。

7時5分前、ジョルジュの部屋をノックしました。


つづく

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by le-tomo | 2006-11-21 02:18 | 僕の料理人の道 51~60章

~第54章 イヴの夜~  <僕の料理人の道>

最後に僕がシェフルームから出てくると、そこにはもう、誰もいなく、ジョルジュが一人だけ僕を待っていました。

「聞いたか?シェフから」

ニヤニヤしながらジョルジュは僕に近づいてきました。

「ああ、明日の夜7時にテーブルを1つ予約してあるって?いったい何のこと?」

僕は今一、何のことか分からずジョルジュに意味を尋ねました。

「今日、シェフとミッシェルがいろいろ仕込んでただろ?あれはシェフが家に持って帰るものだけど俺達の分も一緒に仕込んでくれて、冷蔵庫においてあるんだって。明日、レストランの窓際のテーブルを1つ使っていいから、2人でクリスマスディナーを楽しめって言ってくれたんだよ。しかも、シャンパンとワインも用意してくれてるんだって。ソムリエにどれを飲んでいいか聞いておけって。ほら、聞いてこようぜ。」

僕とジョルジュは階段を降り、再びレストランに行きました。調理場からホールを覗くとお客様は見当たらず、サービスマンは後片付けをしていました。ソムリエを見つけ、早速、明日の僕達のワインの在りかを聞きだそうとしました。めがねをかけたソムリエはこっちへ来いといってワインセラーの前に僕達を連れて行き、飲んでいいワインを目の前に並べました。

1,2,3…全部で6本!
こんなに飲めないよ、と思いつつもありがたく頂戴し、ソムリエに礼を言ってさっさと2階に上がり、着替えて、さっきジョルジュと約束していたパブに2人で飲みに行きました。

やっぱりドイツ人ですね。ジョルジュのビールの飲みっぷりは素晴らしく、僕のようにちびちびした飲み方では美味くないと叱られ、明日の2人の、パーティーと呼ぶには寂しすぎるディナーを楽しみに、イヴを過ごしました。


つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-10-27 23:35 | 僕の料理人の道 51~60章

~ 第53章 明日はクリスマス ~  <僕の料理人の道>

ここで働くのも残りあと1週間足らず…。
なんだか寂しい気持ちもありましたが、今日はクリスマスイヴということもあって華やかな雰囲気だったので紛らわすことが出来ました。

そして、明日はクリスマス。
明日は休みなのにオマール海老や牡蠣、さらにシャポン(去勢鶏)までが届き、シェフとミッシェルはなにやら仕込みをしています。多分、明日、シェフが家族のためにホームパーティーでも開くのでしょう。ちょっとうらやましいです。

でも、明日は僕が一人ぼっちになることはなさそうです。実はドイツから来ているジョルジュも家には帰れず、2人でクリスマスを過ごすことになりました。男2人のクリスマスですが…。

休憩時間、ジョルジュが「今日仕事が終わったらいつものパブに飲みに行こう。」と僕を誘いました。
仕事が終わったら、みんなは実家に帰るので、僕達男2人は近くのパブへ飲みに行くことにしました。このパブの名前は忘れましたが、休みの前日によくジョルジュと飲みにいった行きつけのいわば居酒屋のようなものです。

そして別にクリスマスのスペシャルメニューがあるわけではないのですが、いつものように今日も満席。
ただ、お客様が帰るのは心持ち早かったような気がします。
仕事が終わると、シェフルームに一人づつ呼ばれました。これは、休前日の仕事が終わった後にいつも行われることで、シェフからの一言と、お客様からいただいたチップをもらうのです。順番はシェフが決めるので、みんなシェフルームの前で自分が呼ばれるのを次か次かと待っています。中には、何をどやされるのかと心当たりを探りながら恐る恐る待っている者もいましたが。

一人、大体1分と短い時間ですが、シェフは全員と話します。一人、また一人、シェフルームに入っては出て行き帰っていきます。最後に残ったのは僕とジョルジュ。

そして、僕より先にジョルジュが呼ばれました。僕達は別にこれから帰るわけでもないので順番が最後なんだなと思いつつ、ジョルジュを待ちました。

ジョルジュがシェフルームから出てきました。なにやらニヤニヤしています。
「何、ニヤニヤしてんだよ!」と僕がジョルジュに言い放つと、ジョルジュは「いいから早く行けよ、次はトモだろ。行けば分かるよ。」

何か僕にも関係がある事だろうか…。
とりあえず、シェフルームに入りました。

そして、シェフは僕の顔を見てニコニコとしながら言いました。
「トモ、明日、ランスブールの窓際のテーブルを1つ、夜7時に予約しておいた。」

えっ!明日?テーブルを予約?
さっぱり、わけが分かりませんでした。


つづく

*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-10-02 20:17 | 僕の料理人の道 51~60章

~ 第52章 次はブルターニュ ~  <僕の料理人の道>

さすがに、300人の大パーティーのあとの営業はつらかったものの、何か達成感のようなものがあり頑張ることができました。このパーティーのおかげでみんなの結束力はつよくなり、シェフの怒鳴り声も大きくなったような気がします。


もうすぐ、クリスマス。

フランスではクリスマスの日、25日はみんなお休みです。
もちろん、レストランもクリスマスの日は休みになります。
キリスト教徒である彼らは、クリスマスは家族と一緒に過ごして、10時には教会に賛美歌を歌いに行くのです。本来、これが当たり前なのでしょうが、日本人の僕にはなんだか不思議な感じです。日本ではクリスマスといえばフレンチレストランにとって1年間で一番の稼ぎ時ですから。

去年はオーベルジュだったのでオーナーが一緒に住んでいて、僕も仲間に入れてもらえましたが、今年はみんな家族の元へ帰るので、僕は一人ぼっちでしょう。
まぁ、遠く日本から来ているのだから仕方がない、ただの休みだと思って別に気にもしていませんでした。



そして、僕はこのレストラン、ランスブールにいるのも今月一杯。
来年はまた次のレストランへと渡り歩きます。

実はこのとき、すでに次のレストランが決まっていました。
前回と同じく何枚も手紙を書いたのです。それでも、今回はシェフのクレイン氏が僕のために推薦状を書いてくれたので何百枚も手紙を書く必要がなくすんなり決まりました。それでも20枚は書きましたが。

次はブルターニュに行きます。魚介料理が豊富でクレープやシードルで有名なブルターニュ地方です。
僕は次行くならブルターニュかバスク地方と決めていたのです。そして、希望が叶い、ブルターニュにある2ツ星のレストランからOKの返事をいただきました。

今は山の中ですが、今度は海のそばです。
そして牡蠣をはじめとする魚介が豊富な地方です。

そこで僕は、魚介料理を勉強しようと思ったのです。


つづく


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by le-tomo | 2006-09-21 02:36 | 僕の料理人の道 51~60章

~ 第51章 21時間の戦い ~  <僕の料理人の道>

僕の目の前をどんどんお皿が通り過ぎていきます。
目まぐるしいスピードで。一瞬も気を許すわけにはいきません。

そして、最後の一枚…。

スー・シェフのミッシェルがソースをかけてサービスマンの手に渡りました。

終了!

一気に気が抜けて、みんなしゃがみこんでしまったくらいです。
この息も詰まるような緊迫した時間が約4時間続いたのです。最初の皿が8時にスタートして4時間…既に時計の針は夜中の12時を指していました。

そして...

これから目の前に広がる、この膨大な量の鍋を洗って後片付けをしなければなりません。
まだ、仕事は終わってないのです。

最後の気力を振り絞ってみんなで後片付けに入りました。彼らは10分ほどの休憩で一斉に、誰が指示したわけでもなくそれぞれのポジションの後片付けを始めたのです。

後片付けが終わった頃にはもう、夜中の2時をまわっていました。
そして、車に乗り僕達のレストラン、ランスブールに帰っていったのです。僕はくたくただったので車の中ですっかり眠ってしまいました。運転しているシェフやミッシェルには申し訳ないと思いつつ…。

眠っていたせいであっという間にレストランに着きました。
さて、これから積んだ荷物を降ろさなければなりません。既に道具は洗ってあるので車から降ろして片付けるだけなのですが、もう頭も体も動きません。やっと後片付けを終えて部屋に帰った頃には朝の5時でした。
昨日の8時に出発してから21時間…。

一瞬でした。ベットに横たわってから深い眠りに入るまで。



そして朝が来ました。


時計の針は8時半を指しています。

なんと、この21時間の戦いの後でもレストランは普通に営業するのです。

ランスブールでの食事を楽しみにしているお客様の為に…。

そして僕達は9時には厨房に立っていました。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-09-12 21:13 | 僕の料理人の道 51~60章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by le-tomo
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