料理人の休日

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カテゴリ:僕の料理人の道 41~50章( 10 )

~ 第50章  言葉を“感じる”こと ~  <僕の料理人の道>

会場が段々ざわめき始めました。お客様が続々と到着している様子がざわめきによって伝わってきます。厨房も、鍋の音やシェフの怒鳴り声がどんどん大きくなってきます。刻一刻とパーティーのスタートが迫ってくるのがこの騒がしさで充分分かります。

みんな、真剣でした。それぞれが己の限界を超えようとしているかのようでした。
僕も負けてられません。


そして…、準備が終了。いよいよ盛り付けに入ります。

みんな自分のポジションに並んで積み上げた更に料理を盛っていきます。まるでベルトコンベアのように皿が右から左へと流れ正確に料理が盛られていきます。

300枚のお皿にいかに早く正確に料理を盛り付けるか。
シェフの怒鳴り声がより一層大きくなり、容赦なく早口のフランス語が飛び交います。

この中で僕だけが外国人…。

そんなことはすっかり忘れていました。いえ、忘れなければいけませんでした。早口のフランス語を聞き取るだけで大変でしたが…。

実は、聞き取れずに僕の耳を右から左へ過ぎ去った言葉も少なくありませんでしたが、いちいち、「今なんて言った?」なんて聞きなおせる状況ではありませんでした。

正確には僕以外にもう一人外国人がいました。彼の名はジョルジュ。ドイツ人です。僕から見れば、同じヨーロッパのしかもすぐ隣の国からやってきた彼を外国人とは思えません。

今まで、レストランでも忙しくなってくるとみんな早口になって言葉を聞き取るのが大変になりますが、それでも毎日繰り返している仕事の中でのことです。ある程度推測も出来ます。
今回のように場所も勝手もやることも違う状況は僕にとって非常に厳しいものでした。

「集中して…。言葉を聞いてから動くんじゃない、みんなの仕事を見て先読みして動くんだ。」

フランスへきて2年が過ぎました。多少の会話は出来るようになっていましたが、今でも言葉の壁は僕の前にときどき立ちはだかります。

それでも、言葉を“感じる”ことを覚えました。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-09-02 00:26 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第49章 夢の世界へ  ~  <僕の料理人の道>

お菓子の家とおもちゃ箱をひっくり返したような...そんな光景にしばらく僕は見入ってしまいました。目の前に広がる光景は今まで夢の中でしか見たことのないような光景です。

ここアルザス・ロレーヌ地方ではクリスマスの1ヶ月前からマルシェ・ド・ノエルといわれる出店が町中に立ち並び、可愛らしい電飾でキラキラと街が輝いているのです。

早速、マルシェ・ド・ノエルでヴァンショーを買い、体を温めながらぶらぶらと街を歩き回りました。

ヴァンショーとはワインにローリエ、アニス、クローブなどのスパイスとオレンジやレモンを入れて温めたホットワインです。このヴァンショーがとても美味しく、寒い寒いこの季節、冷え切った体を芯から温めてくれます。このヴァンショーのおかげで寒さも心地よく感じるほど身体が温まりました。

そして、次に買ったのはブルッツェルという表面に岩塩がまぶしてある固めのパン。
食べるとガリッという岩塩の触感としょっぱさが固めのパンとよく合います。ここアルザス・ロレーヌ地方で有名なパンですがドイツにも同じようなパンがあります。

バンショー片手にブルッツェルをかじりながら、この「夢の世界」をさまよっているうちにここへ何しに来たのか忘れそうでした。

そうです、これから始まる「300人のセレブが集まるクリスマスダンスパーティー」の料理を作りにきたんです。あっという間に休憩の30分が終わり、慌てて会場に戻りました。

そして「夢の世界」から「現実の世界」へ…。



調理場へ戻ると、早速自分のポジションにつき仕事を始めます。パーティー開始まであと約2時間。着々と準備は進んでいきます。ホールスタッフも会場の準備で大忙しです。


僕たちは今、この日集まる300人のための「夢の世界」の準備をしています。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-08-28 23:23 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第48章 おとぎの国「メッス」 ~  <僕の料理人の道>

とうとう、300人のクリスマスダンスパーティーの日がやってきました。
朝、7時に厨房に集合しシェフが借りてきた大きなトラックに食材を積みはじめました。
リストを見ながら忘れ物がないように何回もチェックし全ての荷物が積み終わったのは8時ごろでした。

そして出発。

トラックはシェフが運転し、僕はミッシェルと一緒に彼の愛車ブルーのフォルクスワーゲンに乗り込みました。
会場があるのはロレーヌ地方の主要都市「メッス」
この時期のフランスは朝8時でもまだ薄暗く、まるで夜のようです。

ドライブ気分でしゃべりながらメッスに向かう途中、一緒に乗り込んだ女の子のオレリーは歌を歌い始め、とても賑やかなドライブになりました。まだ16歳のこの女の子はここランスブールでサービスの見習いをしています。とても明るい女の子でみんなの人気者です。そうです、サービススタッフも全員、このパーティーのサービスを担当すべくメッスに向かっています。

今から300人のパーティー料理を仕上げなきゃいけないのにこんなにはしゃいで最後までもつんだろうか…。途中、朝昼兼用の食事としてブーランジェリー(パン屋)でパン・オー・ショコラ(チョコチップ入りパン)を買い、食べながら歌いながらの道中になりました。
フランス人は朝からこのチョコレートの入った甘いパンを喜んで食べるのです。

2時間ちょっとでメッスに着くと驚くほど賑やかな街でした。
でも、そんなことを言ってる場合じゃありません。会場に着くと早速、食材を降ろし、シェフから料理を仕上げるスケジュールの説明がありました。そして作業開始。

300人もの量になると袋の封を開けるのも、食材をバットにただ並べるだけでも一仕事です。時計を見ると朝の11時を少し回っています。パーティーが始まるのは夜の8時です。丸一日がかりの大仕事です。

着々と300人分の料理の準備が進んでいきます。使い慣れていない調理場にみんな苦戦を強いられましたが8時のスタートには間に合いそうです。

夕方の5時。先が見えた時点で賄いをとることにしました。
腹が減っては戦は出来ませんからね。
賄いはバゲットにハムやチーズを挟んだ簡単なサンドウィッチです。これなら洗い物がほとんど出ません。
賄い後、30分ほど休憩することになり、僕は何人かつるんで街に出ました。

そして、僕の目の前にはまるで、おとぎの国のような光景が...。



つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-08-23 19:17 | 僕の料理人の道 41~50章

~47章 チームの力 ~  <僕の料理人の道>

ここアルザスばかりではなく世界的にクリスマスムードになってきた12月初旬。
ランスブルグはロレーヌ地方モーゼル県の都市、メッスで開かれる300人ものセレブが集まるクリスマスダンスパーティーの料理のケータリングをすることになりました。

1週間もまえから仕込みがはじまり、レストラン営業をしながらのケータリングの準備でみんな、朝から晩までほとんど休みなく働きました。もちろん、ケータリングの準備で忙しいからと言ってレストランの料理の手を抜くはずはありません。

驚いたことにこのメニューの中にフォワグラのポワレ(フライパンで焼いたもの)がありました。フォワグラはほとんどが脂で熱を入れると溶けやすく、手早く焼かなければなりません。非常に難しく、10人分焼くにも大変です。それなのに300人分のフォワグラを焼くなんて…。

ここに今、まさに2ツ星から3ツ星になろうとしているレストランの意地とプライドを感じました。決して無難な方を選ばず最高の料理をどんな状況でも提供するというプライドが。

フォワグラの料理だけではありません。オードブルから魚料理、肉料理、すべてが宴会用の大量生産型の料理ではなく、あくまでもランスブルグで通常出している高度な料理ばかりでした。

僕は不安でした。“本当に、出来るのか…。”

そんな、軟弱者の僕の気持ちなど誰も知ろうとはせず、シェフはもちろんの事、2番手のミッシェル、その他スタッフみんなが自信満々に仕込みを済ませていきます。自信があったのではないかも知れません。実はみんな不安だったのかも知れません。でも、「やるしかない」ランスブルグの名誉にかけて。そんな熱気もあり気温マイナス10度のアルザス地方にあるこの活気に満ちた厨房は熱々の湯気が立ち込めていました。


不思議なことに、その日が近づくにつれ僕の不安はなくなり、逆に自信すら持ち始めていました。みんなの気合に完全に呑まれていたのでしょう。

シェフを筆頭にみんなの気持ちが一つになっていく。そして、一人一人が全力で自分の役割を果たしランスブルグの料理を作っていく。誰も弱音を吐かない、誰も逃げ出さない。
そんなチームの一員に僕がいる。

こんなにも素晴らしいチームの一員に。


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つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-08-09 12:34 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第46章 木靴屋のおじさん ~  <僕の料理人の道>

アルザスは冬になると雪が降ります。
マイナス10度くらいまで気温が下がり厳しい冬が訪れます。

そんな中、相変わらず僕はシェフが買ってくれた自転車で休みの日は5km先の食料品店に出かけ、夜食を買ったり、飲み物を買ったりしていました。手袋を持っていなかった僕は、調理場にあるゴム手袋をして出かけました。素手ではとてもじゃないけど凍りつきそうな空気の中、風を切って自転車のハンドルを握って走ることは出来ませんでした。

もう一つ、こんな寒い中を10km先にある木靴を作っている工房へ行って、職人のおじさんと話をしに行ったりもしました。この小さな小屋では気難しそうな顔のおじさんが一人で、木靴をはじめ、木製のおもちゃやキーホルダーなどを作って売っていました。でも、こんなところに誰が買いに来るんだろうと不思議でした。

僕にとってここはストーブがあって、とても温かく居心地がよかったのです。もちろん、僕の住んでいるレストランの中は温かく半袖半ズボンでも大丈夫なくらいでしたが、雪が降る窓の外を眺めながらストーブに当たるのも結構落ち着きます。

寒い中を10kmも自転車で走ると体は冷え切り、ゴム手袋も役に立たたず指先の感覚はほとんどない状態。顔は笑うことも困難なくらいガチガチです。そして、木靴屋の小屋のドアを開け中に入り、「ボンジュール、ムッシュー」と挨拶をします。そして彼も「ボンジュール」と言い返すとストーブの上にかかっている鍋のお湯でインスタントコーヒーを入れ、僕に渡すのです。僕は「メルシー」とお礼を言って当たり前のようにストーブの前の木の椅子に座り、熱々のコーヒーを飲みながら彼の仕事を眺めているのです。

彼は無口なのであまり会話はなく、僕がいても気にせず仕事を続けます。そしておもむろに僕にお菓子やクッキーを出したりもします。たまに僕は温かいストーブの前で居眠りをすることもありました。

それでも、なんだか居心地がよく2時間ほど居座り、外が暗くなる前に帰っていきました。




彼と知り合ったきっかけは、ある日、ストラスブールに行くためにいつものバス亭まで自転車で来て、いつものビストロに自転車を預けようと思っていたら、休みでした。しょうがなく、隣に鍵をかけて自転車を止めバスを待っていたのです。

すると道路を挟んで隣に木靴を売っている小屋があるのを見つけました。いつも、このビストロで少し話をするのでバスが来るまで時間を持て余した僕は興味半分で木靴屋へ入ったのがきっかけです。

とりあえず時間つぶしにと思ったのですが、この小屋にいる職人のおじさんは愛想もなく黙々と木を掘っているだけです。僕が、「ボンジュール」というと彼は「ボンジュール...。ジャポネか?」と聞き返しました。

「そうです。近くのレストランへ働きに来ています。」と僕は答えたのですがこちらをチラッと見ただけでまた、仕事に戻りました。バスが来るまで30分以上時間がありましたが、ちょっと間が持たなさそうなので一回り見たら出ようと思っていたのです。すると彼はインスタントコーヒーを入れて僕に差し出したのです。

「メ、メルシー」僕はちょっと驚きましたがそのカップをすんなり受け取りました。その時、彼は僕に、「どうしたんだ。」と尋ねました。思わず、僕は正直に「実はバスを待っていて…」と答えたのです。

彼は何も言わず手作りっぽい木の椅子を差し出したので、とりあえず僕はそこに座りました。そして沈黙のまま数十秒…。

「あと20分もすればバスは来るよ。どこへ行くんだ?」

沈黙を破ったのは彼の方でした。
そして短い会話を二言三言交わしただけで何も買わずに僕はお店を出てバスに乗りました。

僕はなんだか気になって次の週の休みにもその木靴屋へ行ったのです。彼は僕の顔を見ると椅子を差し出し、インスタントコーヒーを入れてくれたのです。そんなにたくさんの言葉を交わさなくても彼と過ごす時間はなんとなく楽しく居心地が良かったのです。


そして、いつの間にか、雪の降るマイナス10度の中でも、ゴム手袋をしてこの木靴屋へ来ていました。

彼の雰囲気に僕は魅かれていたのでしょうか。

それとも、一人ぼっちではなく誰かの存在を感じながらも気を使わずにボーっとできるこの時間に魅かれていたのでしょうか。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-07-23 23:06 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第45章 マリカ ~  <僕の料理人の道>

秋になるとここランスブールも他のレストラン同様ジビエ料理がメニューに載ります。
(*ジビエ=野生の狩猟鳥獣)

ランスブールが特にたくさん扱うジビエに鹿があります。柔らかく野性味のある鹿の背肉を骨付きのままローストして、オレンジとシナモンの香りをつけたソースをかけ、アルザス風のジャガイモのニョッキ「ブールスペッチェル」が付け合せてあります。

「鹿の背肉のロースト オレンジとシナモンの香るソース」

僕はこの料理が大好きでした。

ジビエ料理がメニューに載り始める頃にはアルザス地方は涼しさを通り越して寒くなってきて日も短くなり、外は早い時間に暗くなって少し寂しい感じもしますが調理場はいつも活気があり戦場のようです。そんな中、怒鳴り散らすシェフにもびくともせず、どんなに忙しくともマイペースで淡々と仕事をこなし、一人だけコックコートを着ず、私服に(しかもスカート)エプロンをしている60歳過ぎのおばさんがいます。

彼女の名は「マリカ」

彼女は19歳のときにこのレストランにお手伝いさんとして来たそうです。当時はまだ、このお店はシェフのお母さんの代で今のような高級レストランではなく、レストランの前を通るトラックの運転手相手の食堂でした。それから40年以上、彼女はこの店でずっと働いています。調理師の資格もありませんが、このレストランのオードブルとデザートを作っています。

彼女は、いつも朝早くから夜遅くまで働いています。僕が朝8時に調理場へ入ると、彼女はすでに鳩を30羽を捌き終わっています。そして、僕が仕事を終え夜中の1時過ぎに部屋へ戻る頃、彼女はデザートを最後のお客様に出し終えて調理場の掃除をしています。

マリカは口数も少なく無愛想で、使い古した愛用のナイフはプロ仕様ではなくその辺に売っていそうなものでした。そしてシェフが新しく買った最新のコンベクションオーブンも彼女は手も触れず、何十年も前の古いオーブンをずっと大事に使っています。彼女の使っているミキサーなんてガムテープで形を保っているようなものでした。

そんな彼女は朝、温めた牛乳を飲むのが好きでした。僕は毎日、じゃが芋のピューレに使う牛乳を少し多めに温めて、余った分をマリカのカップに注いでいました。それを彼女は当たり前のように受け取ります。無愛想ですが、人一倍働き者です。

そんな無愛想だけど働き者のマリカに僕は感心していました。
彼女はきっと何か事情があってシェフのお母さんに引き取られたのでしょう。マリカはシェフのお母さんのことを凄く感謝していました。

ただひたすらに40年間、恩に報いるために仕える…。
そんな彼女の姿勢に、僕は感心していたのです。

そして、「鹿の背肉のロースト オレンジとシナモンの香るソース」の付け合せ、「ブールスペッチェル」を僕は彼女から教わりました。


つづく


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by le-tomo | 2006-07-18 22:32 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第44章 分厚いフォワグラ ~  <僕の料理人の道>

ここランスブールのオードブルにはフォワグラを使った料理がいくつもありました。もともとアルザスの中心都市ストラスブールはフォワグラの産地だったそうです。今ではフォワグラの生産量はめっきり減ってしまったもののフォワグラのパテやテリーヌは有名です。

驚いたことにランスブールではフォワグラを生のまま使う料理もありました。僕はここでたくさんのフォワグラを触り、たくさんのフォワグラの料理を勉強しました。今でもフォワグラを使った料理は大好きです。

フォワグラは鴨(又は鵞鳥)の肝臓を強制肥育させて太らせたもので1個600g~1kgもあります。
フォワグラ用の鴨(又は鵞鳥)は生まれると最初の2週間は放し飼いで飼われ(エルバージュ)、元気に走り回り体力をつけます。その後、ピューレ状のとうもろこしを強制的に約1ヶ月間食べさせ続けるのです。これをガバージュといいます。
なんだか可哀想ですが、こうして世界三大珍味のフォワグラが出来るのです。フォワグラの歴史は意外に古く古代エジプト・ギリシャ時代から作られていたようです。有名な美食家アピシウスに言わせれば干しいちじくと蜂蜜入りのぶどう酒を浴びせるほど与えて太らせた鵞鳥のフォワグラが究極のフォワグラだそうです。
ランスブールで使うフォワグラは鴨のフォワグラでした。

ここに届くフォワグラは凄く新鮮で、日本で見たのものとは色、艶、触感、全てが違いました。
このフォワグラの中に通っている血管を、フォワグラを出来るだけ崩さないように気をつけながら取り除きます。そして塩、胡椒、ソーテルヌ(甘口のワイン)でマリネしてテリーヌにするのですが一日に20個ものフォワグラを扱うこともしょっちゅうでした。

フォワグラのポワレ(ステーキ)もメニューにあったのですがここではフォワグラの切り方が違います。普通はエスカロップといって1cmほどの厚さに削ぎ切りにするのですがランスブールでは4cmほどの厚さに切っていました。僕はこの分厚いフォワグラが気に入り、今でも厚めにフォワグラを切るようにしています。

こうして、僕はランスブールでフォワグラの魅力に惹かれました。
今でも僕のスペシャリテはフォワグラのポワレです。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-07-07 01:18 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第43章 幸せを運ぶコウノトリ ~  <僕の料理人の道>

アルザスに夏が来ました。

春から夏にかけて、アルザス地方は花でいっぱいになります。
アルザス地方は別名「花の街」と呼ばれています。

ここアルザス地方のシンボルは「コウノトリ」です。あっちこっちの屋根の上にコウノトリが羽を休めてじっとしています。

僕はアルザスが大好きになりました。こんなに奇麗な花に囲まれて、こんなに美味しい料理がたくさんある。なんだか幸せになる街です。




それにしても、ランスブールはかなり山の中にあります。郵便局や小さな食品店のある村の中心地まで5kmくらいの道のりを、シェフが買ってくれた自転車で休みの度に行きました。一週間分の、食料と飲み物を調達するために。

駅のあるちょっと大きな隣村、ニイデルボーンへ行くためのバス亭まで行こうものなら更に5kmの道が追加されます。バスに乗るには合計10km。往復すると20kmです。ちょっとした覚悟がいります。

途中には池があり、野鳥がのんびり浮かんでいたり、道路の脇には角の生えた茶色い牛が放し飼いになっていたり、草むらには山羊までうろうろしていたりと、人間に会うより動物に会う方が断然多いのです。

そんな道のりを晴れた日に自転車でゆったりとサイクリングするのは、結構気持ちいいものです。

バス亭の前に1件のビストロがあります。このビストロのオーナーは優しい方で、いつも僕の自転車を預かってくれていました。バス亭に着くと、僕はビストロに入り「ボンジュール、今日もお願い、ムッシュ!」と叫びます。すると「オーッ、ボンジュール!いいよ。置いてけよ。」と旦那さんが快く返事してくれました。僕は、いつものように、入り口を入って左側にあるドアを開け、ちょっと広めの部屋に自転車を置いていきました。そして、そのビストロでバスが来るのを待ったのです。これもちょっとした楽しみでした。
ビストロが休みのときは、ビストロの脇に鍵をかけて自転車を止め、隣にある木靴の工房のおじさんのところへ行って、バスが来るのを待ちました。このおじさんも生真面目そうな感じですが話すと楽しい人です。

いつの間にかバスが来る時間よりずっと前に、僕はバス停に着くようになっていました。

2人とも快く僕に付き合ってくれていました。

アルザスにはコウノトリが幸せを運んできます。
僕もアルザスの幸せを感じていました。


つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-06-28 02:06 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第42章 張り詰めた緊張感 ~  <僕の料理人の道>

僕はロティスリーに立っています。隣にはスー・シェフのミッシェル。目の前にはシェフのクレイン氏。

張り詰めた緊張感の中、全てのスタッフが自分の役割を全力で全うする。この一体感、チームワーク、やっぱり素晴らしいです。僕の仕事はミッシェルと一緒に肉料理を仕上げていくこと。ミッシェルの無駄のない動きに僕はただ、ついていくのに必死です。これが、当時アルザスで最も3ツ星に近いといわれたレストラン「ランスブース」の厨房。
もの凄く早口で飛び交うフランス語。その中にはアルザス訛りの言葉も混じり、聞き取ることがかなり困難でした。

そんな中、僕はこの緊張感やスピードが“楽しい”と感じました。

このレストランで、驚いたことの一つにオーダーの通し方があります。僕はロティスリーにいたので肉料理を作っていたのですが、前の料理、例えば魚料理が出るとサービススタッフが、肉料理がでる予想時間をオーダー表に書いていくのです。そして、その時間に合わせて肉料理を仕上げていく。料理を提供する時間から逆算してベストの状態に仕上げていくのです。魚料理も同じです。

料理を出す時間が予め決まっていることは意外と大変です。普通ならオーダーの声がかかってから料理を仕上げ始め、厨房の都合で料理が出来次第お客様に出すのですが、予めお客様に出す時間が決まっているとそれに合わせて仕上げなければならないのでかなり正確な逆算が出来ないといけません。僕は時間に追われていました。

しかも、なぜお客様が料理を食べ終わる時間が読めるのか、休憩時間に黒服(オーダーをとれる幹部クラスのサービススタッフ)に聞いたことがあります。

「最初の一口目と次の二口目のフォークを口に持っていく時間の間隔を見ていれば大体分かるよ。それからテーブルごとの空気を読むことかな。」

彼はそう答えました。 “やっぱり凄いな。”僕は感心しました。

一人一人が自分の役割をきちんと果たしていく。そしてシェフはこの何十人ものスタッフを統制する。更に、全てのオペレーションはお客様を中心に考えられている。

僕はここ「ランスブール」の厨房に身を置いているだけでも身震いするほどの喜びを感じ、ロティスリーに立っていることを夢じゃないのかと疑うこともしばしばありました。


つづく


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by le-tomo | 2006-06-20 00:20 | 僕の料理人の道 41~50章

~ 第41章 3ツ星シェフ ~  <僕の料理人の道>

ランスブールでの初日。昨日、僕を迎えに来てくれたミッシェルの指示でまずはオードブルや付け合せの野菜を用意することになりました。

このレストランに僕を紹介してくれた日本人の彼は1週間後、帰国する予定でした。彼はジョージアン・クラブ(西麻布)のスー・シェフ、下村さんに誘われて帰国後は下村さんの下で働くことが決まっていました。
今回は1週間ですがいろいろと日本語で教えてくれる知人がいたので助かりました。

レストランが何席あるのか定かではありませんが、いつもアミューズブーシュを120人前用意して、最後20人前ほど余っていたので100席前後でしょうか。どのレストランもそうでしたが8時頃になるとどんどんお客様が殺到して急に忙しくなります。初日は言われたことをこなすので精一杯でした。

スー・シェフのミッシェルは仕事を淡々とこなし、シェフのジャンジョルジュ・クレイン氏はポワソニエ(魚料理のセクション)で大暴れしています。あまりの激しさにびっくりしてしまいましたが、緊張感もあってそれほどいやな感じではありません。ここは少し変わっています。シェフはポワソニエを仕切っているのですから。

仕事が終わるとシェフは凄く優しく、僕にも気を使って声をかけてくれました。仕事中とはまるで別人です。

「ようこそ、ランスブールへ。何か困ったことがあったらいつでも私かカティに相談しなさい。名前は?」

そう言って、彼は一人の女性を僕に紹介しました。彼女はシェフの妹でこのレストランではマダムの役目を果たしています。そうです、このときはまだ、シェフは独身でした。

「トモといいます。よろしくお願いします。」シェフと握手をしてカティとも挨拶を交わし2階に上がってシャワーを浴びました。ここには5~6人のスタジエ(研修生)やアプランティ(見習い)が寝泊りしていて、そのうちの2人が僕の部屋に来ました。今日一緒に仕事をしたロティスリーのフィリップとシェフに嫌というほどどやされていたポワソニエのミケルです。挨拶代わりなのかビール持参でした。フィリップの眉毛は繋がっていてミケルは声がかすれています。とても楽しいやつらです。


2日目、僕が6kgのジャガイモのピューレを作っているところへシェフが現れ、挨拶をするとシェフも返してくれました。「ボンジュール、トモモ…? モモトト?」

もう、僕の名前を忘れたのでしょうか?それとも冗談なのでしょうか。
「シェフ、僕はトモです。」 そう言い返すとシェフは「もちろん、知ってるよ。」と。
怪しいものです。
そして「トモモ♪ モモトト♪」と鼻歌を…。

レストランがオープンしてオーダーが入り始めるとシェフは昨日と同じように、いや、それ以上に大暴れで怒鳴り散らしています。ミケルはたじたじです。

なんか凄いなここのシェフは…。

彼が、今ではミシュラン3ツ星のレストランのオーナーシェフです。

つづく


*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。
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by le-tomo | 2006-06-11 03:20 | 僕の料理人の道 41~50章
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オーナーシェフとしてのいろいろ。


by le-tomo
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