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料理人の休日

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~ 第100章 一輪のバラ ~  <僕の料理人の道>

表面がこんがり色づきながらどんどん膨らみ、
香ばしくていいにおいが部屋いっぱいに漂ってくる。
入れたら最後、
出来るまで、決して開けてはならぬ、開かずの扉。
その向こうで起こるミステリーに、
僕は引き寄せられるような思いで、
魔法のようなパティスリーの中にとけてゆく。

この世界は、たしかに魅惑の世界。

この扉を開けることが出来るのは、
シェフパティシエのフィリップだけ。
彼は大きな手で、真っ黒の鉄板をオーブンから引き出す。
30分前とは全く姿形を変えて横たわる
小麦色の肌をした、パリッパリのパイ。


さっきまではうす黄色のただの粘土だったものが、
こんなに甘い香りを放ち、
こんなに大きく膨らんで、
こんがりとおいしそうに変わる。
パティスリーの魅力はここにある。

フィリップは、巨人なのに手先が起用で、
飴細工も得意なようでした。
ある日、仕事が終わった後、
ランプを照らしながら、分厚いゴム手袋をして、
熱々の飴で、バラの花を作っていました。
僕は興味津々でのぞきに行くと、
「やってみるか、トモ」
と、声をかけられ、
僕はすぐさま、フィリップの隣にすわりゴム手袋をはめました。
渡された熱々の飴は弾力があり、ゴムのよう。
花びらを一枚一枚指で形作って、
最後に組み合わせるとバラの花が出来るのですが、
花びら一枚の形を作るのすら、初めての僕には難しいです。
二人でもくもくと、何枚もの花びらをつくり、
フィリップが、その中からきれいなものだけを選び、
一輪のバラを完成させえる。
僕のつくった花びらは二枚しか選ばれなかったけれど、
でも、たとえ二枚でも、このバラには僕の花びらも加わってる。
なんか、このバラにとても愛着がわきました。
このバラはアクリルのケースに入れられ、作業台に飾られました。
仕事中でも僕がいつでも見れるようにと。

「さて、帰ろうか」

フィリップと一緒に調理場を出るとき、
今日は何のために飴細工をしていたのか尋ねると、
「コンクールに出店する作品を考えてたんだ」
フィリップはにこやかにそう言いました。
「そりゃ、悪かったな。邪魔した?」
僕は何も知らずにずかずかと横に座って、
役に立たないバラを作らせてしまったなと後悔しました。
「いや、逆に助かったよ。行き詰ってたから。」
「トモのおかげで、完璧じゃない美しさもあるなって思えた。」
やっぱり、僕の花びらは下手だったんだ...あたりまえだけど。
でも少しでも役に立ったならよかった。

フィリップの乗るワーゲンが、
街灯の乏しい暗い山道へ消えていく後ろ姿を、
僕はしばらく見送っていました。


つづく


*この記事は、僕の修行時代のことを書いています。
by le-tomo | 2010-02-16 12:19 | 僕の料理人の道 91~103章
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エルブランシュ(麻布十番)のオーナーシェフ


by tomohi
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