~第18章 Tomo~ <僕の料理人の道>
ドアを開けると夫婦らしきカップルと大きな黒い犬が僕を迎えてくれました。握手を求められて僕は慌てて右手を差しだし「ボンソワームッシュー、マダム」とお決まりの挨拶。二人が名前を名乗ったようだったので僕も、「ジュマペール…トモヒロ オガワ」と自己紹介。ただ、彼らの名前は聞き取れず、僕のカタカナフランス語は聞き取りにくそうでした。つぎに何か話しかけられても何を言っているのかさっぱり分かりません。
もちろん、フランス語が話せないのだからこうなるのは当然だけどちょっと不安になりました。
用意されていた2階の部屋まで案内されベッドに転がると今まで気が張っていたせいか一気に疲れが襲ってきてすぐに眠りにつきました。
なんとかなるだろう…。
朝、目が覚めて顔を洗いコックコートに着替え窓の外を見たとき、今更ながらここはフランスだと実感しました。
「よし、行くぞ!」
気合いを入れ1階の調理場に降りると朝食を用意している女性が一人、少し離れたところから僕を見つけ大きな声で「ボンジュール!」と挨拶してきたのですが僕が驚いて「ボンジュール」と少々小さめの声で返したのを聞いたのかどうか、忙しそうにカフェとミルクを温めクロワッサンとジャムがのったお盆にのせ、それを持って去ってしまいました。そして、10分ほどしてコックコートを着た男たちが現れ僕の目の前に立ちはだかりました。
昨夜と同じように挨拶をして握手をし、バカの一つ覚えのように「ジュマペール…」と名前を名乗りました。
さて、いよいよ仕事が始まります。シェフの指示でアプランティ(見習い)であろう一番若そうな男の子が僕のそばに来て手振り身振りで僕に仕事を教えます。トマトの湯むき、人参の皮むき、玉葱のスライス…与えられた一つ一つの仕事は簡単でしたが言葉が分からないとこんなにもやりにくいものかと、もどかしい気持ちでした。
その時の僕の現状といえば…
与えられたセクションはガルド・マンジェ(オードブル部門)。
僕の先輩は僕より7~8才も年下のアプランティ(見習い)。
まな板の横には日本から持ってきた命綱とも言える仏和辞典。
そして、いつの間にかみんなから“Tomo(トモ)”と呼ばれていました。
つづく
*この記事は、僕が修行していた時代のことを書いています。