~第75章 僕はフランス人じゃなかった~ <僕の料理人の道>
いや、フォークは別に驚くほどではありません。
僕が一番驚いたのは、テーブルの中央に細長く横たわっているバゲット(フランスパン)です。
お寿司をたべるのにバゲットなんて絶対無理です。
そのことをみんなに言うと、
「ここはフランスだから、当然バゲットは要るよ。」
とのことで、みんな当たり前のようにバゲットが置いてあることを受け入れていました。
“しょうがないか、ここはフランスだし。一緒に食べてみれば寿司と合わないことがわかるだろう。」
みんなが席に着き、僕もいつもの席に着きました。
「ボナペティ!」
僕が握った、見よう見まねのうそっぽいSUSI。
でも我ながらそこそこの出来です。形は一人前の寿司の形をしていました。
食事が始まると、全員がSUSIを食べながらバゲットを口に運びます。
“うそだろ”
美味しいわけがないはずです。寿司とパンなんて...。
それでもみんな初めてのお寿司を恐る恐る口に入れ、次にバゲットを美味しそうに食べます。
ブルターニュ人は魚介になれているせいか、あまり抵抗なくSUSIを食べ、そしてバゲットも一緒に食べてました。
驚きました。というか、ショックでした。
お寿司とバゲット...。
そんなばかな。
その時、僕は、やはりフランス人ではないことを実感しました。
“僕はフランス人じゃない。フランス人にはなれない。”
僕がフランス人であるはずはもちろんありませんが、あまりにも違う感覚に、僕は呆然としました。
これが文化の違いというか習慣の違いというものでしょうか。
もう、僕は2年以上フランスで生活しています。
フランスの生活には慣れ、今は楽しんでいるくらいです。
この光景を目の当たりにして、何かがふっ切れました。
迷いが消えました。
“ブルターニュに、いやこのままフランスに残るのはやめよう。いつか日本に帰ろう。”
“僕はフランス人じゃなかった...。”
つづく
*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。